レオンティーヌ・ド・ラ・ローシュ公爵令嬢
わたくしは、猛然とアフタヌーンドレスを作り始める。
アフタヌーンドレスは、胸を大きく露出しないし、袖も長袖だ。
パニエもあまり広がらない、控えめなものになる。
叔母様は、取り敢えずドレスを二着作りましょうと言ってくれたので、二着分の生地とデザインを選ぶ。
一着は柔らかいクリーム色のシフォンで、もう一着は張りのある水色のサテンで作ることにする。
イブニングドレスと、アフタヌーンドレスでは構造が違うので、また最初の型紙作りから始まる。
叔母様に教えられつつ、自分で型紙を引く。
夢中になってドレスを作っていると、時間も場所も忘れて没頭してしまう。
それが今のわたくしにとっては、大きな救いになっている。
叔母様のクチュリエールに、沢山入っているドレスの注文や仮縫い、納品の時にも叔母様と同行する。
わたくしは、いつまでもグズグズと悩んでいられないくらい忙しいのだ。
今日は早速、リュシアン様のお妹様、レオンティーヌ様のドレスの注文をお聞きしに、ローシュ公爵のお屋敷に伺う。
レオンティーヌ様は、リュシアン様とよく似た金髪に、濁りのない美しいブルーの瞳の、素晴らしく美しい令嬢だ。
「先日、ブレヴィル公爵家の夜会にお伺いした時に、マルグリット様にお会いしたのですけれど、別人かと思うくらいに変わっていらっしゃったのです。
美しいワイン色のドレスを着ていて、しかもそれがとてもお似合いで、マルグリット様も大変お気に召しているようでした」
マルグリット様は、お作りしたドレスを早速着て下さったのだ。
「今までマルグリット様が着ていらしたドレスとは、デザインがだいぶ違って見えたので、何処で作られたのかお聞きしたら、デュボア夫人のクチュリエールを紹介して頂いたのです」
「有り難うございます。マルグリット様のワイン色のドレスは、確かにわたくしのクチュリエールでお作りしたドレスでございます」
「わたくしにも、同じようなドレスを作って頂きたいのです。
夜会服は最近作ったばかりなので、アフタヌーンドレスをお願いします」
わたくしは、レオンティーヌ様の最新型の総レースのドレスを、この前の夜会で見て、感嘆したばかりだ。
あのドレスは、作り上げるまでに少なくても半年はかかっているだろう。
叔母様は早速、レオンティーヌ様の前に鏡を置いて、様々な生地を肩に合わせる。
レオンティーヌ様ぐらいの美女になると、どんな色でも似合ってしまうのが羨ましい。
レオンティーヌ様は瞳と同じ色の綺麗なブルーのシルクタフタと、若草色の生地に黄色や白の小花模様が刺繍されている珍しい生地を選ぶ。
どちらの生地が良いか、少し迷われたレオンティーヌ様は、結局ドレスを二着作ると決めた。
さすがに富裕な公爵令嬢は、ドレスの費用など考えた事もないのだろう。
ドレスのデザインを決め、レオンティーヌ様のサイズをお測りして帰ろうとすると、レオンティーヌ様はお茶を勧めて下さった。
こういう時は、礼儀で勧めてくれているのか、良く判断しなければならない。
「兄が家に戻って来ているのです。
いつもテラスでお茶を飲む時間なので、ご一緒に如何でしょうか?」
「有り難うございます。それではお相伴させて頂きます」
ローシュ公爵家の食堂から庭に出るテラスに、お茶の支度が並べてあって、侍女がお湯の準備をして控えている。
わたくし達は席に着いてお茶を頂きながら、ドレスの賦与について叔母様がレオンティーヌ様に説明をする。
「公爵令嬢様は、何かご希望の賦与がございますでしょうか?」
レオンティーヌ様は既に総ての物をお持ちなのだから、これ以上の賦与の必要は感じないのではなかろうか。
「そうねぇ、『真実の愛』かしら。わたくしの表面だけではなく、内面も見てほしいから」
「そうでございますか。お嬢様はとても美しいだけではなく、教養も豊かで才能も満ちあふれていらっしゃいますからね」
「ただ、外見だけを見て近付いて来られる殿方が多くて、そういう方は会話も詰まらないので、迷惑にしかならないのです。
でも、そういう方に限って、わたくしが迷惑に思っていても、分かっていただけないのですもの」
済みません、それってわたくしの兄が、全部それに当てはまります。
デルフィーヌ様の巨大な胸に血迷って、デルフィーヌ様の周りをウロウロしている兄ですから。
話しているうちに、リュシアン様が庭からテラスに現れる。
わたくしは、リュシアン様の近衛連隊の制服姿しか見たことがなかったが、今日は普段着のようだ。
ただし普段着、と言っても、兄のようなだらし無い普段着姿ではない。
真っ白なシャツの胸元と袖口には、複雑な模様の僧院レースの飾りが付き、袖無しの上着は流行のモアレ柄だ。
膝までのグレーのキュロットは膝下でボタン留めされて、白い長靴下は、レースの付いた靴下留めで留められている。
リュシアン様は、制服の長いブーツではなく、今日は短靴を履いている。
「母の薔薇園が、今とても見事なのです。男爵令嬢、見に行かれませんか?」
わたくしは、叔母様とレオンティーヌ様に中座するお詫びを言って、リュシアン様の腕に手を預ける。
公爵家の庭は、道筋に敷石が敷かれていて、とても歩きやすい。
庭園の一角に造られた薔薇園には、沢山の薔薇が今を盛りと咲き誇っていて、辺りに甘い香りを漂わせている。
「男爵令嬢は、ドレスに『賦与』を掛けられるそうですね」
「はい、ドレスだけでなく、手仕事で作るものであれば、全てに賦与は掛けられます。
金糸や銀糸を使ったり、名前を入れたりすると、特に強い賦与になります」
「先日、ブレヴィル公爵家の夜会に行った時、公爵令嬢の余りの変化にとても驚いたのです。
人をあれだけ変えることのできる『賦与』とは、どのような力かと、不思議に思ったのです。
「『賦与』は、その方が元々持っている特色を強めるだけの、ささやかな力でしかありません。
ですから、公爵令嬢がとても変わったとしても、公爵令嬢が元々変われる力をお持ちだったのです」
「それでは、私にも何か作って頂く事は出来ますか?」
「ええ、もちろんです」
妹様のレオンティーヌ様もそうだけれど、何もかもお持ちのリュシアン様にも、何か叶えたいことがあるのだろうか。
「『好きな人に振り向いて貰いたい』と言う賦与は付けられますか?」
わたくしは、思わず笑ってしまう。
一体どのお嬢様が、リュシアン様に振り向かない、と言うのだろうか。
わたくしが知る限りでは、そんな人はいないから、何処か遠くに住んでいる方か、余りにも身分が違う方なのだろうか。
或は、まさか、恋してはいけない人妻とか!?




