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エルトル伯爵家の夜会(その一)

いよいよエルトル伯爵家の夜会の日になった。

本来は、わたくしがデビューするはずだった夜会だ。

わたくしは出来上がったばかりの、薄い紫色のドレスを着る。


エルトル伯爵は父の男爵と古い付き合いなので、家族全員が夜会に招待されている。

兄やマリウス様もやって来るはずだ。


「エリザベト、まぁ、すっかり大人らしくなって、見違えたわ!

何て美しくなったのでしょう」


エルトル伯爵夫人は、わたくしを褒めてくださった。


「本当にね、段々とわたくしの若い頃に似て来ましたのよ」


お母様が答える。

エルトル伯爵夫人は、お母様の若い頃もよく知っている。


「男爵夫人とは、またちょっと違っているようですけれど、エリザベトは薄紫色のドレスが良く似合っていますこと!

まるでリラ(ライラック)の妖精のようだわ」


わたくしは、ドレスを褒められたのがとても嬉しい。

このドレスは、かなりの部分を自分で頑張って作ったのだ。


今日は叔母様とではなく、両親と夜会に来たので、ダンスが始まるまでは両親の陰に隠れるようにして、他の令嬢達のドレスを観察する。


先日のユベール様の告白には驚かされたので、あまり目立たないようにしていたいのだ。

そろそろダンスが始まる頃になって、ようやく兄とマリウス様がやって来た。


「やぁエリザ、久しぶりだな。

なんだ、未だ誰にもダンスを申し込まれていないのか?

マリウス、可哀相なエリザを救ってやったらどうだ?」


相変わらず、兄は口が悪い。


「エリザ、私で良ければ踊ってくれるかな」


マリウス様は、ほんの少しだけ躊躇った様子を見せ、わたくしに手を差し出す。

わたくしは、マリウス様の手を取った。


「新しいドレスが出来たのだね。このドレスも自分で作ったのかな?」


「ええ、そうなんです。このドレスは大部分をわたくしが縫ったのです」


「それは素晴らしい。エリザはドレスを作るのが本当に好きなのだね」


マリウス様はわたくしを褒めてくれる。

踊りながら話しているのだが、ようやくわたくしをちゃんと見て話してくれる。


「領地での休暇は如何でしたの?」


「いつもと変わらないね。エリザはどうしていたの?」


「わたくしは叔母様のクチュリエールで、このドレスを作っていましたの」


「前のドレスも、このドレスも、エリザに良く似合っているよ」


マリウス様はわたくしに微笑む。


「ねぇ、マリウス様、今連隊ではリボンを集めるのが、本当に流行っているのですって?」


「そのようだね。腰のベルトに何本もリボンを結んでいる騎士もいるようだ」


「わたくし、夜会に出て踊る度に、騎士様にリボンをねだられるのですもの。

マリウス様にリボンをお作りした時は、ここまでになるとは思いませんでしたわ」


「それでエリザは、何人の騎士にリボンをあげた?」


「誰にもあげませんわ。リボンが競争の賞品になるのは嫌ですもの」


わたくしはちょっと意地悪な気分になる。

わたくしを抱きしめておいて、何も説明しないマリウス様に、嫌がらせを言いたくなったのだ。


「この前のキュルト子爵家の夜会では、ユベール様にしつこくリボンをねだられたのですよ」


ユベール様に求愛されたと、マリウス様に本当のことは言えなかったので、少し脚色する。


「キュルト子爵?」


マリウス様のお顔が険しくなる。


「エリザ、ちょっと話がある」


マリウス様はダンスも途中で止めてしまう。

そしてわたくしは、マリウス様に手を引かれて、広間の開いていた扉から庭に連れ出される。


エルトル伯爵のお屋敷の、庭木が綺麗に刈り込まれた庭は、所々にランタンが吊され、開かれている窓からの明かりもあって、思ったよりも明るい。

いくつか置いてあるベンチには、夜の風の涼しさを求めて、座って話している人達の姿もあった。


マリウス様は、奥のベンチにわたくしを座らせると、自分はベンチの側に立って、低い声で話し出した。


「エリザが誰を好きになろうと、それはエリザの自由だから、私は何も言わない。

けれども、エリザが不幸になるのは黙っていられないのだ」


「マリウス様、それはどういう意味でしょうか?」


「キュルト子爵だ。

以前、トルビヤック男爵家で夜会があって、ヴィクトルと私で出かけたことを覚えているかい?」


「ええ、覚えています。わたくしの手作りのリボンを、マリウス様にあげた日です」


あの時も、マリウス様はわたくしをハグして、額にキスしたのだ。


「トルビヤック男爵令嬢は、去年デビューしたばかりだったのだけれど、キュルト子爵に熱烈に求愛されて、親に内緒で直ぐに婚約したそうだ」


わたくしの身体が、スーッと冷たくなる。

ユベール様の言葉が(よみがえ)る。


『先日の夜会で、お嬢様を初めて見た途端に、私は恋に落ちてしまったのです。

お嬢様はとても初々しく、清らかでお美しい。

どうか、私の手を取っては頂けないでしょうか?』


ユベール様の、あの誠実そうな言葉の数々は、使い古された偽りの甘言だったのだ。


「そして三ヶ月もしないうちに、キュルト子爵は婚約を解消し、別のデビューしたばかりの令嬢に言い寄ったのだ」


リュシアン様も、ユベール様について言っていたではないか。


『あれは性格の悪い男ではないのですが、軽はずみな所があるのです』と。


「トルビヤック男爵令嬢は、明るく美しい少女だったのだが、この前の夜会で見た時は、すっかり面変わりして笑顔もない陰気な様子だった」


こういう不祥事は、いくら隠していても、いずれ何処からか噂になって広まってしまうのだ。

わたくしは、あまりの衝撃に、マリウス様の手に触れて言う。


「本当の事を言うと、わたくしも子爵様に求愛されたのです」


マリウス様はぎょっとして、わたくしの手を握り、ベンチに座る。


「それでどうしたのだ、エリザ!」


「もちろん、お断りしました。

たった二度会っただけで、求愛されるのはおかしいと思ったのです」


「良かった......」


マリウス様は、わたくしの手を両手で握って、手の甲に口づけをする。

わたくしは、ユベール様の信じられない行動を聞いて、頭の中が混乱して、どうにかなっていたのだろう。


「それで、マリウス様はわたくしの事をどう思っていらっしゃるのでしょうか?」


わたくしは言ってしまったのだ。




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