リュシアン様の訪問(その一)
叔母様は、上機嫌でブレヴィル公爵家を後にすると、そのまま生地問屋に直行する。
もちろん、わたくしも喜んでお供する。
叔母様は、早速真っ白なシルクの生地と、レースを棚から出してもらって、あれこれと吟味する。
公爵家が作るウェディングドレスは、お金に糸目を付けないから、叔母様の目も爛々と輝く。
ウェディングドレスは、生涯で一度しか着られないから、力が入るのは当たり前だ。
結婚式の大勢の招待客に見られるし、公爵家の家格を示すことにもなるので、豪華さは当然だけれど、デザインにも気をつけなければならない。
デザインによって、選ぶ生地も違う。
最近流行って来ている、ふわっと柔らかいラインで作るならば、柔らかいシフォンやオーガンジーを使うし、伝統を重んじて古典的なデザインにするならば、かっちりした固いサテンやモアレの生地が適しているだろう。
マルグリット様は、多分新しいデザインのふんわりタイプがお好みだろうけれど、公爵家で強い影響力を持つ老公爵夫人が、どう判断するだろうか。
最高級の品質の良い生地は、数が多くないので、叔母様はこれぞ、と思った生地を仮予約する。
仮予約した生地は、見本に百五十エレ(約一メートル)の同じ生地を貰える。
そして、その生地をいくつか顧客の家に持参して、ドレスの生地やデザインを決める。
仮予約しているうちは生地を取り置きしてもらえるし、キャンセルしたい時は、貰った生地分だけの価格を払えば良いから、とても便利な仕組みだ。
わたくしも夢中になって、美しい光沢の絹や、繊細な模様のレースをじっくり眺める。
わたくしも、いつか、こういうウェディングドレスを着る日が来るのだろうか。
それから数日経ったある日の午後、リュシアン様が叔母様のクチュリエールに訪ねて来た。
「私がレトワール男爵家にお伺いした所、男爵令嬢はこちらにいらっしゃると聞いて、お訪ねいたしました。
男爵令嬢と、少しお話が出来るでしょうか?」
先日マルグリット様に、リュシアン様との婚約が内定したとお聞きしていたのだけれど、わたくしに一体何のご用事だろう?
「出来れば、二人きりでお話したいのですが」
リュシアン様は、叔母様に人払いをお願いする。
これはきっと、妃殿下に関する秘密の相談なのだろう。
「わかりました。
それでは以前のように、わたくしは隣の部屋におりますので、この客間をお使い下さい」
叔母様は客間の境のドアを開けて、隣の着替え室に引っ込む。
着替え室に針仕事を持ち込んだので、長い話になる事を予想しているのだろうか。
「今日は、男爵令嬢に大事なお話があって来たのです」
リュシアン様はわたくしに挨拶をすると、わたくしが座った長椅子の近くに椅子を寄せる。
「わたくしは、ブレヴィル公爵令嬢と婚約することになりました」
「はい、それはおめでとうございます。
マルグリット様もお喜びでございましょう」
「男爵令嬢も、喜んでいただけるのですね」
リュシアン様は、妃殿下への思いを断ち切ったのだ。
叶わぬ恋なのだから、家格の釣り合うマルグリット様と結婚するのが最適だろう。
マルグリット様も、どんどん美しくなっていて、リュシアン様の隣にいても違和感は全くない。
「ブレヴィル公爵家との縁組みは、昔から半ば決まっていたのですが、わたくしの本当の気持ちは他にあります」
「でも、そのお気持ちを振り切ってご結婚なさるのですよね」
「ええ、結婚はもう決まっているのです。
けれども、もし望みがあるのなら、それに賭けてみたいのです」
「わたくしも、賦与のスカーフを作った時から、リュシアン様のお気持ちは分かっていたつもりでおりました。
でも、マルグリット様は何もご存じない訳ですし、このまま波風を起こさずに、ご結婚なさるのが幸せの道ではないでしょうか」
「男爵令嬢は、それで良いのでしょうか?」
「え?それで良いかと思いますが......」
リュシアン様は座っていた椅子から立ち上がって、わたくしの前にひざまずく。
「男爵令嬢、私の気持ちは分かっていただいていたと思っておりました。
私は、お嬢様と初めてお会いしてから、ずっとお嬢様をお慕いしております。
わたくしの制服のボタンを拾っていただいたあの日から、お嬢様を忘れた事はありません」
な、な、なんですって~ぇ!
リュシアン様が恋していたのは、妃殿下ではなく、このわたくしだったとは!
わたくしは、あまりにも驚いて、声も出ない。
「私は、お嬢様と結婚したいと思っているのです。
もしお嬢様が、ドレスを作り続けたいのでしたら、ドレスの費用は好きなだけ使って構いませんし、お針子が必要ならばその手当もします」
えっ、何?その心惹かれるお言葉は?
いやいや、今はそんな場合では無いのだ。
「でも、マルグリット様と結婚なさるのですよね?」
「ええ、それはもう仕方がないのです。
何とか、男爵令嬢と結婚できないかと、私なりに努力したのですが、誰からも賛同を得られなかったのです」
それはそうでしょう。
わたくしは、リュシアン様とは住む世界が違い過ぎます。
わたくしは、茫然としてまともな判断力が無く、リュシアン様の言葉を聞いているだけだった。




