お見舞いが相次ぎます
それからマリウス様は、毎日クチュリエールに顔を出してくれる。
会えばわたくしをハグして、頭か額に挨拶のキスをする。
わたくしは、最初の日こそマリウス様の胸の中で泣いてしまったけれど、その後は落ち着いて一度も泣いたりしていない。
数日後、マリウス様が来た時に、わたくしは引き裂かれたドレスの修繕をしていた。
「もう仕事を始めているんだね」
「ええ、ドレスを直しているのです。
裂けた所を縫い合わせ、蔦や花を刺繍して、傷を見えなくしているのです。
同じ柄の刺繍を幾つもスカートに散らしたので、元からのデザインのように見えるでしょう?」
「そうだね。言われなければ、新しいドレスを作っていたのかと思ったよ」
「同じ刺繍をしたスカーフを帽子にも付けたのです。ほら、どうでしょう?」
わたくしは、上手に出来たとちょっと威張って、手直しした帽子を頭に載せる。
少し頭を傾げて、マリウス様を見る。
「とても良いね......可愛いよ......エリザに良く似合っている」
マリウス様に『可愛い』なんて言われるのは初めてだ。
「あぁ、足が治ったら、このドレスを着て、またお茶会に行ったり、外に散歩に行きたいわ」
「エリザは、外に行くのが怖くないのか?」
マリウス様は、少しいぶかしげな顔をする。
「だって、家の中ばかりにいたら、他のお嬢様達の素晴らしいドレスが見られないのですもの。
もちろん手作業は大好きですけれど、同じくらい、綺麗な生地を見に生地問屋に行ったり、美しいドレスを見るのも楽しみなのです」
「エリザにとっては、今の仕事が楽しくて、趣味としても最高なのか......」
「ええ、この仕事はわたくしの天職だと思っているのです。
だから、脅されたりしたって負けませんわ」
わたくしは、思い切り泣いた後は、すっかり気持ちが切り替わって、もっと頑張ろうという気分になったのだ。
「そうか......分かった。
でも、何か気掛かりがあったら、遠慮せずに私を頼りにしてもらいたいな」
「はい、分かりました。
マリウス様が、頼り過ぎって思うくらいに、わたくしが頼ってしまうかも知れませんよ?」
「それでも構わないから」
わたくしは冗談で言ったのに、マリウス様は真面目な顔で答える。
本当の兄よりも、ずっと頼りがいがあるマリウス様だ。
わたくしの両親も、領地から駆け付けてくれる。
お父様は言う。
「エリザ、大変な目にあったね、心配したよ。
守ってやれなくて、済まなかったね。
これからは、外に行かずにずっと家に居るが良い」
お母様も心配そうだ。
「仕事など、させるのではありませんでしたわ。
ガブリエールも、何故もっと気を付けてくれなかったのかしら......」
「いいえ、お父様、お母様、わたくしは大丈夫です。
わたくしはこの仕事が大好きで、辞めたくありません。
ようやく一人で、ドレスが作れるようになってきたのです」
「それでも、結婚前の若い娘なのだから、無理はしないでもらいたいのよ」
「ええ、分かっています、お母様」
「わたくしも、これまで以上に警備を厳重に致しますわ」
叔母様も口添えしてくれる。
叔母様の居間で、わたくしが両親と話していると、執事のジョセフがリュシアン様の来訪を告げる。
「まぁローシュ候爵が、エリザに何のご用事なのかしら?」
お母様は、わたくしがリュシアン様のスカーフを作っていた事を知らない。
リュシアン様は、急いで叔母様の客間(兼居間)に入って来られる。
両親が挨拶をしようと進み出たのも目に入らない様子で、真っ直ぐわたくしに近寄る。
「今日、初めて聞いたのです。
わたくしと公園で別れた後で、暴漢に襲われたそうですね」
リュシアン様は、いつもの挨拶もせずに、わたくしに尋ねる。
「ええ、そうなのですけれど、わたくしも考え事をしてぼんやり歩いていたのです」
「済まなかった!せめて従僕にクチュリエールまで送らせるべきだった。
私の責任です」
「いいえ、そんなことはありません。
小間使いも側にいましたし、転んで足を少し挫いただけです。
他には怪我もしておりませんから」
リュシアン様はわたくしの手を取ると、挨拶のキスよりも長く口づける。
「男爵令嬢が怪我をしたと聞いたときには、生きた心地がしませんでしたよ」
「わたくしの両親も、心配して領地から戻って来てくれましたので、もう大丈夫です」
お父様が進み出る。
「オリビエ・ド・レトワールでございます。
こちらは妻のリーズと申します。
娘をご心配頂き、ありがとうございます」
リュシアン様は、初めてわたくしの両親に気づいて、急いでご挨拶する。
「失礼致しました。リュシアン・ド・ラ・ローシュです」
「候爵閣下のご高名は、かねてよりお伺いしておりました」
「候爵様は、お急ぎのお仕事があったので、わたくしが作った品物を公園でお渡ししたのです。
しかもお忙しい中を、公園の入口までお送り頂いたのです」
わたくしは、リュシアン様に責任が無い事を両親に説明する。
「まぁ、そうでしたの。
それなのに、わざわざお見舞い頂き、ありがとうございます」
お母様はリュシアン様にお礼を言う。
リュシアン様に向けるお母様の笑顔は、いつもよりも倍は明るい。
「先日お嬢様にもお話したのですが、今度王弟殿下をお招きして、家で夜会を開きます。
ご夫妻にも、招待状をお送りしようとしていた所でした。
その折に、ご挨拶が出来ればと思っておりました」
「まぁぁ、ご丁寧に、本当にありがとうございます。
喜んで出席させて頂きます」
お母様の笑顔の輝きが、通常の三倍になる。
「今日は、お嬢様のご様子をとにかく確認しなければと、慌てて伺いましたので、ゆっくりとお話も出来ません。
本当に毎日仕事ばかりで、嫌になります。
いずれ日を改めましょう」
リュシアン様は、今日も忙しい中を時間を割いて来てくれたようだ。
「お嬢様を突き飛ばした男は、今、部下に探させています。
きっと捕まえて、処罰させるつもりです」
リュシアン様は警察が当てにならないことを知って、自ら動いて下さっているようだ。




