リュシアン様と公園を散歩しました
リュシアン様とお約束の日が来た。
リュシアン様の賦与付きのスカーフの一枚目は出来ているので、わたくしは折り目が付かないように、ふんわり畳んで箱に入れる。
これを散歩の途中で、リュシアン様にお渡ししなければならない。
叔母様には、わたくしの散歩の許可は取ってあるのだ。
リュシアン様は、午後にクチュリエールにいらっしゃった。
相変わらず、天使のような笑顔で挨拶される。
「外は晴れて、涼しい風も吹いている絶好の散歩日和ですよ
私は、今日をとても楽しみにしていたのです」
リュシアン様は、秘密の賦与を付けたスカーフを手に入れるのが、とても待ち遠しかったらしい。
わたくしは、スカーフを入れた箱を持った叔母様の小間使いと一緒に外に出る。
リュシアン様も従僕を連れている。
この街では、叔母様のクチュリエールから歩いてすぐの場所に、貴族街に接して大きな公園がある。
わたくしはリュシアン様にエスコートされて、その公園に向かう。
公園には門があり、門番もいるので、不審者は入れない。
公園の更に奥、王宮に近い場所には、近衛連隊のための広場や兵舎などもあるのだ。
ここは広い公園なので、人が何人も散歩をしていても混んでいる感じはない。
歩いているのは、場所柄から言っても、お供を連れた貴族か、富裕な商人の家族がほとんどだ。
リュシアン様と腕を組んで歩くのは、とても緊張する。
すれ違う人は必ずリュシアン様に注目するし、ちょっと顔を傾げて軽い挨拶をする人もいる。
これだけの美貌なので当たり前かも知れないが、本当にリュシアン様は有名人だ。
「私は普通の人より、少し歩くのが早いようなのですが、男爵令嬢には早すぎませんか?」
リュシアン様は、歩く速度まで気遣かってくれる。
「遅い!」と苛立ったり、「泣いている暇があったら走れ」と叱る誰かさんとは全く違う。
まぁそれは、子供の頃の話だけれど。
公園には道筋にベンチが置いてあり、歩き疲れた時は座れるし、景色の良い何カ所かには屋根の付いた東屋があって休憩できる。
「だいぶ歩いてきたので、そこに見えるガゼボで、少し休みましょう」
リュシアン様は、小さな池の辺にあるガゼボに向かう。
ご自分の従僕と、叔母様の小間使いに、少し離れたベンチで待つように言う。
貴族の未婚者が、密室で二人だけで会うのはルール違反だけれど、ガゼボは柱と屋根だけで外からまる見えなので、問題は無い。
とにかく、リュシアン様は秘密の賦与を掛けたスカーフを、できるだけ内緒で受け取りたいのだろう。
わたくしは、小間使いから箱を受けとった。
カゼボに二人で入ってから、わたくしはリュシアン様に箱を差し出す。
「こちらでございます。
金糸でお名前に賦与をお掛け致しました」
リュシアン様は箱を受けとると、早速開けて中を改める。
「これは、とても手触りの良いスカーフですね。
名前の刺繍もよく出来ている。
この刺繍に賦与が掛けられているのですか?」
「はい、そうでございます。
残りは纏めて、お屋敷にお届けいたしますわ」
「本当はこうして、男爵令嬢と三日毎に散歩して、直接渡して頂きたいのです。
でも、これから暫くは、王弟殿下が隣国の祝宴にお出掛けになるお供をして行かねばなりません。
私が国に戻ってきてから、残りのスカーフは渡していただきたいのです」
「畏まりました」
リュシアン様が、スカーフを一枚だけ急いで欲しがったのは、出かける前にお好きな方と会って、賦与の付いたスカーフをお渡ししたかったのかもしれない。
リュシアン様がお留守にしている間にも、ご自分を想って貰いたいらしい。
「ちょっとこのスカーフを付けてみたいのですが、結んで頂けますか?」
「はい、失礼致します」
本来は小間使いの仕事だけれど、わたくしは制作者なので、構わないだろう。
「どうでしょう、良く見えますか?」
上着の襟の間から、チラッと金糸の輝きが見える。
今は名前入りのリボンが大流行なのだけれど、スカーフに名前を刺繍するのは未だ流行ってはいない。
それでも、リュシアン様が刺繍入りのスカーフをしていたら、きっと真似する人は沢山出てくるだろう。
叔母様のクチュリエールは、益々お忙しくなるに違いない。
わたくしは、叔母様のにんまり笑顔を想像して、思わず微笑んでしまう。
「とてもお似合いでございます。
賦与の効果もきっと上がる事でしょう」
「それを聞いて、とても心強く思います」
きっとリュシアン様は、隣国に出かける前に想い人に会いに行って、そのスカーフを渡すのだろう。
リュシアン様の移り香の残るスカーフを渡されたその方は、会えない日々にリュシアン様を恋い慕うのだろうか。
きゃあ~、何てロマンチックな恋だろう。
美男美女の許されぬ恋!
小説のような甘い筋書を妄想して、わたくしはうっとりと我を忘れていたようだ。
「......に、私の気持ちが少しは分かって貰えるでしょうか」
リュシアン様のお声が、最後の方だけやっと聞こえた。
「もちろんですわ。誰でもリュシアン様に振り向かないではいられませんもの」
「ありがとう、男爵令嬢。感謝します」
リュシアン様は、賦与を付けたスカーフが本当に嬉しかったらしい。
わたくしの手を取って、お礼に指先にキスまでしたのだ。
いや、リュシアン様、喜ぶのは分かりますが、これは仕事ですから。
おまけに三割増しの特急料金ですから。
リュシアン様の従僕が近づいてきて、遠慮しつつリュシアン様に声をかける。
「候爵閣下、お急ぎになりませんと、時間が過ぎております」
「男爵令嬢、とても残念なのですが、隣国へ行く準備をしなければならないので、連隊に帰らねばなりません。
国に戻ったら、必ずまたお伺い致します」
「まぁ、お忙しい中を、わざわざおいで頂きましたのね。
お戻りになる迄に、残りのスカーフは必ず仕上げて置きますので、ご心配なさいませぬように」
わたくしはその場でお別れしようとすると、リュシアン様はせめて公園の入口までは送ります、と言ってわたくしをエスコートする。
リュシアン様は、何処までも礼儀正しいけれど、こういう行動が自信満々なお嬢様方を勘違いさせてしまうのかもしれないと思う。
公園の入口に向かって歩き出すと直ぐ、向こうから一組の男女が腕を組んで歩いて来る。
それは、マリウス様と連隊長のお嬢様のルイーズ様だった!
わたくし達がガゼボにいて、秘密のスカーフを渡す所を見られてしまったのだろうか。




