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空っぽの感情に

 空っぽの感情にあの人の言葉が空々しく響いた。


「あんたなんて産まなきゃよかった」

「じゃあいいよ」


 こうしてあたしは家を出た。

 冬の夜空は寒々しく星を輝かせていた。



   *****



 ――汚れちまった悲しみに


 その男を選んだ理由は、出会い系アプリのプロフィールにそんな詩をのせていたからだった。

 高校生のあたしが家出をしても、いられる場所なんてほとんどない。友達の家をいくつか転々として、一週間後にはネットで男を探していた。


「こんばんは。『愛無(あむ)』です」

「……本当に来たのか」


 『ゴミ』なんて自虐が過ぎるアカウント名を使っていたその男は、三十前後の不健康そうで陰気なやせメガネで、タバコの臭いの染みたほこりっぽい部屋着がプロフにあった詩のイメージそのままの男だった。『ゴミ』は驚いた顔で玄関のドアの隙間からこちらを見ているばかりで、なかなか中に入れてくれない。


「声かけてきたのそっちじゃん」

「……どうぞ」


 汚い部屋だった。持ち帰りの牛丼やコンビニ弁当の容器なんかがつまったゴミ袋が何個も壁ぎわに転がっていた。フローリングの床はホコリでうっすらと白くなっていて、歩くたびにざらっとした感触が足の裏から伝わってくる。ちょっとただようすっぱい臭いはタバコの臭いと入り混じり、部屋が生きたまま腐っていっているみたいで悪くなかった。つまり、今のあたしにはとてもお似合いの部屋だということだ。


「でさ、さっそくする?」

「……キミ、気が早いね」

「ほかに目的もないし」


 何十冊もの本がごちゃごちゃと積まれた座卓と、脱いだ服がそのまま上に散らかったパイプベッド以外に目立ったものもない、せまいワンルームの部屋を見渡しながらあたしが訊くと、男は少し考えてから言った。


「……少し身ぎれいにしよう。シャワー使って。僕もあとで使うから」

「そういうの気にするタイプなんだ。まともだね」


 この汚い部屋でなにをいまさらと思ったけれど、まあ確かにそういうメリハリみたいなものも、まともな感性で考えたら大事なんだろう。

 けれどあたしの感性では、きれいも汚いもゴネゴネに入り混じった消しゴムのカスみたいなもので、白黒のマーブルになって机の下に払い落されるだけの価値のものにしか思えなかった。

 だからあたしは、自分のキズをさらすような笑顔をつくって言った。


「待つのメンドくさいし、いっしょに入ろ」


 男のあ然とした顔に、あたしは自分のキズの深さを見た。

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