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マルグリット・ド・ブレヴィル公爵令嬢

わたくしは、急いで叔母様を探して(わけ)を話し、二人で大広間の隣のサロンに急ぐ。


サロンには何脚もの肘掛け椅子や長椅子が置かれて、休憩やちょっとした話し合いなどもできるようになっている。

奥の肘掛け椅子に、気難しそうな老婦人が座り、その傍に公爵令嬢が立っていた。


叔母様はその老婦人の前に進み出ると、丁寧なお辞儀をする。

わたくしも、叔母様の横で同じようにお辞儀をする。


「ガブリエール・デュボアでございます。

商業街にあるデュボア商会の二階で、クチュリエールをしております。

こちらは姪の、エリザベト・ド・レトワール男爵令嬢でございます」


「わたくしの孫娘が、男爵令嬢のようなドレスを着たいと言うので呼んだのですよ。

マルグリット、お前は本当にこんなドレスが着たいのだね」


「はい、お祖母様、そうでございます」


ブレヴィル老公爵夫人は、とても古めかしいデザインのドレスを着ている。

固い金襴の生地にモールを施し、襟のあるドレスは、素材は素晴らしいけれど、すっかり流行遅れだ。

老婦人ならばそれでも良いけれど、若い令嬢が同じような流行遅れのドレスを着るのはお気の毒過ぎる。


「わたくしの若い時代には、そのように恥ずかしげもなく胸を出すような下品なドレスは、誰も着なかったものですけれどねぇ」


「奥様、これが流行なのでございます」


「全くねぇ、大変な時代になったものです。

誰も彼も慎みを投げ捨てて、殿方に媚びるのですから、本当に世も末だと思いますよ」


「奥様のお若い頃は、それは清らかな時代だったのでございましょうね」


「勿論、そうでしたよ。

親に決められた結婚相手以外とは、ダンスも踊りませんでしたものね」


それから延々と公爵夫人の昔話が続く。

公爵令嬢は何度も聞いた話らしく、感情の見えない目をして何も口を挟まずに、我慢強く傍に立っている。


公爵夫人は長い話を終えて漸く気が済んだのか、今度叔母様がお屋敷に伺って、公爵令嬢の新しいドレスを作る取り決めをした。



「あぁ、流石に疲れたわ、そろそろ帰ろうかしら。

エリザはまだ踊っていたい?」


叔母様は、公爵夫人の昔話に付き合って、神経を擦り減らしたようだ。

わたくしもリュシアン様に見つかって、ダンスを申し込まれたりしたら厄介なので、早めに帰ることにする。


叔母様の馬車に乗って、家の前で馬車から下ろしてもらう。

玄関を入るまで見送ってくれて、叔母様も家に帰られた。


居間には、お母様とお父様とマリウス様がいて、わたくしを迎えてくれる。


「お帰りなさい、エリザ、公爵様の夜会はどうだったの?」


お母様が真っ先に尋ねる。


「それは素晴らしい夜会でしたわ。

お嬢様達のドレスの素敵な事!

中でもレオンティーヌ様のドレスは、最新流行の総レースでしたの!」


「エリザには、またドレスを作ってあげなければならないね」


お父様が嬉しいことを言って下さった。


「そうそう、ダンスを申し込まれた方に、今度夜会の招待状を送ってよいか聞かれましたわ」


「まぁ、エリザに好意を持って頂いたのかしら?

何という方?」


「確か、ユベール様とか、言われたと思いますわ」


「ユベール様というと、キュルト子爵かな?」


マリウス様が少し心配そうに言う。

知っている方なのだろうか。


「ええ、そんな名前だったと思います。

マリウス様はどんな方だかご存知でしょうか?」


「いや、ちょっと噂を聞いたことがあっただけだ」


「エリザは、沢山ダンスを踊ったのかしら?」


「ええ、近衛連隊の騎士の方三人と踊りました」


「まぁ、素敵!リュシアン様とも?」


「いいえ、お母様、リュシアン様はブレヴィル公爵令嬢とか、沢山の令嬢と踊られていましたから」


「それは残念ね。でも初めてのデビューを楽しめたようで良かったわ」


「これからは、エリザも夜会の招待が増えそうだね」


遅い時間までわたくしが帰るのを待っていた両親は、二階の寝室に引き上げて行く。

侍女のロザリは、お母様の休む支度をしてからわたくしの部屋に来るので、もう少し時間がかかる。


わたくしは居間の椅子に座って、夜会で見た素晴らしいドレスの数々を思い出す。

とりわけレオンティーヌ様の総レースのドレスを思い出すと、つい、ため息が出てしまう。


「ため息が出るくらい、よほど楽しい夜会だったようだね」


マリウス様は少し皮肉っぽく言う。


「ええ、本当に素晴らしい夜会でしたわ。

美しい物も沢山見られました」


「ダンスも何度も踊ったんだね」


「ええ、近衛連隊の騎士様達は、ダンスがとてもお上手なのですね」


わたくしは、本当はダンスを踊らないで、ドレスをじっくり観察したかったのだけれど。


マリウス様は、座っていた椅子から立ち上がると、ふざけた様子でわたくしに馬鹿丁寧なお辞儀をして手を差し出す。


「お嬢様、私と踊って頂けますでしょうか?」


わたくしもふざけて、大袈裟な調子で応える。


「騎士様、喜んでお相手致します」


マリウス様はわたくしの手を引くと、狭い居間を踊りながら抜けて、玄関ホールに出る。

相変わらず、マリウス様はダンスがお上手だ。


踊りながら玄関ホールを一回りして、階段の前まで来ると、踊るのを止めてお互いに芝居がかったお辞儀をする。

素晴らしかった今日一日を締めくくる、マリウス様との楽しいダンスで、わたくしはすっかり上気してしまう。


火照った頬を手であおぎ、笑いながらマリウス様を見ると、マリウス様は笑っていなかった。


「エリザ、君はなんて......」


次の瞬間、わたくしはマリウス様にきつく抱きしめられていた。

優しいハグではなく、ギュッと力を込めて。


お母様の寝室の扉が開いて、ロザリの重い足音が聞こえる。

マリウス様はわたくしをパッと放して、階段を二階に駆け上がって行く。


わたくしは一人、玄関ホールに取り残された。


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