子爵令嬢デルフィーヌ様のドレスが出来上がりました
それから何日も、わたくしはリボンの刺繍に明け暮れた。
叔母様は刺繍の出来るお針子を新しく雇い入れ、前にも増してお忙しそうだ。
慌ただしい中でも、デルフィーヌ様のドレスが何度かの手直しを経て出来上がる。
今日はドレスの納品に、わたくしも叔母様と一緒に出かけるのだ。
デルフィーヌ様のお屋敷は、貴族街の中程で、大通りから一本内に入った所にある。
昔からの古いお屋敷だが、建物の外側も内部も手入れが行き届いている。
「ようやく出来上がったのね!楽しみにしていたのよ」
デルフィーヌ様は、相変わらず甘ったるい香水の匂いをプンプンとさせている。
体臭と入り混じって微妙な匂いだ。
デルフィーヌ様のコルセットを締める時は、独特のコツが要る。
椅子の背に掴まってもらってから、コルセットを下から締める。
そして、背中や脇腹のお肉を胸に集め、特大の胸パッドを入れながら胸が盛り上がるようにコルセットを締め付ける。
ドレスを着付けたら、胸回りに手を入れて、更に乳房を引き出すようにすると、まるで大きなメロンのような丸い胸が出来上がる。
胸の谷間にできる影も、更に胸が大きく見える効果を発揮する。
この胸がデルフィーヌ様の一番の自慢で、ドレスの賦与も『豊満な胸』だ。
わたくしは、余りにも胸の露出が激し過ぎて、何かあったらポロリ、とこぼれ落ちる心配をしてしまうのだけれど、殿方の視線が自分に(豊満な胸に?)集まるのが嬉しいらしいデルフィーヌ様は、どんどん露出を強くしたがるのだ。
ドレスも胸の周りに沢山フリルを入れて、とにかく胸が目立つデザインになっている。
ドレスと共布の、刺繍を入れた髪のリボンもお渡しする。
「このリボンは、近衛連隊のリュシアン様に差し上げるの。
わたくしは、リュシアン様のお妹様のレオンティーヌ様と修道院の頃からお近付きになっていて、今度の公爵家の夜会にご招待されたのよ」
「まぁ、さようでございましたか。
さぞかし盛大な夜会でございますでしょうね」
叔母様はそつなくお答えする。
「わたくしのような、選りすぐりの貴族だけが招かれるのですもの。
レオンティーヌ様は別格ですけれど、お招きされるお嬢様方もとても素晴らしい方ばかりですわ」
「皆様のご衣装も、絢爛豪華でございましょうね」
わたくしはつい、口を出してしまう。
「それは当たり前よ。新しいドレスを作れないような方が招かれる筈も無いじゃありませんか」
それにしても、何故兄はこんなデルフィーヌ様に恋しているのだろうか。
きっとこの(半ば作り物の)巨大な胸を一目見て、直ぐに撃沈したに違いない。
こんな事を言って良いのか分からないけれど、兄の女性の趣味が悪すぎる。
しかも、全く相手にされない片想いと言うのも残念過ぎる。
「そういえば、貴女のお父様はレトワール男爵ですってね。
男爵令嬢ともあろう貴女が、何故こうして働いていらっしゃるのかしら?」
「男爵令嬢は、手芸が大層お好きで、賦与も掛けられるものですから、働いているのではなく、わたくしをお手伝い頂いているのでございます」
叔母様がフォローしてくれる。
貴族の女性が働く事は、よほど財政的に困っていると思われて、評判良く思われないのだ。
「この前、わたくしの馬車の前で転んで、脚を捻挫したのは貴女のお兄様だったでしょうか?」
「はい、そうです。
デルフィーヌ様が、お医者様を呼んで下さったと兄に聞きました。
ご迷惑をお掛けして、申し訳ありませんでした」
「それは良いのよ。
それよりも、いつもお兄様と一緒にいらっしゃる、黒髪で背の高い騎士様はどなた?」
「マリウス様は兄の乳母子なのですが、お母様の遺産で騎士の身分になられました。外国の貴族様の血を引いておられます」
わたくしは言わなくても良い、余計な事まで言ってしまった。
マリウス様が、身分の低い庶子と侮られるのがどうしても嫌だったのだ。
「ふ~ん、素敵な方だと思ったけれど、そんな訳ありの方なら駄目ね」
わたくしは怒りで身体が熱くなる。
デルフィーヌ様は何を知って、マリウス様を駄目だなんて言い切れるのだろう。
わたくしがカッとなってデルフィーヌ様に反論しようとした時、叔母様がわたくしを抑えて言う。
「本当に近衛連隊のリュシアン様は素晴らしいお方ですね。
遠くから見てもご美貌は明らかですから、近くでお話されたら、どんなにか心が踊るお気持ちになるでしょうね」
「そうなの!背が高くて、美しい金髪で、吸い込まれるような青い瞳を持っていらして!
おまけにお父様は公爵様でいらっしゃるでしょう!」
「本当に天使のような方という評判は、嘘ではございませんね」
「あの方に想われたら、どんなに幸せでしょうね。
わたくしにも少しは望みがあると思うのですけれど」
デルフィーヌ様は大きな胸をぶるん、と突き出すようにして言う。
デルフィーヌ様に望みなんか有るもんか、と思いつつ、わたくしは叔母様に促されてデルフィーヌ様のお屋敷を後にする。
「エリザの気持ちは分かるけれど、お客様に苛立っても、それを顔に出してはいけません。
これはドレス作りだけじゃなくて、社交の場でも言えることですよ」
帰りの馬車の中で、わたくしは叔母様に注意されたけれど、マリウス様に失礼なことを言うデルフィーヌ様には、本当に腹が立って我慢できなかったのだ。