ヴィクトルお兄様の困惑
「わたくしは、本当に驚きましたよ」
お母様は、開口一番にこう言う。
「エリザは、マリウス様が好きだったのかな?」
お父様も、わたくしに聞く。
わたくしは、両親の居間に一人で呼び出されている。
「ええ、マリウス様は、いつも側にいて、わたくしを力付けてくれたのです。
わたくしが押されて怪我をした時も、調べて仕返しをしてくれました」
「でも、あまりにも急な話過ぎて、何がどうなっているのか分からないわ。
だって、あと三ヶ月で、ウルム公国に行ってしまうのでしょう?」
「マリウス様は、ウルム公国でクラーギン伯爵になるのだって?」
お父様が、わたくしに尋ねる。
「ええ、クラーギン伯爵家の公証人から話があって、マリウス様は迷いながらも決めたのですって」
わたくしは答える。
「マリウス・ミシュー・クラーギン伯爵と、お呼びするのですってよ。
エリザは、クラーギン伯爵夫人になるのね」
お母様は、この結婚に異存はなさそうだ。
「エリザが望んだ結婚ならば、私は何も反対はしないよ。
エリザに持参金をたくさん持たせられないのが、私としては申し訳ないのだけれど」
良かった、お父様も賛成してくれたようだ。
「ウルム公国と言っても、そこまで遠い場所ではないのが、幸いでしたわ」
お母様も、だんだん落ち着いて、冷静に考えられるようになったようだ。
「ヴィクトルが半年後に結婚すると思ったら、それより早くエリザが結婚して、ウルム公国に行ってしまうんだな。
寂しくなってしまうね」
お父様はそう言って、わたくしをハグする。
「デビューしたら、すぐ結婚するのは決して早くはありませんわ。
美しいお嬢様から先に、結婚を申し込まれるのですもの。
わたくしだって、デビューして一年で、貴方と結婚したではありませんか
あぁ、あの頃は、わたくしも若くて美しかったわ」
お母様は自分の結婚の頃を思い出して、感傷的になっているようだ。
そこに兄が、慌ただしく駆け込んで来る。
マリウス様を、強引に引っ張っている。
「いま、マリウスに聞いたのだけれど、エリザと結婚するって本当なのか?」
「ええ、お兄様、本当です」
「マリウスは、連隊長のお嬢様のルイーズ様を愛していたのじゃないのか?
ルイーズ様が私に求愛をしたので、マリウスは絶望して、エリザに結婚を申し込んだのだろう。
自棄になったら駄目だぞ」
「まさか、お兄様、それは違います」
「そんな筈は無いだろう!」
「それじゃあ、私が余りにも幸福を掴んだので、マリウスも結婚したくなったのだろう。
私のミレイユ様ほどの美人はいないからな。
けれど、何もエリザを選ばなくても、もっと美人はいるだろう」
兄は、どうしてこんなに失礼なのだろう。
マリウス様は、わたくしに近付いて、ぎゅっと抱きしめる。
「いや、ヴィクトル、私はエリザと誰かを取り替える気は全くないよ。
私は、エリザだけをずっと愛していたんだからね」
マリウス様は、事もあろうに家族の前で、わたくしの唇に素早くキスをする。
両親は見ない振りをして、咳をしながら居間から出て行ったけれど、兄だけは大きく目を見開いて凝視する。
「マリウスは、結婚前に、キ、キ、キスなんて、しても良いと思っているのか!」
「いけないのか?」
「いや、うらや、ん、ん、いや、ダメだとは、言っていないけれど」
「ヴィクトルも、婚約をしたのだろう?
ミレイユ様ともキスぐらいは、しても良いだろう?」
「そうだろうか?
嫌がられるのじゃないか?
いや、ミレイユ様は清純なお嬢様だからな」
では、お兄様、わたくしの立場はどうなりますか?
清純では無いとでも?
「私はあと三ヶ月で、エリザと結婚してウルム公国に行く事になったのだ。
王都に戻ったら、連隊に除隊届けを出して、引っ越しの準備をする積もりだ」
「何だって?どうしてウルム公国へ行くのだ?」
「ヴィクトルには話していなくて悪かったけれど、私の父の相続人が全員亡くなって、生存する相続人が私だけになってしまったのだ」
「そうだったのか。マリウスも正式な貴族になるんだな。
それは良かった。
って、ちょっと待て、あと三ヶ月だって?」
「ああ、私はヴィクトルみたいに半年も待てないからな。
この可愛いエリザと、早く結婚したいのだ」
さっきから、マリウス様は、どこまで本気なのだろう。
すべて冗談で言っているように、わたくしには思えるのだ。
「私だって、出来ることなら、ミレイユ様と早く結婚したいと思っているさ
......そうだ!三ヶ月後に、一緒に結婚式をしたらどうかな?
その方が一度に済むし、何かと便利だろう。
マリウスはどう思う?」
「私はエリザが良ければ、それで構わないよ」
確かに、マリウス様には結婚式に呼ぶ親戚はいないし、騎馬連隊の同僚を呼ぶならば、兄と同じメンバーになる。
ミレイユ様は結婚式を質素に行いたいと言っていたし、両親が賛成するならば、それも良いかも知れない。
わたくしは叔母様を必ずお呼びしたいだけで、他に特に呼びたいと思うような、修道院時代のお友達もいないのだった。
「わたくしはそれでも構いませんが、一番問題なのは、モンテマール子爵家のご意向でしょうね」
「それじゃ、明日直ぐに子爵家に行って、説明をして来よう。
でも、まず家の両親にも聞いて見なければ」
兄は急いで両親の元に行く。
わたくしは、その時、大事なことを忘れていた事に気付く。
あと三ヶ月で二組の結婚式をするためには、わたくしは、ウェディングドレスを二着仕上げたうえに、結婚準備と、引っ越しの準備もしなければならないのだ!




