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ガブリエール叔母様のドレス店

近世のヨーロッパのような舞台ですが、魔法も使える世界なので、『のような』でお楽しみ下さい。


ちょっと雰囲気は異なりますが、『世が世ならあたしだって傾国のかぐや姫になれるんです』という平安時代っぽい物語も書きましたので、もし気になったら、そちらも読んで頂ければ涙が流れるほど嬉しいです。(はい、宣伝です)

「エリザ!エリザァーッ!」


せっかちなガブリエール叔母様がわたくしを呼んでいる。


「はい、只今、ただいま参ります!」


わたくしは熱中していた刺繍の布を置いて、慌てて叔母様の元に駆けつける。

とは言え、良家の令嬢としては走るわけには行かないので、急ぎ足、という事だ。


「エリザ、何度呼ばせるの!また刺繍に夢中になって、わたくしの呼ぶ声が聞こえなかったとでも言い訳するのでしょうね」


「はい、その通りです、叔母様」


叔母様は頭を振って溜め息をつく。


「しょうがない()ねぇ。エリザはこの家が火事になっても、気付かずに刺繍をしているんじゃないかしら」


わたくしが叔母様に呼ばれても気付かないのはいつもの事なので、叔母様も諦め顔だ。

わたくしは物心付いた頃から裁縫や刺繍が大好きで、自作の布人形を作り、それにドレスを作って着せていつも持ち歩いていたのだ。

だからこうして叔母様のクチュリエール(オーダーメイドのドレス店)で、貴族や富裕な商家の女性のドレスを作る手伝いをしているのは天職と言って良い。


「今、ヴァルノ男爵家からお使いが来て、アンリエット様のドレスの件で至急のお呼び出しがあったの、

エリザも一緒に来て頂戴」


「アンリエット様でございますか......」


「そう、またなの。頭が痛いわ。でもこちらでお作りしたドレスだから、最後まで責任を持たなければね」


わたくしは叔母様と、お針子の助手二名と一緒に馬車に乗ってヴァルノ男爵家に急ぐ。

ヴァルノ男爵家は元々は平民の商家だったのだが、手掛けた事業が大成功し王家に多大なる寄付を捧げた事で爵位を頂いたのだ。


ヴァルノ男爵家は広い大通りに新しい屋敷を構えてはいるが、成金趣味でいささか下品な造りと、昔からの貴族には陰口を叩かれている。

わたくしの父も男爵なのだが、こちらは家系の歴史は古いけれど、貴族趣味の領主ばかりが続いて、父祖からの領地を切り売りする貧乏な男爵家だ。


ガブリエール叔母様は、裕福な商家に嫁がれて働く必要は全く無いけれど、わたくしと同じで裁縫が趣味なので、採算を度外視して贅沢なドレスばかり作っている。


叔母様は綺麗な布を見ると買わずにはいられなくて、どんどん溜まっていく布の活用方法としてドレスを作っているのじゃないか、と思わずにはいられない。


わたくしも美麗な生地を愛好する同じ病にかかっているので、叔母様の気持ちはよくわかる。

わたくしの実家は贅沢な布を必要以上に買い込める財政状況ではないので、叔母様のドレス店で働けるのはわたくしとしても願ったり叶ったりなのだ。


ヴァルノ男爵家に着くと、直ぐにアンリエットお嬢様の部屋に通される。

ゴテゴテと過剰なくらいに飾り付けられた部屋の中で、不機嫌な膨れ顔をしたアンリエット様が長椅子に座っている。


「ねぇ、一体、どんな作り方をしているのかしら。わたくしがこのドレスを着てみたら、縫い目が解けてしまったのですけれど!」


「それは大変申し訳ございません。お嬢様にはご不快な思いをおさせ致してしまい、本当に恐れ入ります」


叔母様は丁寧に謝ってから、アンリエット様が差し出したドレスを手に取る。

このドレスはとても繊細で高価な生地を使った最高級品だ。

勿論仕立ても丁寧にしてあるので、簡単に縫い目が解けたりするはずがない。


わたくしもアンリエット様が指し示した場所を見た。

縫い目が解けたのではなく、布がちぎれているのだ。


「これは......」


ガブリエール叔母様も言葉を失った。


「恐れ入ります、こちらは縫い目が解けたのではなく、生地が裂けたのでございますね」


「そんな簡単に裂けるような質の悪い生地を使ったのですね」


アンリエット様がプリプリしながら言う。


「とても繊細な生地で出来ておりますので、思わぬ力がかかると裂けてしまいがちなのでございます」


「わたくしは、どこにも引っ掛けたりなどしなかったのですよ」


「恐れ入りますが、一度ドレスをお脱ぎになって下さいませ。コルセットを改めさせて頂きます」


叔母様の助手とアンリエット様の侍女が、アンリエット様の着ていた部屋着のドレスを手早く脱がせていく。


元々このドレスは一ヶ月前にお作りしたものだけれど、その時アンリエット様は緊く緊くコルセットを締めて、最大限ウエストが細く見えるようにと何度も作り直させたのだ。


「このドレスを着て、明日の晩のクートリエ候爵様の夜会に出ようと思っていたのに、予定が台なしですわ」


アンリエット様は、まだグズグズと文句を繰り返している。


「コルセットの紐が切れておりましたので、お取り替えいたしますね」


叔母様は冷静に言うと、助手にコルセットの紐を取り替えさせ、下からグイグイと締め直させる。


「うぅっ......きっ......つい」


叔母様はメジャーをアンリエット様のウエストに巻いて、ドレスが入るサイズまでコルセットを締めさせようとする。

パニエのウエストの紐もきつく締め直す。


「むり......む、り......むり!」


アンリエット様は息も絶え絶えに呻く。


一ヶ月前はギリギリにコルセットを締めて、ピチピチのサイズでドレスを作ったのだ。

今は細いウエストが流行っているので、どうしてもそういうデザインで、とアンリエット様は言い張った。


それから二周りぐらい増えたウエストを無理にコルセットで締めたので、耐えられずにコルセットの紐が切れて、それに連れてドレスの生地も裂けてしまったのだ。


「それでは裂けた生地の部分をお直し致しましても、このサイズのままではドレスは着られないかと存じますが」


「だって、このドレスは細くなるように賦与を付けてあるはずでしょう?!」


賦与(ふよ)を付けられるのは生れつきの能力で、相手に対して心を込めて何物かを作るときに出現する魔法の力だ。

叔母様やわたくしには生れつき魔法の力が備わっていて、刺繍や手芸で作品を作るとその特色が込められた物になる。


ただし、相手にいくらかでもその特色があり、それを強めるだけなので、細く見える賦与を付けたとしても、本人に痩せる気がなければ何の役にも立たない。


例えばドレスに『輝き』の賦与を付ければ、そのドレスを着た人の輝く魅力が二割増しになる程度なのだ。

だから、美しい人はさらに美しく、平凡な人はまあまあ美しくなる程度、といったら良いのだろうか。


この賦与については、ドレスを作る際にちゃんと説明はしているのだけれど、ご自分に都合よく解釈される方が多くて、誤解の元になり易い。

今もアンリエット様が言っているのは、細く見える賦与を付けておけば、ご自分がいくら太っても細く見えると誤解されているのだ。


「候爵家の夜会に着て行けるドレスで、一番サイズが合うのはこのドレスなのだから、なんとか明日の夜に間に合うように直してくれないと困りますわ」


アンリエット様の無茶振りがまた始まる。

叔母様も断ってしまえば良いのだけれど、妙な所にプロ根性を発揮してしまうのだ。


「畏まりました。何とか致しましょう」


叔母様はアンリエット様がダンスを踊れるぐらいまでコルセットを緩め、サイズを測り直す。

きっと今夜も徹夜でお直しをするのだろう。


生地が裂けてしまった部分を取り替えて、ウエストの幅出しをするのは簡単ではないけれど、難しければ難しいほど燃える性格の叔母様は、これまでもこうして難局を乗りきってきたのだ。






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