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リュシアン様の訪問(その三)

わたくしは、叔母様の言葉で冷静になった。

強い言葉でリュシアン様を拒絶したら、どうなるだろう。


リュシアン様の機嫌を損ねて、マルグリット様やレオンティーヌ様のドレスをキャンセルされてはいけない。


レオンティーヌ様は仕方ないとしても、マルグリット様のウェディングドレスだけは、叔母様のクチュリエールで作って頂きたいのだ。

何とか穏便に、リュシアン様の求婚をお断りしなければならない。


「リュシアン様は天使のようにお美しいですし、体格も堂々として乗馬もお上手です。

剣の腕前も一流で、近衛連隊の華と呼ばれていらっしゃいます」


「男爵令嬢は、わたくしを認めて頂けるのですね」


「ええ、もちろんですわ。

どこにも欠点のない、完璧な方だと思っております」


「エリザ、それはどう言う事かしら?」


叔母様は、不審顔だ。


「そんなリュシアン様と結婚したら、わたくしは心配で心配で、一日中ずっとお側に付いていたくなるでしょう。

今も並み居るお嬢様達を、総て虜にされるリュシアン様ですもの」


「そんな心配は要りません」


「あら、リュシアン様はご存じないでしょうけれど、実はわたくしは、とても嫉妬深いのです。

わたくしと結婚したら、本当に他の女性と、デビュー前の少女から、孫のいるような方まで、もちろん、小間使いとも二度と話をしないと約束していただけますか?」


「そんな事は不可能です。

総ての女性と話をせずに、どうやって生活して行けるでしょう?」


リュシアン様は、呆れたようにわたくしを見る。

もう一押しだ。


「実はですね、リュシアン様だけに打ち明けるのですが、わたくしは結婚を決められた方がいるのです。

リュシアン様と同様に、わたくしの力ではどうにもならないのです」


「何ですって?男爵令嬢にはそんな方がいらっしゃったのですか?」


「はい、実は以前、リュシアン様もお会いになったマリウス様です。

マリウス様は、隣国のウルム公国の貴族のご子息なのですが、訳あって兄の乳母子としてわたくしの家に預けられました。

わたくしも、マリウス様を兄のように思っているのですが、結婚を決められているので、仕方ないのです」


「エリザ、それは」


わたくしは、叔母様の言葉を(さえぎ)る。


「ええ、もちろん、叔母様もこの取り決めが秘密なのは知っていますよね。

でも今は、リュシアン様に説明しないといけませんから」


「そうでしたか。

そんな訳があったので、お嬢様は私にあまり興味を示されなかったのですね」


「ええ、リュシアン様がどれほど魅力的でも、わたくしには最初から決められた方がいるのですから」


「それをもっと早く知っていれば、わたくしも男爵令嬢に求婚しなかったのですが」


「申し訳ありません。

リュシアン様に早くお伝えしなかったのは、わたくしの思い違いが原因です。

わたくしは、リュシアン様は別の方をお慕いしているとばかり、思っていたのです」


「分かりました。

私も、男爵令嬢が他のお嬢様達と異なって、私に対して冷静な態度だったので、むきになってしまったかもしれません」


「候爵閣下が、エリザに色々とお気遣い頂いた事は、本当に感謝いたしております」


叔母様も、わたくしの意図がわかって、調子を合わせてくれる。

わたくしと叔母様は、最上のお客様をお見送りするように、丁寧にお礼を申し上げてリュシアン様を送り出した。


リュシアン様が帰ると、叔母様は小間使いを呼んで何事か指示する。


「あぁ、すっかりお茶が冷めてしまったわ。

熱いお茶を淹れ直して、少し休みましょう」


「叔母様にまで、ご迷惑をおかけしてしまいましたね。

でもこれで、マルグリット様のウェディングドレスはキャンセルにならないでしょうか」


「エリザ、わたくしはドレスの事などどうでも良かったのよ。

それよりも、エリザを第二夫人にと言われた事が悔しくて......」


「リュシアン様の立場からしたら、それでも大分譲歩した、というお考えなのでしょうね」


「まったく、高位の貴族の常識なのでしょうけれど、自分勝手にも程が有るわ。

貧乏男爵の娘ならば、喜んで応じるに違いないと思ったのかしら」


「実はわたくしは、リュシアン様の申し出に、ちょっと心を動かされましたの」


「えっ、エリザはリュシアン様を愛していたの?」


「いいえ、そうではなく、誰にも邪魔されずにドレスを作っているのも良いかな、と思ったのです」


「北のベルテ地方は農耕地帯だから、高級な生地問屋などありませんよ

おまけに作って良いのは、自分のドレスだけとリュシアン様は言ったでしょう」


「そうでした!

やっぱり、それは有り得ませんわ」


それからわたくしは、何度かお会いしているうちに、素直で優しいマルグリット様を好ましく思っていたのだ。

マルグリット様を悲しませるような事はしたくない。


「所でエリザ、マリウス様と秘密の結婚の約束、と言うのは何?

二人でそんな約束をしていたの?」


「いいえ、叔母様、リュシアン様に諦めてもらう為の嘘をついたのです。

もちろん、そんな約束などしていませんわ」


「多分、そんな所だろうとは思ったけれど......。

でも、もし万が一、リュシアン様がマリウス様に確認を取ったら、嘘だとバレてしまうわね」


「確かにそうですね......」


「だいたい、酷いヤキモチの話もそうだけど、リュシアン様が冷静になって考えたら、おかしいと思うに違いないわ」


「そうでしょうか?」


「そうよ。ここで詰めを甘くしたら、総てが崩れてしまうかもしれないわ。

わたくしは、さっき使いを出して、マリウス様を急いでお呼びしたから、マリウス様にもこの嘘に加担してもらわないとね」


「そこまでする必要がありますか?」


「もちろんよ。

ほんの些細な事を疎かにすると、後で大きなつけを払うことになるのよ」


しばらくすると、執事のジョセフがマリウス様の来訪を告げた。






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