久しぶりの休暇です
リュシアン様の婚約披露の夜会の後も、叔母様のクチュリエールには、お仕事が山ほど入った。
マルグリット様の薔薇のドレスが評判になって、似たようなデザインのドレスの注文が相次いだのだ。
それもある程度落ち着いた頃、叔母様はお茶を飲みながら、わたくしに言う。
「エリザは、本当に良く働いてくれたわね。
お陰で、賦与も順調に掛けられたし、ドレスの仕事も捗ったわ。
ずっと働き詰めだったから、少し休暇を取りましょう。
お針子達にも、まとまった休みを取らせなければ」
「えっ、休暇ですか?」
「実は、結婚したピエールが新しい屋敷を作ったので、一度遊びに来るようにと言われていたのよ。
わたくしは仕事が忙しくて中々行けなかったけれど、ピエールの初めての子供も生まれたので、行ってみようと思うの」
ピエール様は叔母様の次男で、隣国のウルム公国に、デュボア商会の支店を持っているのだ。
「エリザも、随分と領地に行っていないでしょう?
ずっとわたくしの屋敷にいたから、ご両親も寂しく思っているのじゃないかしら」
「そういえば、両親も間もなく領地に戻ると言っていました。
わたくしも、久しぶりに領地に行ってみようかしら。
ただ、行っても、結局は手仕事をしていそうですけど」
叔母様は笑う。
「そうね、エリザはそうしていそうね。
でも、健康のためにも、時々外を散歩するのも必要よ。
領地は海の近くなのでしょう?」
「ええ、屋敷から海岸まで、少し距離はありますが、歩いていけます。
騎馬連隊も休暇のはずですから、お兄様やマリウス様もいらっしゃるかもしれません」
「マリウス様には、色々とお世話になっているから、わたくしからも、よろしく言って頂戴」
それで、わたくしの休暇が決まった。
わたくしは、両親と一緒に、馬車で領地に向かう。
領地は、王都から馬車で丸々一日の距離だ。
馬車の中で、お母様は絶え間無くわたくしに話しかける。
お父様は、眠っていたいのか、腕を組んで目をつぶっている。
「エリザは、リュシアン様に気に入って頂いたようだったけれど、結局リュシアン様はブレヴィル公爵令嬢とご結婚なさるのね」
わたくしは、叔母様とも相談した上で、リュシアン様から第二夫人のお話があった事を、お母様に話していない。
お母様なら、その話を喜んで、お断りした事を残念に思うに違いない。
わたくしが、リュシアン様の第二夫人の『ベルテ候爵夫人』になると聞いたら、お母様はきっと賛成しただろう。
お母様は、リュシアン様を誉めそやしていたのだから。
「ちょっと気に入ってもらったって、リュシアン様がエリザを好きになるはずは無いね。
万が一、好きだとしても、結婚とは別だろう。
リュシアン様は、マルグリット様と結婚するように決まっていたようなものだから」
今回の馬車は、兄も同乗している。
マリウス様は、何か急な用事が出来て、後で自分の馬で領地に来るそうだ。
「エリザの事ばかり言っているけれど、ヴィー自身はどうなの?
どなたか、お嬢様にお付き合いの申し込みをしなかったのかしら?」
「あ、それはちょっと、お母様......」
わたくしは、お母様を制止する。
お母様は、兄の傷口をえぐっている。
まだ、兄の傷口は乾いていないのではないか。
「中々、わたくしの良さをわかってくれる令嬢がいらっしゃらないのです。
皆、外見ばかりに囚われて、中身を見ようとしないようです」
お兄様、中身を見ないで外見にこだわっているのは、お兄様の方ではないでしょうか。
それでも、連隊長のお嬢様に失恋した傷は、すっかり治っているようですね。
「道が悪くなって来て、喋ると舌を噛みそうだわ。
わたくしはもう喋りませんよ」
王都から離れるに従って、どんどん道がガタガタになって来る。
わたくし達は、しっかりと口を閉じ、黙って馬車に揺られていた。
わたくし達を乗せた馬車は、何度か休憩を挟んで、もうすっかり暗くなってから領地に着いた。
朝早くから、一日中馬車に乗っていたので、体中が軋んで痛い。
次の日の午後になると、早速近隣の領地の貴族にご挨拶が始まる。
こうした社交は、領地にいても欠かせない。
特にわたくしは、修道院を出た後はほとんど領地に帰っていなかったので、久しぶりの訪問だ。
わたくし達は、馬車に乗って、四人全員で出掛ける。
兄は気が進まないらしく、グズグズ言っていたが、お母様は欠席を許さない。
隣の領地は、モンテマール子爵家の土地だ。
モンテマール子爵家の屋敷は、馬車で一時間程の場所にある。
昔ながらの古い屋敷だが、わたくしの家とは違って、手入れが行き届いている。
「まぁ、お久しぶりね。
こちらはエリザベト様?
しばらくお会いしないうちに、すっかりと綺麗になられたわね」
「ええ、わたくしの若い頃に似て来ましたのよ。
王都の夜会では、次々とダンスを申し込まれるのですけれど、まだ婚約には到っていないのがちょっと残念ですわ。
どなたか、お知り合いの方がいらしたら、是非ご紹介下さいませ」
お母様は、早速売り込みを始める。
わたくしは、止めてほしい、と目で合図するけれど、お母様は全然気にしない。
「実はわたくしの家にも、この夏に修道院から戻ってきた娘がおりますの。
お宅のヴィクトル様も、同じぐらいのお年頃だったと思いますけれど」
「あら、ミレイユ様が戻っていらっしゃったのですね。
ずっと修道院生活を続けると、言われていたのではなくて?」
「ええ、何とか説得して戻りましたの」
「それは、ようございましたね。
若い頃は、純粋な気持ちで信仰に打ち込みたいと思われても、親の立場では結婚して幸せになって欲しいと思うものですもの」
モンテマール子爵夫人は、小間使いに指図して、お茶の用意をさせ、令嬢のミレイユ様を呼んで来るように話す。
それまで興味なさそうに、あちこちを眺めていた兄が、急に髪を気にして指で撫で付ける。
分かりやすい兄だ。




