マルグリット様のドレスをお作りします
叔母様は、ローシュ公爵の夜会でだいぶ新規顧客の開拓が進んだようで、いよいよお忙しい。
お針子をさらに雇ったので、広い仕事部屋が手狭に感じられるほどだ。
わたくしは叔母様の家に泊まって、お忙しい叔母様のお手伝いをし、また新しい自分のドレスも作っている。
今度のドレスは薄紫色の生地で、黒いリボンをポイントに沢山使ったデザインだ。
前のドレス作りで、わたくしの麻布の型紙が出来ているので、今回のデザインの変更部分だけを修正して、直ぐドレスが作り始められる。
叔母様は前のドレスの時よりも、わたくしにドレス作りの工程を任せてくれる。
わたくしのデビューの夜会が終わったので、お父様とお母様は一度領地に帰った。
来月のエルトル伯爵の夜会までには戻って来るので、わたくしはその間叔母様の家に泊めて頂いているのだ。
兄とマリウス様は連隊の休暇なので、いつものように両親と一緒に領地に向かった。
マリウス様は、領地に出かける際には、もう元の態度に戻っていて、素っ気なくわたくしに挨拶をした。
わたくしをきつく抱きしめた事など無かったように。
わたくしは雑念を払って、ドレス作りに没頭する。
「エリザ、今日はブレヴィル公爵家にお伺いする日だから、エリザも一緒に行きましょう」
叔母様とわたくしは、いつもよりもきちんとしたドレスを着て、公爵家に馬車で向かう。
ブレヴィル公爵家は、王宮に近い場所にある大きなお屋敷だ。
マルグリット様のお祖母様にまずお目にかかって、敬意を込めてご挨拶をしてから、お針子の助手達と一緒に公爵令嬢の居間に入る。
「お嬢様は、どのようなドレスをお望みでしょうか?」
叔母様が最初にドレスの色やデザインのご要望をお聞きする。
「この前の夜会で男爵令嬢が着ていたような、スッキリとして新しい形のドレスが良いのですけれど」
「お色のお好みはございますでしょうか?」
「特には無いのですけれど、ゴテゴテとした色や形は嫌なのです」
叔母様は公爵令嬢のマルグリット様の前に鏡を置くと、持ち込んできた布地を一枚ずつマルグリット様の肩に、載せてゆく。
「マルグリット様の髪や瞳のお色を考えますと、こうした深いワイン色がお似合いになるかと存じます」
マルグリット様の髪は赤みの入った茶色で、瞳は灰色だ。
この前の夜会で着ていたドレスは、様々な模様と色が織り出されていた金襴地だったから、古いデザインとも重なってどうにも野暮ったく見えてしまっていたのだ。
「今まで、髪や目の色に合わせてドレスを作ったことなど有りませんでしたわ」
マルグリット様は、どんどん前のめりになって鏡の中を覗く。
叔母様は最新のドレスのデザインブックもお見せしながら、デザインを詰めていく。
「このドレスは早く着てみたいわ。なるべく早く作って頂けないかしら」
「畏まりました。できる限り早くお納めできるように努力いたします」
これで、特急料金も加算される。
「恐れ入りますが、お嬢様のサイズをお測り致しますので、コルセット姿になっていただけますでしょうか」
叔母様の助手や、マルグリット様の小間使いがドレスを脱がせて準備を行う。
「この形のコルセットをお使いなのですね。今は新しい形が好まれておりまして、以前の物よりも軽くなっておりますし、胸への圧迫も少なくなっているのでございます」
マルグリット様はドレスだけではなく、コルセットまで旧式のものを使っていたのだ。
きっとお祖母様の指示で、旧式のままだったのに違いない。
こんな固いコルセットを使って、ゴワゴワするドレスで踊っていたら、ダンスが楽しくないのはよくわかる。
「コルセットも新しいものを準備して参りました。
こちらとお取り替えいたしても宜しいでしょうか?
新しいドレスには、こちらのコルセットでなければ、綺麗なラインが出ないかと存じます」
叔母様はどこまでも用意周到だった。
道理で今回は、荷物がやけに多いと思ったのだ。
新しいコルセットに付け替えると、痩せて棒のように見えていたマルグリット様は、実は胸が意外に豊かで、小さい胸パットを入れればかなり深い胸の谷間を作ることが出来そうだった。
「こんなに胸を開けたら、お祖母様はどう仰るでしょう。
きっとお気に召さないでしょうね」
マルグリット様はそう言うけれど、残念そうな口調を叔母様は聞き逃さない。
「それでは胸開きにオーガンジーを当てるか、レースをスカーフのように巻くのは如何でしょうか。
どちらも後で取り除くことも出来ますので」
「そうね、そうしましょう」
マルグリット様は明るく言う。
気持ちまで明るくなったようで、最初の陰欝な印象が消えうせている。
頬の色まで赤みが差して、美しいと言っても良い表情に変わってしまった。
叔母様は助手に指示して、手早くマルグリット様のサイズをお測りする。
最後に賦与を何にするか、マルグリット様にお聞きする。
「そう言う賦与を、わたくしのドレスに付けられるのですね!
何が良いかしら?......自由?......いいえ、それではお祖母様に危険思想と言われてしまいそうですわ」
「お嬢様、それでは『快活』では如何でしょうか?」
わたくしは助け舟を出す。
「そうね、それが良いわ。お祖母様もそれには反対なさらないと思いますから」
マルグリット様は初めてニッコリと笑った。
そして次回の麻布の仮縫いの日時を約束して、叔母様とわたくしは公爵家を後にした。