リュシアン様の秘密の賦与
わたくしが、リュシアン様の希望される『好きな人に振り向いてもらえる賦与』を不思議に思っていると、リュシアン様は重ねて言う。
「その賦与の内容を、他の人には秘密に出来ますか?」
「勿論、大丈夫でございます。
賦与を掛ける時は、心の中で祈りながら掛けますので、口に出して言う訳ではありません」
やはりリュシアン様は、公表できない秘密の恋人を慕っていらっしゃるのだ。
「私の服は総て、公爵家の専属の仕立て屋に任せているのですが、男爵令嬢が賦与を付けて作れる物はあるでしょうか?」
髪のリボンの他には、何があるだろうか。
わたくしは、リュシアン様の服を上から下までじっくりと眺める。
シャツは上質なリネンで作られているが、こんなにも麻布が真っ白なのはどうしてだろうか。
そういえば、近衛連隊の制服も、特別な加工がしてあるようだった。
シャツの袖口や胸元のレースも、今までわたくしが見たことの無い作りのレースなので、ちょっと触れて確かめてみたい。
男性の袖無し上着に、モアレの生地が使われているのも初めて見たのだ。
「男爵令嬢にまじまじと服を見られるのは、何だか恥ずかしいものですね」
リュシアン様のお顔は、ほんのりと赤くなっている。
「あっ、ごめんなさい、つい、じっと見てしまいました」
わたくしの悪い癖で、余りにも自分の興味にのめり込んで、リュシアン様の胸元のレース飾りに、顔をググッと近寄せてしまっていたようだ。
わたくしは気を取り直す。
「そうですね、賦与を付けるなら、首に巻くスカーフか、脚の靴下留めでしょうか」
「それでは、スカーフを一ダースお願いしましょう。
近衛連隊のスカーフは黒と決まっているのですが、それに名前の刺繍を付けてください」
「はい、では黒のシルクタフタに、金糸でお名前を刺繍致します」
「出来上がりは、何日後くらいになるでしょうか?」
「そうですね......お急ぎになりますか?」
「最初の一枚は急いで貰えますか?」
「それでしたら、三日後には出来上がると思います」
「では、三日後に、私がクチュリエールに取りに行きます」
「いいえ、こちらからお屋敷にお届けいたしますわ」
「いや、三日後に私が伺います。
その時に散歩しながら、最初のスカーフを受け取ることにしたいのです」
リュシアン様は、賦与を掛けたスカーフの事を、誰にも知られたくないのだ。
それ程秘密にしなければならない恋人とは、どんな方なのだろう。
リュシアン様がここまで気を遣うのだから、絶世の美女に違いない。
美しく、高貴な麗人との道ならぬ恋なのだろうか。
他の人なら道徳的に非難されるかもしれないけれど、リュシアン様ならば物語の主人公のようで、許せてしまうのはおかしいだろうか。
それだけリュシアン様の美貌は、世の中の基準から掛け離れているのだ。
改めてリュシアン様を見上げると、リュシアン様は天使のような微笑みを浮かべている。
「お任せください。きっと三日後には、しっかりと賦与を掛けたスカーフをお渡し致します」
わたくしは、リュシアン様と秘密を共有する事がちょっと嬉しい。
秘密を打ち明けてくれるほどには信頼して貰えた、ということだろうから。
わたくしは、またリュシアン様にエスコートされて、叔母様達のいるテラスに戻る。
丁寧にお茶のお礼を申し上げて、公爵家を辞した。
帰りの馬車の中で、叔母様が待ちきれないようにわたくしに尋ねる。
「リュシアン様は、エリザにどんなお話があったのかしら?」
「リュシアン様のスカーフのご注文を頂きました」
「えっ、スカーフ?」
「はい、黒のシルクタフタで、リュシアン様の名前を入れて、一ダースです」
「スカーフのご注文で、エリザを呼び出したの?」
「ええ、そうです。
リュシアン様は、公爵家の専属の仕立て屋に全部の服を任せられているそうで、わたくしが作れそうな物はそれくらいだったのです」
「そう、わたくしは別な事なのかと......」
わたくしは、リュシアン様の特別な賦与の事を叔母様にも黙っていた。
社交界は広いようで狭いので、何処から秘密がばれるか分からない。
リュシアン様が振り向いてもらいたい高貴な美女と言ったら、対象は限られて来るのだから、簡単に推測されてしまうのではないか。
クチュリエールに戻ると、早速叔母様はレオンティーヌ様の型紙を引きはじめる。
レオンティーヌ様のドレスも、特急三割増し料金なのだ。
わたくしは、側で見ているだけだが、さすがに叔母様は仕事が速い。
わたくしも、リュシアン様のスカーフに取り掛かる。
最上級の黒いシルクタフタを、叔母様に出して頂く。
最上級のタフタは、色艶や手触りが全く違う。
生地に触れると、蕩けるように手に纏わって、ヌメヌメと黒い光を放っている。
わたくしは慎重にスカーフのサイズに布を切り分け、細かく周りを縫いかがる。
一ダース分なので、縫いかがりは、お針子達にも手伝ってもらう。
わたくしは、リュシアン様と約束した最初の一枚は、秘密の賦与を付けながら全部自分で作るのだ。




