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キュルト子爵家の夜会(一)

リュシアン様の夜会で、最初に踊ったユベール様から、夜会の招待状が届いていた。

わたくしのお父様は領地でのお仕事があるので、ガブリエール叔母様が介添人として一緒に出てくださる。


薄紫色のドレスは未だ出来上がっていないので、わたくしはリュシアン様の夜会で着た、薄い藍色のドレスを着て出掛ける。


「良く来てくれましたね、男爵令嬢。

今日の最初のダンスも、私と踊って下さるとお約束下さい」


ユベール様は、挨拶をしたわたくしの手をしっかりと握って、中々放してくれない。


ユベール様のお屋敷も、貴族街の中程にある立派なお屋敷だ。

やはり近衛連隊に所属するには、体格や容姿だけではなく、家柄も大事なようだ。


広間に入って周りを見渡すと、近衛連隊の騎士の方が多く、わたくしがリュシアン様の夜会で見知った顔もちらほら見える。

御婦人方も、叔母様の顧客の方が何人かいらっしゃるようだ。


今日はデルフィーヌ様も、アンリエット様のお姿も見える。

お二人とも胸を目一杯目立たせて、騎士様達に愛嬌を振り撒いている。


令嬢達が一気にざわめいて、広間の入口に注目する。

リュシアン様が入って来られたのだ。


相変わらず美しい微笑みを湛えて、リュシアン様は広間の中を見渡す。

その目がわたくしの上で止まると、リュシアン様はこちらに近付いて来る。


「男爵令嬢、先日は大変失礼を致しました」


「えっ、何でしょうか?」


わたくしには何も心当たりが無い。


「ダンスを申し込もうとしていたのに、中断してしまいました。

カラーギナ様とのお話が終わってから、男爵令嬢をお探ししたのですが、見つけられませんでした。

あの時は、早くお帰りになってしまったのですね」


「叔母様と奥のサロンで、ブレヴィル公爵夫人にお目にかかっておりましたの」


「そうでしたか。気がつかなくて残念でした。

今日こそは、私と最初に踊っていただけますね」


「ちょっと待ってください、リュシアン様、私の方が先約ですよ」


いつの間にか、ユベール様が側に来ていて、リュシアン様を牽制する。


「私は、先日の夜会からの約束なのだが」


リュシアン様は、わたくしに手を差し出す。


「私だってそうですよ。夜会で最初に踊った後で、もう一度踊って頂く約束をしたのですから」


わたくしは、ユベール様とのダンスの約束に、曖昧に頷いてしまったのを思い出す。

それよりも、リュシアン様と話しているわたくしを見る、周りの令嬢達の刺すような視線が怖い。


「確かに先にお約束したのはユベール様でしたから、最初のダンスはユベール様にお願いいたします」


ユベール様は得意満面でわたくしの手を取って、ダンスの輪に入る。


「男爵令嬢、私を選んでいただいて、本当に嬉しく思いますよ。

今までリュシアン様と競って、勝ったことが無かったのです。

他の令嬢は、迷うことなくダンスの相手にリュシアン様を選ぶのですから」


ユベール様は、一体何を競って、何を勝ち負けにしているのだろうか。


「リュシアン様のベルトに結ばれているリボンをご覧なさい。

あれは令嬢達からの贈り物のリボンを、これ見よがしにベルトに付けているのですよ」


確かにリュシアン様のベルトは、色とりどりのリボンが結ばれて、はためいている。

わたくしが流行らせてしまったようなリボンが、こんな勝ち負けの象徴になっているなんて知らなかった。


「私にも是非、お嬢様の手首に結ばれているリボンを頂きたいのです」


「あら、ごめんなさい。これは叔母様のクチュリエールの作品でもあるので、誰にも差し上げられないのです」


わたくしは、嘘をついた。

このリボンはわたくしが作ったものだから、誰かにあげても叔母様からとやかく言われたりはしない。


また自分で作ろうと思えば、直ぐできるリボンなのだけれど、貰った数を競う賞品になるのは嫌なのだ。


「男爵令嬢は、デュボア夫人に働かされていらっしゃるのですか?」


ユベール様は同情を込めた目で、気の毒そうに言う。


「いいえ、そうではありません。わたくしはドレス作りが好きなのです」


「ドレスを着て楽しむのではなく、お針子の様にご自分で作られるのが、ですか?」


わたくしの気持ちは、ユベール様には分かって頂けないようだ。


ユベール様と一曲踊り終わると、前回の夜会でも踊ったことのある騎士に、ダンスを申し込まれる。

婚約者などの決まった人がいない場合は、ダンスを申し込まれたら承諾するのがマナーだ。


リュシアン様を見ると、何人かの令嬢に取り囲まれて、それぞれの贈り物のリボンを貰っているところだった。


「先日の夜会でお見かけして以来、美しい方だと憧れていたのです。

私にリボンを頂けませんか?」


別の騎士様と踊ると、又しても、リボンが欲しいと言われる。

近衛連隊内で、どれだけリボン収集熱が高まっているのだろう。


わたくしの返事は、ユベール様にしたのと同じだった。

そう答えると、騎士様は明らかに興味を失った顔をして、会話も弾まない。


その騎士と踊り終わると、場所を予測して先回りしていたのか、またユベール様がわたくしの側にいる。


「男爵令嬢、ちょっと叔母様についてお聞きしたいのです。

少しの間、こちらに来ていただけますか?」


「はい、どんなことでしょうか?」


ユベール様はわたくしをエスコートして、広間の隣のサロンに案内する。

ローシュ公爵のお屋敷のように、こちらにも椅子や長椅子が置かれて、休憩室になっている。


今はサロンには誰もいない。

ユベール様はわたくしを長椅子に腰掛けさせると、わたくしの前に片膝をつく。


「男爵令嬢、お許しください。

お嬢様と二人だけで話したいために、偽りを言いました。

全てはお嬢様を想うが故なのです」


わたくしは頭の中が真っ白になる。

わたくしはつい先日にデビューしたばかりで、夜会に出席するのもまだ二回目なのだ。


それなのに、これは何だろう?

まさかのプロポーズ?


「先日の夜会で、お嬢様を初めて見た途端に、私は恋に落ちてしまったのです。

お嬢様はとても初々しく、清らかでお美しい。

どうか、私の手を取っては頂けないでしょうか?」


「......余りにも思いがけなくて......わたくしはキュルト子爵様の事を、何も知りませんもの」


「ユベールと呼んでください、(いと)しい方、わたくしもお嬢様をお名前で呼んで宜しいでしょうか?」


違う、これは違う。

絶対におかしい、何かが間違っている、とわたくしの頭の中で誰かが叫ぶ。


ユベール様は立ち上がって、わたくしに手を差し出した。


「あぁ、ここにいたのですね、男爵令嬢。

今度こそ、私と踊っていただかなければ」


リュシアン様がサロンの入口に立っていた。




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