マルグリット様のお茶会
兄が余計な事をしでかすのではないかと気にかかって、わたくしはボージール子爵家のお茶会を楽しめない。
マリウス様も側についているので、それほど心配することは無いとは思うのだが、あの兄の事だ。
お茶会に招待されているお嬢様方には、ほとんど介添えの保護者が付いているのだから、お茶会は参加している騎士達を見定める品評会を兼ねている。
事実、こういうお茶会で結婚相手が決まることも多いのだ。
だからこそ、兄には良く考えて、慎重に行動してほしい。
兄はデルフィーヌ様を諦めて、今度はルイーズ様を追いかける事にしたらしい。
ルイーズ様は連隊長のお嬢様だし、美人でスタイルも良いので騎士達に絶大なる人気がある。
ルイーズ様の周りには、何人もの騎士がいて、ルイーズ様の興味を引こうと競い合っている。
筋肉自慢は上着を脱いで、胸筋の厚さを誇示しているし、マメさをアピールしたい方は、ルイーズ様に飲み物を運んでいる。
兄は、懲りずにルイーズ様に詩を捧げようとして、マリウス様に止められている。
本当に、いい加減にしてほしい。
ルイーズ様のお茶会は、兄に気持ちを乱されて、落ち着かないお茶会になってしまった。
わたくしは余計な心配をしないで、他のお嬢様達のアフタヌーンドレスを観察したかったのだ。
ドレスはとても高価で、簡単には作れないのに、流行はしばしば変わる。
いち早く流行の兆しを掴んで作らないと、時代遅れになってしまうのだ。
特にドレスの流行は、最上流の女性の好みに左右されるので、上流貴族のお茶会や夜会は、いち早く流行を察知する意味でもとても重要だ。
叔母様も、夜会やお茶会で、令嬢達のドレスをじっくりと観察しているのに違いない。
しかし幸いにも、今度はブレヴィル公爵令嬢のマルグリット様から、お茶会に招待された。
リュシアン様の妹様の、レオンティーヌ様も招かれているらしい。
これは素晴らしいドレスを、沢山見られる絶好の機会だ。
叔母様と一緒に馬車でブレヴィル公爵家に着くと、サーモンピンクのアフタヌーンドレスを着て、マルグリット様が迎えてくれる。
お作りしたばかりのドレスが、マルグリット様にとても良く似合っていて、本当に美しい。
グレーの瞳が輝いて、銀色の星のようだ。
「良くおいで下さいました、お待ち致しておりましたのよ」
「お招き頂きありがとうございます。
お嬢様は何てお美しいのでしょう!」
招待客からの賛辞が、マルグリット様に注がれている。
マルグリット様も、嬉しそうに微笑んでいる。
叔母様はわたくしに囁く。
「マルグリット様は、すっかり変わられたわね。
こんなに雰囲気の変わったお嬢様は他にいないから、わたくしのクチュリエールでドレスを作った甲斐があったわ」
「わたくしも、前の夜会服には『快活』の賦与をお付けしましたが、今回のアフタヌーンドレスの賦与は『輝き』でしたよね」
「そうなの。マルグリット様はご自分の美しさに目覚められたのね」
叔母様とわたくしは、会場を巡りながらご挨拶をして行く。
叔母様が、顧客のご婦人と一緒に長椅子に座って話し始めたので、わたくしは庭に出てお嬢様方のドレスを見て歩く。
レオンティーヌ様も庭にいた。
レオンティーヌ様の周りは、いつも人が絶えない。
お友達の令嬢達や、貴族の求婚者達、取引を願う富裕な商家の夫人達に取り巻かれている。
レオンティーヌ様が賦与に願った『真実の愛』は、見つかるのだろうか。
「男爵令嬢、ちょっと失礼致しますが、レトワール男爵令嬢でございますね」
わたくしは、見知らぬ中年の男性に声を掛けられる。
きちんとした身なりの、富裕な商人らしい男性だ。
「はい、そうですが、どんなご用件でしょうか?」
わたくしは警戒しつつ返事をする。
ここは公爵家の広い庭園だけれど、昼過ぎの時間で、何人もの招待客が庭を歩いている。
「私は、ブレヴィル公爵家の専任の、仕立てを総て任せられているオーベール商会の主人です」
「はい」
「最近、デュボア商会のクチュリエールが公爵令嬢に取り入って、おかしな魔法紛いの詐欺を使ってドレスを作ったと聞きましたが」
「えっ、詐欺などではありません」
「とにかく、今までずっとブレヴィル公爵家の仕立てを任されて来たのは、私の商会だけなのです。
横取りするのは許されませんよ」
マルグリット様に全然似合わない、流行遅れのドレスを作っていたのは、この人だったのだ。
しかも、ものすごく高い値段を付けていた。
「何をおっしゃいますか。
お好きなドレスを着るのは、公爵令嬢の自由ではありませんか。
オーベール商会が、公爵家の専任と言われるなら、マルグリット様に似合うドレスを作れば良いだけでしょう」
「穏やかに話していれば付け上がって、私にそんな失礼なことを言って許されると思うのか!」
オーベール様は、急に強い口調になってわたくしに怒鳴る。
「わたくしは、間違った事は言っておりません」
わたくしは、伊達に兄やマリウス様と一緒に育ったのではない。
強い言葉で脅そうと思っても、わたくしには免疫があるのだ。
「どこまで頑固な娘だ。言葉で言って分からなければ、痛い目を見るぞ!」
向こうから叔母様が、急いでこちらにやって来るのが見えた。
「これはオーベール様、何か不都合がございましたでしょうか?」
「デュボア夫人、私の商会が公爵家の専任となっているのはご存知か?」
「確かに紳士物の仕立ては、ギルドによって決められておりますが、婦人物のドレスは別のギルドに分離されたではありませんか」
「ゴホン、私の妻が新しくクチュリエールを作ったのだから、当然妻のクチュリエールが担当すべきなのだ」
「でもそれは、公爵家の専任ではございませんよね」
「うるさい、ゴチャゴチャ言うな!私の言う通りにしておけば良いのだ。
女が出しゃばって!
商売が出来ないようにしてやるぞ!」
オーベール様は真っ赤になって足を踏み鳴らす。
「お話しても、分かってもらえそうにありませんので、失礼いたします」
叔母様はわたくしの腕を取って、急ぎ足でその場を後にする。
「叔母様、オーベール様はだいぶ乱暴な口調でしたが、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫。言葉に出す人は警戒すれば良いだけよ。
むしろ本当に怖いのは、黙っていて、密かに陰謀を巡らす人よ」
ひゃ~っ、叔母様はどんな修羅場を越えてきたのだろう。




