リュシアン様とダンスを踊りました
人波をかき分けるようにして、リュシアン様がやって来る。
近くにいた令嬢達の視線が、リュシアン様とわたくしに集まる。
「男爵令嬢、ようやく見つけましたよ。
どうか、私と踊って下さいませんか」
「はい、喜んで」
わたくしは、リュシアン様の手を取る。
令嬢達の突き刺すような視線を受ける怖さよりも、リュシアン様の恋模様を聞いてみたい好奇心の方が強い。
「男爵令嬢とは何度かダンスのお約束をしていたのに、今まで踊っていただけませんでしたね。
他の騎士達と踊られるのを、羨ましく見ていましたよ」
そう言えば、リュシアン様と踊るのは今回が初めてだ。
「リュシアン様はもちろんですが、騎士の方は皆ダンスがお上手ですね」
やはり運動神経が良い人は、ダンスも上手なのだろう。
例外的に兄は騎士なのに、ダンスが下手だ。
「最初にリュシアン様が妃殿下と踊られた時は、本当に素晴らしくて、大広間中の皆様が、お二人を見惚れていました」
「妃殿下はとてもお美しくて、しかもダンスの才能がおありですからね」
リュシアン様も妃殿下を褒める。
リュシアン様は、妃殿下のそういう所に惹かれたのか。
しかも妃殿下は『禁じられた高嶺の花』なのだから、魅力は一層増すだろう。
「妃殿下のドレスがまた素晴らしくて、わたくしは一度で良いので、あの様なドレスを作ってみたいと思いました」
「男爵令嬢の夢は、きっと叶うと思いますよ」
「わたくしが賦与を掛けてお作りしたスカーフを、リュシアン様は今夜着けていらっしゃいますね」
わたくしは、リュシアン様の秘めた想いをちゃんと分かっているのだと、暗示するようににんまりと笑う。
「ええ、振り向いて貰いたい方の前で使うのが、何より大切ですからね」
リュシアン様も、賦与の事はよく分かっているのだと言うように、にっこりと笑う。
「ウルム公国への外遊の時はいかがでしたの?
妃殿下に、お声を掛けて頂く様な時もあったのでしょうか?」
「王弟殿下も妃殿下も、下の者にお心配りなさいますからね。
勿体なくも懇ろなお言葉を頂きました」
「まぁ、そうでしたか」
妃殿下は、どんな『懇ろなお言葉』をリュシアン様に掛けたのだろう。
わたくしの妄想が羽ばたく。
「それよりも、ウルム公国に行ってからは、好きな方に会えない時間が辛いものだと、知りました」
リュシアン様は、ウルム公国できっと妃殿下にお会いしたのだ。
一度会った後で自由に会えないと、余計辛くなって恋も深まるのだろう。
「でも今日はお会いできて、一緒に踊れたのですものね」
今日の夜会は、妃殿下とお会いできる貴重な時間だったのだろう。
「それすら短い時間ですから。
ゆっくりと落ち着いて、お話できると良いのですが」
王弟殿下ご夫妻は、早々に帰られたのだ。
「リュシアン様は、お仕事もお忙しいのですもの。
なかなか自由な時間は、取れないでしょうね」
「そうなのです。
分かってもらえますか?」
「ええ、よくわかりますわ」
リュシアン様が秘密の恋に悩まれている事は、わたくしはしっかりと知っているのだ。
「本当に、一度踊って頂くのにも、私の自由にならないのです。
踊る相手について、順番とか色々と言うものもいるのです」
リュシアン様は妃殿下と一度踊られたけれど、いくら好意を抱いていても、何度も踊るわけにはいかないだろう。
位の高い貴族は、それなりの大変さがあるのだ。
「ちょっと、レオンティーヌが私に合図をしているので、行かなければなりません。
本当は、まだまだ踊っていたいのですが」
「どうぞ、お気遣い無く、わたくしは良く分かっておりますから」
わたくしは、踊り疲れたのと、他のお嬢様のドレスを観察したかったので、人目に付きにくい扉の辺りにいた。
マリウス様が、わたくしを探している。
「エリザ、ここにいたのか......ちょっと、いいかな」
「ええ、どうなさったのですか?」
「ヴィクトルが、ルイーズ様と庭に出て行ったのだ。
まさか、プロポーズなどする気じゃないとは思うけれど、心配だから、そっと後ろからついて行かないか?」
「あら、それは大変!
連隊長のお嬢様に、失礼な事を言って印象を悪くされたら、お兄様の今後の騎士生活にも不都合になるわ」
「そっと近づいて、まずい展開になりそうだったら、邪魔をしてしまおう」
わたくしはいつも、現れて欲しくない時に現れる兄に、邪魔ばかりされているのだ。
今度はわたくし達が、兄のためを思って邪魔するのだから、何も非難される筋合いは無い。
わたくしはマリウス様と腕を組んで、庭を散歩する振りをする。
ローシュ公爵家の広い庭園は、所々にランタンが置かれ、上から吊されたランタンの光もあって、難無く歩ける。
大広間の熱気を避けるように、散歩している人の姿も多い。
兄達の姿を探しながら歩くと、奥のバラ園の側のベンチに腰掛けている二人を見つけた。
わたくしとマリウス様は、大回りをする。
二人のいるベンチと、低い生け垣を挟んで背中合わせになっているベンチにそっと腰を下ろす。
座ってしまえば、兄が後ろを向いても、わたくし達の姿は見えないはずだ。
「それについては、ヴィクトル様はどうお考えになるのでしょうか?」
ルイーズ様のお声が、はっきりと聞こえる。
兄は何か答えているようだが、ゴモゴモと聞き取れない。
「はっきりと言って頂かなければ、分かりませんわ」
わたくしも、先日ルイーズ様とお話をして、ルイーズ様はお顔に似合わず、ズバズバと切り込んで来るのに驚いたのだ。
「いや、もちろん、私の考えは......ルイーズ様の思っている通りで......でも......そんな事が......本当に......」
わたくしはイライラとする。
もっとはっきりと言いなさい、と、兄に言ってやりたい。
身内のこんなグズグズした態度を、黙って聞いているのは辛い。
「それでは、わたくしと結婚したいと言ったのは、嘘だったのでしょうか?」
ルイーズ様は爆弾を投下した。




