ドレス作りは至福の時間です
叔母様と馬車でクチュリエールに帰って来たら、本当に思いがけなく、ローシュ公爵家から夜会への招待状が届いていた。
しかも、ガブリエール叔母様とわたくしとの連名の招待状だった。
「まぁ、ローシュ公爵家からの招待状ですって!素晴らしいわ!
この前リュシアン様のボタンを付け直して差し上げただけなのに、夜会にご招待下さるなんて」
叔母様は浮き浮きとして話す。
「エリザとの連名の招待状は、わたくしが両親に代わって、エリザの介添人として夜会に出るように、と言うことね」
叔母様が言うには、貴族の若い令嬢は一人では夜会に出席できないので、叔母様が介添人となって夜会に出て下さい、と言う趣旨だそうだ。
勿論、叔母様は招待をお断りする気はさらさら無い。
公爵家の夜会だったら、招待される方々は上流の方に限られるのだから、少しでもそう言う場で上流貴族の方に見覚えて貰うことは、叔母様のクチュリエールにとっても、デュボア商会にとっても利益しかないのだ。
夜会は、一ヶ月ほど後の日時だった。
大変だ!
わたくしのデビューのドレスを、それまでに作り上げなければならない。
他の国では、若い令嬢のデビューの舞踏会が決まっている所もあるそうだけれど、この国では十七歳になった令嬢は、自分が行ける一番位の高い方に招待された夜会でデビューする。
だからわたくしも、お父様の古い付き合いのあるエルトル伯爵の夜会で、デビューするはずだったのだ。
エルトル伯爵の夜会は二ケ月先だけれど、リュシアン様の夜会でデビューするならば、あと一ヶ月の内にドレスを作ってしまわなければならない。
去年まで、慎ましさを旨とする修道院にいたわたくしには、公爵家の夜会に着て行けるような、格式が高く新しいドレスは、一枚も無いのだ。
叔母様は、自分のドレスも沢山作っているし、格式の高いドレスもあるので心配ないそうだ。
叔母様は直ぐに行動を開始する。
わたくしのドレスはお針子が型紙を麻布に写し終わっていて、縫い合わせを始めたところだった。
叔母様は他のお針子にも手伝わせて、麻布の型紙の仮縫いを急がせる。
麻布の型紙の縫い合わせが終わると、わたくしは、叔母様の居間の奥の着替え室で、コルセットやパニエを着けて仮縫いをする。
「仮縫いは、その方の身体にピッタリ合わせるだけでは駄目なのよ。
身体に合わせつつ、更に美しくなるように補正して行かなければならないの」
叔母様は、わたくしのドレスに仮縫いのピンを打ちながら、作り方のコツを教えてくれる。
「勿論、デザインの決まりはあるから、その範囲だけで考えなければならないけれど、もっと似合うディテールがあると思ったときは、それを試すことを躊躇ってはいけないわ」
そう話して、叔母様はわたくしのドレスに小さな変更を加える。
たった少しラインを変えるだけで、わたくしのドレスがよりスッキリと見える。
「こういう点は言葉で話しても中々分かりにくいから、何度もドレスを作って経験を積むしかないわね」
未だ麻布の型紙を縫い合わせただけなので、ドレスの色や状態はよくわからないけれど、形になって行くのがとても嬉しい。
叔母様が納得できるまで型紙を補正すると、いよいよ本当の生地でドレス作りが始まる。
わたくしは、ドレスの胸布とスカートに使う刺繍を、大至急完成させなければならない。
リボンの刺繍や賦与の仕事もあるので、目が回るほど忙しい。
遂には夜まで仕事が長引いて、叔母様の家に泊まるようにもなった。
お母様は、公爵家からの招待状が来たと知らされた時は、信じられないくらい喜んだのだけれど、自分が介添えとして行けないと知って、すっかり拗ねてしまった。
でも、ドレスを間に合わせるために叔母様のお屋敷に泊まり込むことは、渋々ながら認めてくれたのだ。
お父様がお母様を説得して下さったようだ。
準備が整い、いよいよ作業台に高価なシルクの布地が広げられる。
縫い合わせられていた麻布の型紙は、全部躾糸を解かれて、シルクの生地に一枚ずつピンで留めつけられる。
生地に無駄がないように、何よりドレスに歪みが出ないように、布目を通して型紙が置かれる。
全ての必要な型紙を置いて、裏表の間違いが無いか慎重に調べられてから、裁断が始まる。
一定の幅で縫い代を取り、要所に縫い印を入れる。
そして縫い印をピンで合わせ、躾糸で縫い合わせていく。
ドレスの表側が出来ると、裏地も同じようにして裁断して縫い合わせる。
表地と裏地を合わせてドレスが出来上がると、いよいよ本仮縫いだ。
麻布の型紙と絹地ではドレープの出方も違うし、フリルの量も違って見えるので、これからが仮縫いの本番だ。
叔母様も気合いが入る。
わたくしはパニエとコルセットの紐を締め上げてもらう。
とは言っても、わたくしは胸パットは入れないし、締め上げも少し緩めにお願いしている。
パニエにスカートが被せられる。
濃い藍色にオーガンジーの刺繍が映える。
更に前の部分が割れている、薄い藍色のオーバースカートを重ねる。
このオーバースカートには濃い藍色の細いリボンが模様のように散らされている。
そして肘までの袖が付いた上着を着る。
上着の袖にはフリルとレースがたっぷりと付いたカフスを付ける。
そして刺繍したオーガンジーを重ね、ポイントに藍色のリボンを付けた胸布を上着に留めつければ、ドレスが完成する。
上着の首周りからウエストへ、そしてオーバースカートの開いた端まで繋がるように、フリルとレースが付けられて、清楚な藍色のドレスに華やぎをもたらしている。
鏡を見るまでもなく、今まで着た中で一番のドレスだ。
叔母様は少し離れてわたくしを観察すると、頭をわずかに傾げてフリルの量を調節する。
「そうね、これで良いんじゃないかしら。
胸元が少し寂しい感じだから、共布のリボンとレースで作るチョーカーを首に巻きましょうか」
今はゴテゴテとした宝石の首飾りよりも、軽やかなレースやリボンのチョーカーが流行って来ているのだ。
本仮縫いが終わると、手直しした所は解いて、縫い直しする。
変更のない所は、躾糸で縫ったわずかに内側を、絹糸で細かく本縫いする。
本縫いが出来た後で、躾糸を丁寧に引き抜いて外すのだ。
わたくしは、お針子に混じって自分のドレスを縫い上げる、至福の時間を楽しんでいる。
自分で自分のドレスには賦与を付けられないので、叔母様が胸布の装飾に賦与を入れてくれる。
『美しいものが見られる』賦与だ。
わたくしは、公爵家の夜会で、どんな美しいドレスが見られるかと、楽しみで仕方がない。