エルトル伯爵家の夜会(その二)
マリウス様は、別の事を考えているようにぼんやりとして、わたくしの言葉を聞いていない。
「マリウス様は、わたくしのことをどう思っていらっしゃるのか、お聞きしているのです」
わたくしは、混乱した頭のままで、マリウス様を問い詰めていた。
マリウス様は、握っていたわたくしの手をパッと放す。
「......もちろん、エリザの事は......大切に思っているよ」
マリウス様は歯切れが悪い。
「妹として?」
「そうだ......いや、そうではない。
いや、とにかく、エリザには幸せになって欲しいのだ」
「おーい、マリウス、そこに居るのか?」
兄だ。ポンコツ兄だ。
居て欲しい時には居ず、居て欲しくない時は必ず現れるという、超絶『間の悪い』兄だ。
「あれ、エリザも一緒か。
どんな内緒話だ?まさか私の悪口か?」
「違う!」
「お兄様、そんな筈は無いでしょう!」
「いや、冗談、冗談だよ。
マリウス、君を紹介して欲しいという令嬢がいるのだ。
ちょっと来てくれないか」
選りに選って、今、そんな用件ですか!
「エリザもこんな所でマリウスと話していないで、広間に戻って、踊ってくれる人を待ったらどうだ。
うかうかしていると、嫁き遅れになるぞ」
「お兄様には、そんな事を言われたくありません」
わたくしはプンプンして言う。
「何だ、心配してやっているのに、おかしな奴だな。
さぁ、妹には構わずに、広間に戻ろう」
兄は有無を言わせず、マリウス様を拉致する。
わたくしも、仕方なしに広間に戻る。
広間に戻った兄とマリウス様の前には、若くて美しい令嬢が立っていて、マリウス様を見て嬉しそうに微笑んでいる。
兄が何かを言って、その令嬢の近くにマリウス様を押しやると、二人は手を取り合って踊りの輪に入って行く。
わたくしは、非常に気分が悪い。
マリウス様が微笑みながら令嬢と話しているのも、令嬢の顔が喜びに光り輝いているのも、二人のダンスがとても上手なのも、全部気に入らない。
あの令嬢のドレスの胸は、開きすぎなのではないだろうか。
ウエストも、きつく締めすぎなのではないだろうか。
わたくしは、あの令嬢がスタイルも良いのを認めたくない。
それからというもの、わたくしは申し込まれたダンスは総て踊り、普段よりもずっと笑って、普段よりもずっと高い声でしゃべった。
そんな調子で踊っていると、わたくしは明るく快活に見えるせいか、ダンスの申し込みが絶えない。
他の人と笑いながら踊っていても、わたくしはマリウス様が気にかかっていたらしい。
広間の中のマリウス様を、無意識に目で追っていた。
マリウス様は、別の令嬢とも踊っていたけれど、もう一度、同じあの令嬢と踊っているのを、わたくしは見てしまう。
わたくしはダンスのお相手の騎士に、さらに優しく話し掛け、騎士の話すつまらない洒落に、さも可笑しそうに笑ったのだ。
そしてわたくしは、マリウス様があの令嬢をエスコートして、隣のサロンに入るのを目にした。
わたくしは、心臓に鋭い痛みを感じる。
マリウス様はユベール様の様に、あの令嬢に求愛するのではないか、と言う疑心暗鬼に襲われる。
わたくしもサロンに行って、何が起きるのか見たいという気持ちと、見たくない、という気持ちに引き裂かれる。
わたくしは、兄やマリウス様が、お互いに相応しい令嬢と結婚して、幸せになって欲しいと思っていたのではなかったのか。
もしあれがマリウス様ではなく兄だったなら、上手く行くかどうかハラハラしながらも、心は痛まないだろう。
「......男爵令嬢......男爵令嬢、どうかしましたか?」
踊っていた騎士が、怪訝そうに顔を覗き込んでいる。
ダンスの曲が終わっていたのに、わたくしは気付かずに黙っていた様だ。
「暑くて、少しぼーっとしてしまいましたわ」
「ずっと踊っていらっしゃいましたからね。
少し休まれたら良いでしょう」
騎士はわたくしをエスコートして、サロンへ歩き出す。
サロンの中では、何組かの人たちが座って談笑していたり、飲み物を飲んだりしているけれど、マリウス様とあの令嬢はいない。
サロンの奥が食堂になっていて、軽食や飲み物が用意されているので、そちらに行っているのかもしれない。
「何か食べるものか、飲み物を貰って来ましょうか?」
コルセットを締めたまま、食べたり飲んだりしたら、吐いてしまいそうだ。
「いいえ、大丈夫です。お気遣いを有り難うございます」
「それでは、わたくしは飲み物を貰って来ますので、ここで座っていて下さい」
わたくしは、長椅子に座って気持ちを落ち着ける。
すると、食堂からマリウス様が、あの令嬢をエスコートしてわたくしの前を通り掛かる。
「エリザ、どうしたの?気分でも悪いの?」
マリウス様も、椅子に座っているわたくしに気がつく。
「いいえ、大丈夫です。少し休んでいるだけです」
「おや、マリウス様、お知り合いでしたか?」
騎士が、食堂から飲み物を手に持って側にやって来た。
「やぁ、テオドル。もう自己紹介は済んでいるかな。
こちらはエリザベト・ド・レトワール男爵令嬢、連隊の騎士のヴィクトルの妹で、私の幼なじみだ」
「そうでしたか。私は、テオドル・クールシル、マリウス様と同じ騎兵連隊に所属しております。
お見知り置き下さい」
テオドル様は、マリウス様と一緒にいた令嬢にもご挨拶する。
マリウス様はわたくし達に、その令嬢を紹介する。
「そしてこちらは、ルイーズ・ボージール子爵令嬢、そう、我等の連隊長のお嬢様だ」
「それは、それは。連隊長にはこんな若いお嬢様がいらしたのですね。
いやぁ、連隊長に似なくて......いや、本当にお美しい」
ルイーズ様はにっこりと笑って、テオドル様にご挨拶される。
わたくしが近くで見ると、輝く金髪にエメラルドのような美しい碧色の瞳を持つ、それは華麗なお嬢様だ。
挨拶を終えると、マリウス様とルイーズ様は広間へと向かった。
「まさか、連隊長にあんな美人のお嬢様がいたとは驚きました。
マリウス様と、良くお似合いだと思いませんか。
マリウス様もあの容姿ですから、他のお嬢様方にも大変人気があるのです。
でも今までは、マリウス様は女性に興味がなさそうでしたが、あのお嬢様には本気になられるでしょう」
わたくしは、震える唇をぐっと噛み締めて、黙って二人の後ろ姿を見つめていた。
何か言ったら最後、溢れ出る涙を止められなくなることは分かっていたからだ。
どうしてマリウス様は、本気でもないのに、わたくしを抱きしめたりしたのだろう。




