答礼の夜会(その二)
兄はベンチにミレイユ様を座らせて、手に紙を持って詩を読み上げているようだ。
ちょうど日が落ちる時刻で、辺りはロマンティックな雰囲気に染まっている。
兄が庭をうろうろしていたのは、詩を読むのに最適な場所を探していたのだろう。
舞台装置としては、最適な場所と最適な時間だ。
兄は片手を胸に当て、もう片方をミレイユ様に差し伸ばしている。
あれが兄だと思わなければ、まるでお伽話の求婚シーンのようで美しい。
ミレイユ様は頬に両手を当てて、恥じらっているようだ。
この様子を見れば、きっと兄の求愛は上手く行ったのだと思う。
わたくしは、そこまで見届けると、そっとその場を離れて、屋敷に引き返す。
客間に戻ると、両親達も和やかに世間話をしていて、こちらでも話し合いは上手く行ったようだ。
しばらくすると、兄がミレイユ様をエスコートして客間に戻って来た。
ミレイユ様は目が潤み、頬が赤く染まったままで、とても美しい。
兄の頬も赤くなっている。
兄はミレイユ様を連れて、モンテマール子爵が座っている椅子に近づく。
「モンテマール子爵様、子爵夫人、どうか、お嬢様との結婚をお許し下さい」
兄は、ちゃんとやり遂げた。
そこにいた人達は、皆立ち上がり、兄とミレイユ様を囲んで祝福する。
「おめでとう。
わたくしはとても嬉しいわ......」
「娘をよろしく頼むよ」
「本当に良かったわ。
おめでとう......」
お母様は泣いている。
お父様は、お母様の肩を抱いて、労るように肩をトントンと叩く。
客間の入口で控えていた、お母様の侍女のロザリも、エプロンの端で涙を拭いている。
ロザリは兄が生まれる前からお母様に仕えていて、風邪を引くとすぐ熱を出した兄のお世話をずっとしてきたのだ。
ミレイユ様も嬉しそうに微笑んで、兄に手を委ねている。
どうか、ミレイユ様の錯覚が結婚式まで保ちますようにと、わたくしは祈らずにはいられない。
その後は、客間から食堂に移って、身内だけの家庭的な夕食になった。
和やかな夕食が終わると、食堂の隣のサロンに移って食後のお酒とお茶が出る。
サロンでの話の中で、派手な事はしたくないというミレイユ様の希望を入れて、婚約披露の夜会は開かず、簡単な結婚式とその後の披露宴だけをすると決まる。
ミレイユ様はいつも着ている簡素なドレスだけで、披露宴で着るドレスも必要無いと言う。
「わたくしは、修道院に長くおりましたし、質素を旨として生きて行きたいのです」
「でも、ミレイユ、わたくし達はミレイユの美しい姿を見たいのですよ」
モンテマール子爵夫人は、残念そうに言う。
わたくしは身を乗り出す。
「わたくしは、叔母様のクチュリエールでドレスを作っているのです。
最近では、ブレヴィル公爵令嬢のドレスもお作りしました。
胸元が大きく開かないドレスも、工夫して作れるのですよ」
「まぁ、公爵令嬢の素晴らしいドレスの評判は、わたくしも何度も聞きましたわ。
あのドレスをエリザベト様がお作りになったの?」
子爵夫人は、すぐに興味を示す。
「いいえ、叔母様のクチュリエールでお作りしているのですが、わたくしもドレスに賦与を掛けたり、レースを留め付けたりいたしました」
「素晴らしいわ!
ミレイユにも、是非作って頂かなければ。
ミレイユも、エリザベト様に作って頂くならば、嫌とは言わないでしょう?」
「サイズをお測りしたり、仮縫いをしたりするので、何度かこちらにいらして頂きたいのですが、それは大丈夫でしょうか?」
今度は兄が身を乗り出す。
「私が馬車で、ミレイユ様を送り迎え致します。
たった一時間位の距離ですから、毎日でも大丈夫ですよ」
兄は、ミレイユ様と何度も会える口実を無駄にしたくないのだ。
「そこまで言って頂けるのなら、お願いしようかしら?」
ミレイユ様は、兄を見てはにかむ。
兄の顔が、喜びで崩れる。
それにしても、貧乏男爵家の跡取りの兄では、ミレイユ様が望んでも贅沢な生活はさせられない。
ミレイユ様が自分から質素な生活をしたい、と希望するのは、こちらにとっては願ったり叶ったりだ。
本当に、わたくしの家にとって、これ以上は無い縁組みだと思う。
兄は絶対に、ミレイユ様を逃してはいけない。
次の日、兄は早速ミレイユ様を馬車で迎えに行く。
道が悪いし、ミレイユ様の小間使いも一緒に来るので、馬車の中では会話が出来ないらしい。
わたくしは、兄の粗が見えないし、黙って顔を見ている方が恋が長続きすると思うので、良いことだと思う。
ミレイユ様の目が弱くて、はっきりと兄の輪郭が見えなさそうなのも運が良い。
ドレスを作る前に、ミレイユ様のドレスの希望をお聞きする。
「イブニングドレスだとしても、胸が大きく開かないドレスが欲しいのです。
それから、コルセットできつく締め付けたり、パニエでスカートを大きく膨らませたりもしたくないのです」
ミレイユ様の希望は、今の流行とは真逆だ。
「ただ、先日エリザベト様が、わたくしの屋敷に来られた時に着ていたドレスは、とても美しいと思いました」
あの時、わたくしが着ていたのはクリーム色のアフタヌーンドレスだ。
一度切られたドレスだけれど、草花の刺繍で傷はすっかり見えなくなっている。
アフタヌーンドレスなので、長袖で胸開きもそれほど広くない。
「それでは同じクリーム色で、装飾をあまり使わない形に致しましょうか。
パニエを入れないなら、柔らかい生地で体の線がはっきりと出ないように作ります」
ドレスのデザインが決まったので、ミレイユ様にわたくしの部屋に入ってもらって、サイズをお測りする。
ミレイユ様の小間使いにも手伝ってもらって、必要な所のサイズを詳しく計る。
その後は、ミレイユ様は兄と過ごし、わたくしは紙でミレイユ様の型紙を作る。
わたくしは自分の部屋に、裁縫や手芸に必要な材料は揃えてある。
もちろん、叔母様にミレイユ様のサイズと型紙を見せて、チェックをしてもらうけれど、自分でできる所までは作って置きたいのだ。




