キュルト子爵家の夜会(二)
サロンの入り口に現れたリュシアン様は、本当に救いの神だった。
わたくしは急いで立ち上がると、ユベール様に小声で言う。
「わたくしは、そのような事は考えられませんわ。失礼いたします」
「待って下さい、男爵令嬢!」
ユベール様は悲痛な声を出す。
わたくしはユベール様に構わずに、早足でサロンの入口に向かう。
「どうかしましたか?
顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」
わたくしは、切羽詰まった顔をしていたのかもしれない。
リュシアン様は、心配そうにわたくしの顔を覗き込む。
「子爵に何か言われましたか?
あれは性格の悪い男ではないのですが、軽はずみな所があるのです」
「いいえ、何でもありません、大丈夫です。
でも早く、叔母様のところに行きたいのです」
「一緒に探しに行きましょう。
私の腕に掴まってください」
わたくしはリュシアン様にエスコートされて、他の令嬢達の視線を浴びながら、広間の片隅で顧客のご婦人と話していた叔母様の元に急ぐ。
「叔母様、少し気分が悪いので、早く帰りたいのですが」
わたくしは叔母様に小声で訴える。
わたくしの顔色を見た叔母様は、話を早く切り上げてくれた。
そして叔母様はわたくしを連れて、馬車でクチュリエールに戻る。
心配そうな顔をしながらも、馬車の中では叔母様は何も言わない。
クチュリエールに戻ると、叔母様の居間でお茶を淹れてもらう。
二人でお茶を飲みながら向き合うと、叔母様が静かにわたくしに尋ねる。
「さて、エリザ、何があったのか教えて頂戴。少しは落ち着いたのでしょう?」
「......ユベール様に......叔母様の事を聞きたいと嘘をつかれて......サロンに二人きりになって......申し込まれたのです......私の手を取ってくださいと......」
「それで、エリザは何て答えたの?」
「そのような事は考えられません、と言いました」
「エリザは、ユベール様を好きになれそうにないのかしら?」
「初めて会ったばかりで、好きとか、嫌いとか、決められないじゃありませんか」
「ユベール様は近衛連隊の騎士で外見も立派だし、子爵様でお家柄も申し分ないけれど、何がダメだったのかしら?」
本当に、何がダメだったのだろう?
「......わたくしのドレス作りが好き、という気持ちを分かってもらえなかったのです」
「身分の高い殿方に、その気持ちを分かってもらうのは難しいかもしれなくてよ」
叔母様も、クチュリエールを始めるに当たって、色々な妨害があったのかもしれない。
それでも、結婚相手が富裕な商人だったから、許してもらっているのだろう。
「それから、初めて会って今日で未だ二回目だというのに、申し込みをするなんて早過ぎますわ」
「いいわ、とにかくパッと見た時にピンと来ない方は、お付き合いしても結局好きになれない事も多いと言うから」
叔母様は、たくさんのお嬢様や奥様方の打ち明け話を聞いているらしい。
「パッと見ただけで、ちゃんと判断できるものでしょうか?」
「そうよ。但し、パッと見て一瞬で恋に落ちて、電撃的に駆け落ちをしてうまくいかなかった、と言う例もあるみたいだけど」
そんな大砲クラスのスキャンダルは絶対に避けたい。
「特に高位の貴族の令嬢は、自分の好き嫌いで結婚相手が決まる訳ではないけれど、出来れば好きな相手と結婚できるのが一番幸せになれる道かしら」
わたくしは、今は大好きなドレスの事を考えている時が一番幸せなのだ。
「エリザもデビューしたのだから、これから夜会やお茶会への招待も増えて行くわよ。
当然今日のように、貴族の方からの求愛も増えるのだから、良く目を見開いて、お相手を観察することね」
わたくしは、叔母様とお話をして、ようやく気持ちが落ち着いた。
初めての求愛だったから、動揺してしまったのだけれど、わたくしの言動は間違っていなかったらしい。
『初めての』求愛?
マリウス様が、わたくしをきつく抱きしめたのは求愛だったのだろうか?
その事については、マリウス様からの説明もお手紙も無い。
兄とマリウス様は休暇が終わって、二人は連隊の宿舎に戻っているはずだ。
わたくしは、叔母様の客間の一室にずっと泊まって、クチュリエールで自分の新しいドレス作りに没頭する。
ドレスを作っていれば、何もかも忘れて熱中できるのだ。
そして騎士様の間でリボンの収集が過熱して、リボンをもらえる令嬢にダンスの申し込みが殺到するそうで、叔母様のクチュリエールにリボンの追加注文が止まらない。
デルフィーヌ様からも、アンリエット様からもダースで注文が有ったようだ。




