足の捻挫と胸の痛み
「悪かったわ......エリザは、ずっと狙われていたのね。
しばらく何もなかったので、油断してしまったわたくしの責任だわ」
叔母様は、責任を感じてわたくしに謝る。
「いいえ、叔母様、わたくしも考え事をしながら歩いていたのです。
もっと警戒して、周りに注意を払うべきでした」
「それにしても、何の罪も無いエリザを狙うなんて、なんて卑怯な男でしょう。
絶対に許せないわ」
「本当に、大事なドレスを台なしにされて、わたくしも絶対に許せません!」
「ナイフを持った犯人が切ったのは、ドレスだけだったのは不幸中の幸いだったけれど、突き飛ばされて足を挫いただけで済んだと、喜ぶ気にはなれないわね」
「一生懸命作った、美しいドレスを切り裂くなんて、一番酷い罪ですわ」
多分、わたくしを襲う依頼をしたのは、あのオーベール商会の主人なのだと思う。
でも、切り付けた男の顔は見えず、何も証拠が無いので警察に頼ることも出来ない。
そもそも街が暗くなると、もっとひどい強盗の類も多いのだ。
わたくしは、お医者様に捻挫を手当してもらって、叔母様の居間で休んでいる。
「エリザ、あなたはどうしたいかしら?
お家に帰る?」
「いいえ、叔母様、良かったら、ここに置いて下さい。
お父様はまだ領地ですし、お母様の侍女のロザリには、わたくしまで面倒を掛けられませんもの。
それに、痛みが取れたら、歩かなくても出来るドレス作りをしていたいのです」
「そう、分かったわ。でも、ご両親にはエリザが怪我をした事はお知らせしないとね」
「お父様達に心配は掛けたくないけれど、お知らせしない訳にはいかないでしょうね」
叔母様はすぐ、起きた事を詳しく手紙に書いて、わたくしの家に届けさせる。
わたくしは夕食を食べると、三階の自分の寝室に運んでもらって、早めに眠った。
次の日の午後になると、足の腫れが引いたので、わたくしは足を引き摺りながら、三階の寝室から二階の叔母様の居間に移る。
痛みが軽くなると、切り裂かれたドレスが気になって、ベッドにじっと寝ていられない。
ドレスの汚れは出来るだけ落としてもらったので、切られたドレスを修繕したいのだ。
わたくしが、ドレスのお直しをどうしようかと悩んでいる時に、兄と一緒にマリウス様がクチュリエールにやって来た。
マリウス様は、怖い顔をして叔母様の居間に入って来る。
ツカツカとわたくしの側に近付いて、肩に手を掛け、わたくしの顔を覗き込む。
「エリザ、起きていて大丈夫なのか?足はどんな具合だ?」
マリウス様は、性急に尋ねる。
「大丈夫です、マリウス様。
突き飛ばされた時に、足を捻ったのです。
今はもう、足の腫れも引いてきました」
「無事で良かった!」
マリウス様は、わたくしをハグして、頭のてっぺんに優しくキスをする。
兄が、ちょっとびっくりしたように目を見開く。
「この前、私が脚を捻挫した時は散々からかわれたが、エリザも私の辛さが分かっただろう」
兄は相変わらず能天気だ。
「ヴィクトル、お前の捻挫とエリザの怪我は違うのだ」
マリウス様は、珍しく厳しい口調だ。
「執事のジェロームに、大体の話は聞いた。
領地には、手紙を持たせて従者を走らせたから、間もなく男爵様もこちらに戻って来られるだろう」
「ありがとうございます。
マリウス様も、色々と手配して下さったのですね」
「それで、エリザを突き飛ばした男に、何か思い当たりはあるのか?」
「ええ、実は以前、ブレヴィル公爵のお茶会で、公爵家の専任仕立て屋だというオーベール商会のご主人に、呼び止められました。
そして、仕事を横取りするなと、言い掛かりを付けられたのです」
「オーベール商会だな」
「でも、わたくしは突き飛ばした男の顔も見ていませんし、何も証拠が無いのです。
下手に動くと、こちらが罪に問われてしまいます」
「そうか......」
「痛い目を見るぞ、と脅されただけでは証拠にはなりませんから」
「エリザは、そんな事を言われて脅されていたのか!......何度も怖い思いをしたのだな」
その時、わたくしは初めてジワジワと怖かった思いが溢れてきて、止めようもなく涙が流れてしまう。
マリウス様は、わたくしが泣いているのに気づくと、またわたくしをギュッと抱きしめる。
「なんだ、まだ泣いているのか、泣き虫だな、エリザは」
兄にも、わたくしが泣いている事を知られてしまう。
「あら、ヴィクトル、服のボタンが取れかけているではありませんか。
ちょっとこちらにいらっしゃい、直してあげるから」
叔母様は、兄を引っ張って、隣の着替え室に強引に連れて行く。
わたくしは、マリウス様に抱きしめられたまま、マリウス様の胸の中で泣きじゃくってしまう。
マリウス様は『泣くな、泣いても何も解決しない』とは言わず、黙ってわたくしを抱きしめる。
「エリザを泣かせる者は、絶対に許さない。私がエリザを守るから」
マリウス様は、わたくしの頭を優しく撫でながら、小さく呟いていた。




