マルグリット様の薔薇のイブニングドレス
マリウス様が、兄に近付いて慰める。
「もう、連隊の宿舎に戻ろう。
今夜はヴィクトルも疲れただろう」
「いや、今夜は飲まないと寝られない。
私は奥に行って飲んでいるから、二人は話すなり、踊るなりすれば良いよ」
「分かった。
それじゃあ、しばらくしたら迎えに行くから」
わたくしとマリウス様は、大広間に戻ってダンスを踊ることにする。
サロンには、デルフィーヌ様の甘ったるい香水の匂いが漂って、気持ちが悪くなりそうだった。
大広間では、リュシアン様もマルグリット様と踊っている。
周りの人達も、暖かい目で二人を見ている。
きっと二人は、噂通りに結婚するのだろう。
「リュシアン様は、デルフィーヌ様を窘めて下さいましたね」
わたくしは、マリウス様が憤慨したのを見ていたのだ。
「騎馬連隊は、やはり近衛連隊と比べられるし、周りの差別はあるのだけれどね。
ただ面と向かって、あんな風に言われたら、気分は良くないよ」
「近衛連隊には、家柄が良くないと、入れないのでしょう?」
「そうだね。
もちろん、体格や能力もあるけれど、それが一番の決め手かな」
「どこに生まれるかは、本人には選べないのですもの。
もし自分で選べたら、マリウス様はどこに生まれたいですか?」
「そうだね、生まれる家柄が良ければ、人生の選択肢は広がるだろう。
だけど、今こうしてエリザと踊っている自分と、他の誰かを取り替えたいとは思わないね」
マリウス様は、わたくしを見下ろして微笑む。
「わたくしも、もし、高位の貴族の家に生まれて、好きでもない人と政略結婚させられるよりは、叔母様のクチュリエールでドレスを作っていたいですわ」
わたくしにとって、ドレス作りは天職なのだ。
「さて、ヴィクトルがあまり酔い過ぎないうちに、宿舎に連れて帰るよ。
連隊長に駄目を出されて、かなり落ち込むかと思ったら、意外に回復が早かったからね。
あの調子だったら、直ぐに元に戻るだろう」
「本当に、まさかデルフィーヌ様にダンスを申し込むとは、思いませんでしたわ。
申し訳ありませんけれど、兄をよろしくお願いします」
わたくしは、約束通りにマリウス様と最後のダンスを踊ってから、両親と家に帰った。
次の日から、またドレス作りの毎日が始まる。
マルグリット様のイブニングドレスが出来上がったので、叔母様と一緒に納品に行く。
今回のドレスは、特殊な織り方をしたシルクで、動きによってグレーにもピンクにも見える珍しい生地を使っている。
更に、濃いフューシャピンク色の造花の薔薇がドレスに何個も留め付けられ、蔓薔薇の枝が全面に刺繍されている。
このドレスは叔母様のクチュリエールの総力を挙げて、特急料金でお作りした超豪華ドレスだ。
衣裳箱から恭しく取り出されたドレスを見ると、マルグリット様はため息をつく。
「何て美しいドレスかしら。
こんな綺麗なドレスは見たことが無いわ」
「お嬢様は、ローシュ公爵家の薔薇園をご存知でいらっしゃいますよね。
わたくしは、あの美しいお庭のイメージでお作りしたのでございます」
叔母様はマルグリット様に説明する。
叔母様は、公爵家のお茶に呼ばれた時に、しっかりと確認を怠らなかったようだ。
「まぁ、そうでしたの。
それでは今度、ローシュ公爵家に行った時には、公爵夫人の薔薇園をリュシアン様と散歩しなければなりませんね」
マルグリット様は、少し恥ずかしそうに言う。
マルグリット様に薔薇のドレスを着せると、想像通りの美しさだった。
上気した頬に赤みが差す。
細身のマルグリット様が、まるで薔薇の精のようだ。
このドレスの賦与は『幸福』だ。
マルグリット様の幸せな気持ちが、ドレス一杯に広がっている。
「まぁ、お嬢様、何とお美しいのでしょう!」
マルグリット様の小間使い達も、揃って褒めそやす。
「このドレスは、婚約発表の夜会にぴったりでございますね」
「まだ、正式に決まった訳ではないのですから、軽々しく言わないで頂戴」
マルグリット様が、小間使いを叱るけれど、お顔は笑みこぼれている。
「まぁ、まぁ、それはおめでとうございます。
おめでたい婚約発表の時のドレスとして着ていただければ、お作りしたわたくしにとりましても、大層嬉しく、光栄でございます」
「いずれ、もう一枚お願いする事になると思いますの。
時間がかかるドレスは、前もってお願いして置かなければなりませんから」
「ありがとうございます。
お嬢様のために、純白のシルクと総レースをご用意致しておきますので、よろしくお願い致します」
叔母様も、特別感じの良い笑顔と、なめらかな声でお答えする。
これで、マルグリット様のウェディングドレスも、叔母様のクチュリエールに注文してもらったも同然だ。
それにしても、リュシアン様はついに妃殿下との恋を諦めたのだろうか。
もちろん、実るはずの無い恋だから、諦める他はないのだろう。




