わたくしの天職はドレス作りです
「こんな時間に呼び出すなんて、何が起きたのでしょうか?」
マリウス様は叔母様に挨拶をすると、心配そうに尋ねる。
「ちょっと、マリウス様に協力して貰いたいのです」
叔母様は、マリウス様にお茶を勧める。
「これは、エリザに関係しているのかな?」
マリウス様は、わたくしを見る。
「ええ、実は、エリザと結婚の約束をしてほしいのです」
マリウス様は飲んでいたお茶にむせて、何度も咳込む。
叔母様は、マリウス様の背中をドンドンと叩く。
「ちゃんと説明しなければ、分からないわね。
実はエリザが、リュシアン様に求婚されたの。
でも、第二夫人に、と言うお話だったので、お断りするためにエリザが、マリウス様と昔から結婚の約束があると言ったのよ」
「......」
マリウス様は、黙って叔母様の話を聞いている。
「そうなんです。
リュシアン様が、マルグリット様との結婚は以前から決まっていて、動かせない、と言われたのです。
わたくしは、一人の人の愛情を分け合うのは嫌なのですもの。
それでわたくしは、穏便にお断りするために、わたくしはマリウス様と結婚しなければならない取り決めがあると、言ってしまったのです」
マリウス様は、ずっと黙っているけれど、自分の名前を勝手に出されて、迷惑だと思っているのだろうか。
叔母様は畳み掛ける。
「ですから、もし、リュシアン様がエリザの事で何か問い合わせて来たら、マリウス様は自分とエリザは結婚する決まりになっていると、答えてほしいのです」
「分かりました。
もし問い合わせがあったら、必ず、そう答えます」
「この事が外に漏れたら、それを気になさるお嬢様はいらっしゃる?
マリウス様は、今、どなたかとお付き合いされているかしら?」
叔母様は、聞きにくいことをはっきりと聞く。
「いいえ、大丈夫です。
万が一外に漏れても、何も問題はありません」
「あと、もう一つなのだけど......
エリザが、自分はものすごく嫉妬が激しいと、言い過ぎてしまったの。
だから、その点も聞かれたら、エリザの嫉妬に悩まされていると、さりげなく言ってほしいのよ」
「エリザの嫉妬ですか?
それは実感を込めて言えるだろうか?
エリザ、ちょっと私に激しく嫉妬してみてくれないか」
わたくしは、リュシアン様に言ったように嫉妬して見せれば良いのか。
「マリウス様は、わたくし以外の女性と親しく話さないで下さい」
「それから?」
「マリウス様は、わたくし以外の女性と、絶対にダンスを踊らないで下さい」
「それで?」
「え~と、わたくし以外の女性を、決して見つめないで下さい」
「どうして?」
「だって、マリウス様がわたくし以外の女性を好きになるのは、とうてい我慢できないのですもの」
マリウス様は、笑って席を立つと、わたくしの前で腕を広げて、大袈裟に挨拶をする。
「お嬢様、この私はお嬢様に全身全霊をお捧げして、結婚をお約束いたしました。
如何にお嬢様が嫉妬深くても、如何にお嬢様が分からず屋の泣き虫でも、私はお嬢様一人を守って生涯を過ごします」
「まぁ、マリウス様は、わたくしをからかっているのですね!」
叔母様は、マリウス様のおふざけに笑っている。
「奥様、ちょっと、ドレスの仕上げなのですが、ここの所はどう致しましょうか?」
クチュリエールのお針子が、叔母様に指示を仰ぎに来る。
「あら、ちょっと待って頂戴。
わたくしが見ないといけないわね......マリウス様は、もう少しエリザと話していて下さい......直ぐ戻りますから」
叔母様は、境のドアを開けたまま、作業室に行く。
マリウス様は真面目な顔に戻って、自分の椅子に座る。
「それでエリザは、もしリュシアン様がエリザだけと結婚したいと言ったら、承諾したの?」
「さぁ、どうでしょう。
リュシアン様は天使のように美しくて、わたくしは別世界の方だと思っていたのです。
あの方と結婚するお嬢様は、皆の厳しい視線に晒されるし、わたくしには荷が重すぎますわ」
最初にリュシアン様と踊るマルグリット様を見た時に、わたくしはマルグリット様の表情の暗さに驚いたのだ。
わたくしも、リュシアン様に相応しくないと言われ続けたら、あのような表情になってしまうだろう。
「それに!
リュシアン様は体面を考えて、結婚したらわたしは、ドレスの仕事は出来ないと言ったのです!
わたくしにとって、ドレス作りは天職だと思っているのに」
「エリザにとっては、ドレス作りは生き甲斐になっているのだね」
「そうなのです。
叔母様は、マルグリット様の婚約発表の夜会のドレスを作られたのです。
それが、本当に夢のように美しいドレスで!
更に、ウェディングドレスも、叔母様のクチュリエールでお願いされそうなのです。
マルグリット様のウェディングドレスは、どんなに素晴らしいドレスになるのか、わたくしは今から楽しみで仕方がないのです。
もし、わたくしがリュシアン様の第二夫人になってしまったら、マルグリット様はどんなに悲しまれるでしょう」
「エリザは、ドレスやマルグリット様のために、自分の気持ちを押し殺してはいないだろうね」
わたくしは、マリウス様に言われた意味を考える。
「リュシアン様は美しい夢のようなもので、その中にいる自分を想像している時は良いのですが、現実になってしまったら、わたくしはきっと、自分らしくいられなくなります」
マリウス様は、立ち上がってじっとわたくしを見ると、手を伸ばしてわたくしを立ち上がらせる。
「私はエリザを抱きしめる事しか出来ないけれど、いつでも側にいることを忘れないで欲しい」
マリウス様はわたくしをギュッと抱きしめると、額にそっと口づけた。




