リュシアン様の訪問(その二)
リュシアン様は、わたくしの前に跪いたまま話し続ける。
「そこで私は、誰にも納得していただける案を考えました。
私は、北のベルテ地方に候爵領を持っています。
候爵の称号の元になっている領地です。
王都からは少し距離がありますが、広く豊かな土地です」
「はい」
「お嬢様は私の第二夫人として、その候爵領地に住んでいただけないでしょうか?」
「はい?」
「私は近衛連隊の仕事がありますので、マルグリット様と結婚して王都に住むことになりますが、休暇の時は必ず候爵領に行きます。
私は、必ずお二人を平等に愛しますし、もし男爵令嬢に男児が生まれたら、公爵家の正式な子息として扱います」
「リュシアン様は......わたくしを......そんな風に......」
わたくしの内から、じわじわと怒りが込み上げて来る。
「マルグリット様には、このお話をなさったのでしょうか?」
「いいえ、まだですが、マルグリット様も公爵家で育っていますから、第二夫人については分かってもらえると思っています」
確かにこの国では、貴族の夫人に後継ぎが生まれない時は、第二夫人を娶れるし、愛人を持つ事も普通に行われている。
しかし、さすがに二人と同時に結婚するのは聞いたことが無い。
その時、着替え室から、叔母様が現れた。
「ちょっとお話が込み入っているようですから、少し、お茶でも飲みましょう」
こんなに表情が見えない叔母様は、初めて見た。
リュシアン様は、立ち上がって側の椅子に座る。
叔母様は小間使いを呼んで、お茶の支度をさせる。
いつも愛想の良い叔母様が、リュシアン様ににこりともしない。
「大変失礼とは存じましたが、お話をお聞きしてしまいました。
わたくしにとって、エリザベトは姪でございます。
けれど、いつも、エリザベトを娘と思っていますので、わたくしにも一言申し上げる資格があるかと思うのです」
「はい」
リュシアン様も、叔母様にきちんと向き直る。
「候爵閣下は、エリザベトのどのような所がお好きなのでしょうか?」
「それは、とても清純で愛らしいお嬢様ですし、仕事にも一生懸命で、誠実に成し遂げられる点でしょうか。
それから、男性に媚びたりせず、慎ましやかな所も魅力ですね」
リュシアン様は、わたくしをだいぶ買い被っているようだ。
「そういう穏やかそうな娘だから、第二夫人にはぴったり、と言う事でしょうか?」
「いいえ、そうではありません。
ブレヴィル公爵令嬢とは、昔から結婚が決まっていたようなものなのです。
それは、私の力ではどうしようもありません」
「候爵閣下は、マルグリット様には愛情を感じられないのでしょうか?」
「いいえ、子供のころから許婚のように育ちましたから、マルグリット様を愛するのは当然と思ってきました。
それに、最近ではとても明るく、美しくなりましたから、愛するのも難しくありません」
「何故、マルグリット様を愛しているのに、エリザベトとも結婚しようと思うのでしょうか?」
「マルグリット様は、妹のように愛しているのですが、男爵令嬢は違います。
私は何も、男爵令嬢を愛人にしようというのではなく、第二夫人として正式に扱います」
「それは、マルグリット様に対しても、エリザベトに対しても失礼だと、わたくしは思いますが、候爵閣下はそう思われないのですね」
「私も、男爵令嬢を何度か諦めようとしたのです。
黒髪の騎兵連隊の騎士の方が、お嬢様を愛しているように見えたのですが、男爵令嬢は否定なさいました」
確かに、わたくしは否定した。
マリウス様を兄のように思っていると、リュシアン様に話したのだ。
「私は、男爵令嬢にとても惹かれるのです。
お嬢様とお会いすると、私は気持ちが浮き立つのです。
それは、お嬢様の賦与の力だと思っています。
ウルム公国に出掛けた時は、お会いできなくて寂しく思いました」
わたくしは、リュシアン様の気持ちをちっとも知らなかったのだ。
「スカーフに賦与を掛けて頂いた時にも、わたくしはお嬢様にお気持ちを確かめたのです。
賦与は、『好きな人に振り向いてもらえる』と言うものでしたから、お嬢様は私の気持ちも分かっていた筈です」
「わたくしは、リュシアン様が別の方に恋しているのだとばかり、思っていたのです」
「掛けて頂いた賦与は、男爵令嬢に向けたものだったのですが」
「賦与は、掛けた本人には効果がないのです」
「それでは、私も男爵令嬢も思い違いをしていたのですね。
お互いの気持ちが分かったのですから、男爵令嬢は、私を愛してくれるでしょうか?」
「......今日のお話を聞く前でしたら、もしかしてリュシアン様を愛したかも知れません。
でも、わたくしは、一人の愛情を誰かと分け合おうとは思いません」
わたくしは、ドレスをお作りした時に、マルグリット様が言った言葉を覚えている。
『自分だけを見てくれる人と結婚したい』と、言ったのだ。
「一人の愛情を二人で分け合う、のではなく、私は二人それぞれに、二倍の愛情を注ぐのだと思ってもらえないだろうか?」
わたくしは笑ってしまった。
「そのような考え方は、初めてお聞きしましたわ。
それでは、もし、わたくしが兄のように思っているマリウス様と結婚して、リュシアン様とも結婚しても宜しいのでしょうか?」
「それはダメに決まっています。
私は貴女を、他の男に渡したくないのですから」
「それでは、わたくしが仕事として、別の男性のスカーフに賦与を掛けるのはどうでしょう?」
「もちろん、それもしないでください。
いくら費用が掛かっても構いませんから、お嬢様はご自分のドレスだけを作ってください。
それと、私だけのために、賦与をかけたリボンなどを作って頂きたいのです」
「では、わたくしが仕事を続ける事はできないのですね?」
「男爵令嬢は、私と結婚すれば、領地の名前が付くベルテ候爵夫人と呼ばれるのですから、それなりの立場があるのです」
「それで、エリザは『ベルテ候爵夫人』と呼ばれたいと思っているのかしら?」
叔母様は、冷ややかな声で言った。




