リュシアン様が隣国から戻って来ました
マルグリット様のお茶会で、クチュリエールの競争相手に脅されて以来、叔母様やわたくしの外出には必ず男性の護衛が付くようになった。
面倒には感じるけれど、安全第一だ。
目に見える護衛が付いているせいか、今の所は何も起こっていない。
そうこうしているうちに、リュシアン様が隣国のウルム公国から戻って来られた。
明日の午後に、賦与を掛けた残りのスカーフを取りに来られると、伝言があった。
わたくしは出来上がったスカーフを箱に入れ、新しいアフタヌーンドレスを着てリュシアン様を待つ。
それにしても、箱ごとお渡しするのに、散歩が必要な意味が分からない。
リュシアン様は従僕を連れているので、今日は護衛は必要ない。
「私が隣国に行っている間に、男爵令嬢はまた美しくなりましたね」
リュシアン様は、お会いした途端に褒めてくださる。
こういう言葉が、お嬢様達の勘違いを生むのだ。
「ありがとうございます。
きっと新しいこのドレスのおかげですわ」
「いつもお嬢様は、謙遜ばかりなのですね」
わたくしはいつも、褒め言葉は三割引きで聞いている。
子供の頃に兄に褒められた後は、必ず何か厄介事を押し付けられた気がする。
「ウルム公国は如何でしたか?」
「こちらとはだいぶ気候が違っていて、暑い日が続きました。
早く帰って、気持ちの良い公園で、また散歩をしたいとばかり思っていました」
リュシアン様は少し日焼けをしたようだ。
確かにこの公園は涼しい風が通っているし、木陰も多くて気持ちが良い。
「賦与を掛けたスカーフの効果は如何でしたか?」
わたくしは、リュシアン様をからかうような気持ちでお尋ねする。
「さぁ、どうでしょう?
効果があったと思いたいのですが、どう思われますか?」
「リュシアン様なら、大丈夫だと思いますわ......」
無責任に請け負って大丈夫だろうか。
リュシアン様のお相手は、きっと高貴な奥方様だろうと思っているのだけれど。
「こちらの箱に、残りのスカーフが入っております」
「ありがとう。大切に使います」
リュシアン様はニッコリと笑う。
リュシアン様の笑顔は、まるで太陽の光が降り注ぐようだ。
「ところで、リュシアン様は公爵家の専任の仕立て屋に任せられていると言われましたが、このスカーフをわたくしが作っても問題なかったのでしょうか?」
マルグリット様のお茶会で、ブレヴィル公爵家の専任のオーベール商会に脅されたわたくしは、同じような危険を冒したくない。
「そんな心配はありません。私が個人的にお願いした物ですから。
男爵令嬢がそんな心配をするなんて、誰かに何かを言われたのでしょうか?」
「いいえ、そう言う訳では無いのですが......」
「もし、何か言う者があったら、私が許しません。
これからも、賦与を掛けた品物をお願いするつもりです」
リュシアン様は、賦与に強い思い入れがあるようだ。
「今度、わたくしの家で王弟殿下をお招きする夜会がありますので、男爵令嬢にも是非出席して頂きたいのです」
「まぁ、喜んで出席致しますわ、ありがとうございます」
王弟殿下ご臨席の夜会だったら、素晴らしいドレスの数々が見られる筈だ。
本当に嬉しくて、頬が緩む。
「近々男爵家に、招待状をお送り致します」
つまり、上流貴族の夜会なので、貴族の両親を介添えに、ということですね。
「お嬢様のご両親にも、一度ご挨拶して置きたいのです」
「あら、ご丁寧に、ありがとうございます。
こちらこそ、ご挨拶出来れば、きっと両親も喜びますわ。
今は領地におりますが、その時は必ず両親と一緒にお伺い致します」
「こちらに戻ったばかりで、仕事が山積みになっているので、男爵令嬢とゆっくりお話もできないのです。
とても残念ですが、これで帰らなければなりません」
「お忙しい時にお越し頂いて、大変恐縮でございます。
どうか、ご無理せずに、お忙しい時はこちらからお屋敷にお届け致しますから」
リュシアン様は、わざわざ公園の入口まで送ってくれる。
叔母様のクチュリエールはすぐそこだし、叔母様の小間使いも一緒にいるので、心配は無い。
リュシアン様は名残惜しそうにわたくしを見ると、手を取って指先にキスの挨拶をして帰って行かれる。
本当に礼儀正しい方で、お嬢様方の人気が高いのは良く分かる。
わたくしだって、秘密の想い人がいると知らなければ、リュシアン様に恋してしまうかもしれない。
そんな事をぼんやり考えながら、クチュリエール迄の道を歩いていると、後ろから走って来る足音がする。
あっと思う間もなく、体当たりするように強い力で突き飛ばされた。
わたくしは、呆気なく道に叩き付けられてしまう。
小間使いの悲鳴が響き渡る。
突き飛ばした男は、そのまま走って横丁を逃げて行った。
通りを歩いていた人が集まって来る。
「何て乱暴な男だ!
お嬢様、大丈夫ですか?」
わたくしは、みっともなく転んでしまった事が恥ずかしくて、慌てて立ち上がろうとした。
痛い!
足を挫いてしまったようだ。
わたくしは小間使いに掴まって、何とか立ち上がった。
親切な人が、走ってデュボア商会に知らせてくれる。
執事のジョセフや従者が来て、わたくしはクチュリエールに運ばれる。
その時わたくしは、自分のスカートが泥まみれになっただけではなく、切られたように裂けている事に気づいた。
作ったばかりの新しいアフタヌーンドレス、リュシアン様とお会いするからと、一番良いドレスを着ていたのに、選りに選ってそのドレスをダメにされたのだ!
わたくしは、ドレスを壊した男を絶対に許さない!




