答礼の夜会(その一)
簡単な挨拶の訪問だったはずが、モンテマール子爵家での午後のお茶は時間がかかった。
次回の答礼は、わたくしの家での夜会にお招きする事が決まって、兄もようやく安堵する。
「ミレイユ様、この次お会いできる日を、心からお待ちしています」
「ヴィクトル様、その時はわたくしに詩を読んで下さいませ」
まるで長く別れなければならない恋人同士のような会話だが、夜会は明後日だ。
帰りの馬車の中でも、時々舌を噛みながら、兄は話を止めない。
「ミレイユ様は、子供の頃は余り目立たなかったと思うけれど、すっかり美しくなられて、驚きました。
あんなに美しい方ならば、あっという間に結婚してしまうのではないか」
兄は焦っているようだ。
お母様は、フッと口の端で笑う。
「何と言うか、あの瞳、宗教的な深い思索を思わせるあの瞳は、どう表現すれば良いのだろう」
兄は早速、ミレイユ様に捧げる詩の構想を練っている。
「そのまま、そう書けば良いでしょう」
わたくしは、投げやりに答える。
馬車がとても揺れるので、それだけで、舌を噛みそうだ。
兄はわたくしを睨むと、腕を組んで悩みはじめた。
次の日、わたくしは、領地に持ち込んだレースをテーブルの上に広げる。
昨日、モンテマール子爵家の庭で思い付いた新しいアイディアを、早速試してみるのだ。
シンプルな網地レースに、立体的な花を綴じつけて、絹の色糸で枝や葉を刺繍したらどうだろう。
それとも、いっそレースの中に庭園を描く、と言うのはどうだろう。
どんどん新しい思い付きが溢れて来る。
夢中になってレースを組み合わせていると、お母様の呼ぶ声も聞こえない。
「エリザ、エリザ、何度呼んだら聞こえるのかしら?
エ!リ!ザァ!」
「あら、お母様、どうなさったの?」
「どうなさったじゃ、ありませんよ。
昼食も食べずに、何をしているの!
お茶にしますから、ちょっと下に降りていらっしゃい」
「えっ、もうそんな時間ですか?」
「昨日から、ヴィーもエリザもどうしたのかしら?
わたくしの声が、二人とも全く聞こえなくなったのね」
兄もどうにかなっているらしい。
「お母様、奇跡的にミレイユ様も兄が気に入ったらしいのですから、早いうちに婚約を纏めた方が良いのではないでしょうか?
婚約期間が長いと、お兄様の実際の姿が分かってしまうでしょうから、結婚も早めた方が良いですよ」
わたくしは、兄のあれこれの挫折や敗北を知っているので、ミレイユ様の気が変わらないうちに手を打つようにお母様に勧める。
「そうね、ミレイユ様も長く修道院に居て、少し婚期を過ぎているし、モンテマール子爵夫人も早く結婚させたいと思っているみたいなの。
領地も隣同士だから、ミレイユ様に家の領地の隣を分けて頂けば、将来は一つの大きな領地として管理できますからね」
隣の領地同士での結婚は、お互いに有益らしい。
結局貴族の結婚は、本人達の希望もあるけれど、それよりもお互いの家の利害関係が大きいようだ。
リュシアン様が、わたくしとの結婚に周囲の同意を得られなかったのも当たり前だろう。
第二夫人にと、申し込んだのは、リュシアン様の精一杯の誠意だったのかもしれない。
だからといって、わたくしがリュシアン様の申し込みを受ける気は、更々無いのだけれど。
軽食を食べて、お茶を飲みながら、わたくしがそんなことを考えていると、兄は詩が纏まっていないのか、難しい顔をしている。
「大丈夫よ、お兄様。
好きな人の話す言葉だったら、どんな変な言葉だって素敵に聞こえるのですから」
わたくしは、兄を勇気付けている積もりだ。
お兄様は、わたくしにパッと顔を向ける。
「エリザは、ミレイユ様が私を好きになっていると思うのか?」
「ええ、きっとそうだと思いますわ」
「そうだろうか。
ただ単に、詩が好きなのじゃないか?
それとも、礼儀上そうしているのでは?」
いつも兄は無駄に自信満々で、ちょっと話しただけの令嬢が自分を気に入っていると言う癖に、今回は、何故自信喪失しているのだろう。
連隊長のお嬢様との失恋が、余程堪えているのだろうか。
次の日の朝になっても、兄は冴えない顔をしていたから、ゆうべは詩作に四苦八苦していたのだろう。
「お兄様、美句麗句を連ねるよりも、素直な気持ちを書いた方が相手の心に届くのではないでしょうか?」
「苦心惨憺して言葉を選んだのに、今更そんな事を言われても、もう書き直せないよ」
「それでは、詩は詩として読んで、その後でお兄様の素直な気持ちを話したら良いでしょう」
「本当にそれで、上手く行くだろうか」
兄はまだ、迷路の中にいるようだ。
「もう今夜なのですから、覚悟を決めるのですね」
兄の覚悟は中々決まらないらしく、日中もウロウロと屋敷の内外を歩き回っている。
わたくしの家の夜会と言うのは、王都で行われる様な豪華な夜会ではなく、モンテマール子爵家の家族だけをお呼びして、一緒に夕食を食べて歓談するだけだ。
モンテマール子爵家の馬車は、夕方になる頃に到着する。
全員と挨拶を交わすと、兄はミレイユ様をエスコートして、庭に出て行く。
両親達は客間に入って、結婚した場合の契約の事などを話し合うらしい。
わたくしは、体よく追い払われてしまったので、仕方なしに兄達を追い掛ける。
この行動は、決して好奇心からではなく、兄を心配する妹の優しい思いやりなのだと、自分に言い聞かせる。
領地の屋敷は昔風の建物で広いのだが、残念ながら手入れが行き届いていない。
広い庭も同じで、刈り込みがされていない庭は、生け垣が野放図に伸びている。
そのせいで、見通しがあまり利かないのだけれど、後をついて行くには都合がよいのだ。




