リュシアン様が部下の報告を話してくれました
それから二日間、マリウス様はクチュリエールに姿を現わさなかった。
それまで毎日、お見舞いに来てくれていたのに、パタッと来なくなったのが心配になる。
しかも兄から、いかがわしい酒場の踊り子に通い詰めている、という話を聞いた後なので、不安になって要らぬ心配をしてしまう。
三日目になって、今日マリウス様がもし来なかったら、兄に問い合わせをすべきだろうかと悩んでいたら、リュシアン様の来訪が告げられた。
叔母様は、全力の笑顔でリュシアン様をお迎えする。
「候爵閣下、先日は素晴らしいお見舞いの品々を頂きまして、本当にありがとうございました。
わたくしもエリザも、お茶の時間を満喫いたしましたわ」
「喜んで頂けたようで何よりです。
今日は、先日の件で、ちょっとお知らせに来たのです」
リュシアン様は、叔母様に人払いをお願いする。
叔母様の小間使いは、お茶の用意だけをして、引き下がった。
「実は、私は、襲撃の犯人を部下に探させていたのです。
下町には、報酬次第で汚い仕事を引き受ける、食い詰め者達がいるのです。
そのうちの一人があの事件以後、急に羽振りが良くなって酒場に出入りしていたのです」
あれ?確か、兄も似たような話をしていたのだ。
マリウス様が、下町の酒場に毎日入り浸っていると。
「それで、部下は気取られないように尾行をしていたのですが、その男は酔って酒場から出た後、横丁に入ったと思ったら、姿が見えなくなったのです」
「尾行を気付かれたかと、付近を探していると、ガラガラと物が崩れる音がして、その男が積んであった建築資材の中に倒れていたのだそうです」
「酔ってフラフラと歩いて転んだのか、顔や手に何カ所か怪我はしていたのですが、命には別状ありませんでした。
近づいて、どうしたのだ、と聞いても、自分でも何が起きたのか、訳が分からなかったようです」
「ところで酒場には、その男と顔見知りのような、太った中年の男が、毎日のように来ていたのです。
酒と、カード賭博が目的のようでした」
「中年の男は、酒場にいた踊り子にご執心で、注意を引くためにか、金遣いが荒かったそうです。
更に調べると、中年の男性はオーベール商会の執事で、昨日、店の金を有るだけ全部持って、踊り子と行方をくらましたらしいのです」
「元々オーベール商会は資金繰りに窮していて、今回の執事の出奔が最後の一押しになったらしく、破産してしまったようです。
さっき、商業街を通って来たら、オーベール商会には債権者が詰めかけていました」
わたくしと叔母様は、顔を見合せる。
オーベール商会は破産寸前だったから、仕立て物の値段を吊り上げ、わたくしたちにも嫌がらせをしたのに違いない。
それとも、元々そういう危うい仕事の仕方を続けて、顧客の信頼を失ってしまったのだろうか。
とにかく、わたくし達を脅した競争相手はいなくなったのだ。
もう、嫌な思いをしなくて済むのだ。
「それから、その酒場にはもう一人、黒髪で精悍な若い男が毎日通って来ていたのです。
踊り子は、その若い男に気があったらしいのですが、それを見て、オーベール商会の執事は、踊り子を取られまいと焦ったようなのです」
わたくしは、兄の話が頭の中に甦る。
マリウス様が、踊り子を贔屓にしている噂があると言っていた。
その黒髪の若い男というのは、きっとマリウス様だ。
「そして、もう一つ、食い詰め者の男が横丁から消えた後で、部下は、その若い男が横丁から出てきたのを見たそうです」
リュシアン様は長い話を終えて、黙り込んだ。
「......私は、この若い男が、一連の出来事の鍵を握っているように思えるのです。
お二人には、何かお心当たりがおありでしょうか?」
「はい、それは多分、わたくしの兄の乳母子のマリウス様だと思います。
兄とマリウス様は、同じ連隊の騎士をしているのです。
わたくしとマリウス様は兄弟のように育ちましたので、わたくしは兄のように思っています」
「男爵令嬢には、兄弟のように頼れる人がいたのですね」
「えぇ、この事件が起きた時、わたくしはマリウス様に、以前オーベール商会のご主人に脅された話をしたのです。
それで、多分、マリウス様は、仕返しをしたのだと思います」
マリウス様は子供の頃、わたくしの悪口を言った村の乱暴な少年を、ボコボコにしたことがあったのだ。
今回もきっと、同じ事なのだろう。
「わたくしが、公園でスカーフをお渡しした時に、候爵閣下はマリウス様にお会いしていらっしゃいます」
「あぁ......思い出しました。
騎士連隊のボージール連隊長のお嬢様と一緒に、公園を散歩されていた方ですね?」
「はい、そうです」
その後、マリウス様はルイーズ様と会っているのだろうか。
「そう言う事情であれば、もうこれ以上、詮索は止めましょう。
もう、男爵令嬢に危険は及ばないと思います」
それにしても、リュシアン様が部下に調べさせなかったら、この真相は分からなかったに違いない。
わたくしはこんな風に、今までも何も知らずにマリウス様に守られていたのだろうか。
「私は詳しい事をお聞きしませんでしたが、男爵令嬢はドレスを作る時にも色々と苦労されていたのですね。
危ない目に遇わないように、これからは仕事ではなく、趣味として作られたら如何でしょう。
誰か一人のために賦与を掛けて作るのも、意義のある事だと思いますが」
「わたくしは今回の事があって、ドレス作りはわたくしの天職だと改めて思ったのです。
候爵閣下のお話を聞いて、危険は去ったと安心しましたし、わたくしは、これからも仕事は続けて行くつもりです」
リュシアン様は、ジッとわたくしの顔を見る。
「男爵令嬢は、しなやかで強い心をお持ちなのですね。
......さて、私も、男爵令嬢を守ってくださった騎士と、もう一度お会いしてみたいものです。
今度の夜会には、お兄様とマリウス様にも招待状をお送りしましょう」
リュシアン様は、ご親切にもわたくしの一家全員を夜会に招いてくださるようだ。




