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短い夢はすぐに砕け散る

マリウス様と大広間に戻り、兄の姿を探すと、奥のサロンに一人でポツンと座っていた。


「お兄様、ルイーズ様のご両親にちゃんとご挨拶は出来ましたの?」


兄は、下を向いて答えない。


「ヴィクトル、ルイーズ様はどこに行かれたのかな?」


兄が、絶望の眼差しを上げる。


「ルイーズ様は、連隊長に連れられて、もう屋敷に帰った」


兄は、挨拶を失敗したに違いない。


「一体、どんなご挨拶をしたのですか?」


わたくしは問い詰める。


「いや、挨拶はちゃんと出来た。

普段、連隊でも挨拶はしているからな。

ただ、ルイーズ様とお付き合いするための条件を付けられたのだ」


「えっ、それで、どんな条件なのですか?」


「一ヶ月先にある、騎士連隊の錬成会で、乗馬と剣と格闘技のどれかの種目で優勝する事だそうだ」


マリウス様が天を仰ぐ。

それは兄にとって、ほとんど不可能なのだろう。


「連隊長は、言ったのだ。

『本当は三種目全部で優勝する者と条件を付けたいが、大譲歩して、一種目だけで許してやろう』とね」


「それで、お兄様は何と答えたのですか?」


「どうもこうも無いよ。

『連隊長の娘と付き合うには、それぐらい当然だ、私の素晴らしい娘に釣り合う騎士でなければ認めない』と、言われてしまったのだからね」


お嬢様に気に入られても、実際にお付き合いできるには、高い高い親の壁を越えなければならないのだ。


「それじゃ、一番可能性のありそうな、剣の練習を始めなければならないな」


「何を言っているんだ、マリウス、一ヶ月位の練習で、どうにかなるものじゃないよ」


「でも、それをしなければ、ルイーズ様と付き合えないのだろう」


「いや、もういいよ。

短い夢だったんだ。

どうせ、こうなる事は分かっていたさ」


「お兄様、本当にそれで良いのですか?

後で後悔しないためにも、全力でやってみる事が大事でしょう?」


「ルイーズ様と私では、元々釣り合っていないのだ。

付き合えたとしても、長続きはしないよ」


いつも現実を見ないで、フラフラと美人の周りを巡っているだけのお兄様と思っていたけれど、今日は何故こんなに現実が見えるのだろう。


「私はもう結婚など考えないで、領地に引き籠って暮らそうと思う。

私は騎士に向いていないのだ」


兄は、いつもの『失恋モード』に入った。

こうなると、しばらくは鬱々としているが、そのうち回復して、また別の令嬢に熱を上げるのだ。

兄のパターンを知っているから、それほど心配はしない。


すると、サロンに、リュシアン様がマルグリット様をエスコートして入ってきた。

マルグリット様を椅子に座らせると、召使いに飲み物を持ってくるように注文している。


リュシアン様はサロンを見回して、わたくし達を見つけると、頷いて挨拶をする。

マルグリット様もわたくしに気がついて、ちょっと頭を傾げ、にっこりと笑う。


少し見ないうちに、マルグリット様はまた美しくなられた。

お顔もふっくらとして、棒のようだった体にも柔らかい曲線が現れている。

今度作るドレスは、胸のサイズを少し大きくしなければならないだろう。


わたくしは、マリウス様に囁く。


「ほら、あのブレヴィル公爵令嬢のドレスは、叔母様のクチュリエールでお作りしたのですよ。

マルグリット様に、とても良く似合っているでしょう?

マルグリット様もとてもお気に入られて、いつも着てくださっているのです」


「そうだね。

公爵令嬢は本当に美しくなられたね」


「ドレスには、人を変える力も有るのですから、わたくしはドレス作りを辞められないのです」


マルグリット様は、幸せそうに微笑んでリュシアン様に話しかけている。

リュシアン様も微笑んで答えているけれど、儀礼的に感じるのは、わたくしがリュシアン様の秘密の恋を知っているからだろう。


そこにデルフィーヌ様が、近衛連隊の制服を着た騎士にエスコートされて入ってきた。

騎士は、飲み物を取りに隣の食堂に行く。


デルフィーヌ様は、リュシアン様を見つけると、図々しく近付いて挨拶をする。


「わたくしは、レオンティーヌ様のお招きで伺ったのですが、リュシアン様はせっかくの夜会だというのに、あまり踊られないのですね」


デルフィーヌ様の甘ったるい香水の香りが、こちらまで流れて来る。

最大限まで開けた胸から、大きな乳房がこぼれ落ちそうだ。

デルフィーヌ様は、その胸を左右に振るようにして話す。


「ええ、少し疲れたので休憩しているのです」


リュシアン様は、最低限の礼儀で話す。


「わたくしは、近衛連隊の方々から何度もダンスを誘われているのですが、まだまだ踊れましてよ」


デルフィーヌ様が話すと、ぶるん、ぶるんと胸が揺れる。


兄が立ち上がった。

止める間もなく、デルフィーヌ様の側に行く。


「それでは、私と踊っていただけますか?」


兄の目は、デルフィーヌ様の揺れる胸に釘付けだ。


「まぁ、何をおっしゃいますの?

わたくしは、近衛連隊の方々と踊っているのですよ。

貴方は赤い制服(騎兵連隊)ではありませんか」


マリウス様がハッとする。

デルフィーヌ様の侮蔑に怒ったのだ。


「お嬢様、制服の色で、人は違いませんよ」


リュシアン様が、デルフィーヌ様を(たしな)めた。


「まぁ、わたくしは当たり前の事を言ったのですわ。

近衛連隊の方々は、どなたも選りすぐりの方ではありませんか」


リュシアン様はそれ以上何も言わず、マルグリット様を促して大広間に戻って行く。

戻る前に、こちらをちらっと見て、少し頷いて挨拶をした。


デルフィーヌ様は、奥から近衛連隊の騎士が戻ると、親しげに笑って、一緒に長椅子に座る。


兄が、ポンコツ兄が、懲りない兄が、一人残された。








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