終 「新時代の幕開け」
特に新年回でもなんでもなく、2021年初の投稿を、今話とさせていただきます。エピローグであり、続編「新たなる政治の相互干渉」の、エピローグです。
最終回:ついに、史上最強の知性にして花も恥じらう女子中学生、松良あかねは、自分を自分の手に取り戻した。彼女と彼氏となった木戸優生が新たな日々に踏み出す裏で、大人たちも、時計の針を推し進めていく…
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2045年7月17日(月祝)
「えー、緊急ニュースです!
昨日社長の交代が発表されました、注目のベンチャー企業「Electric・Bio」から、重大発表ということで、緊急記者会見が開かれております!
えー、『世紀の大発表』だそうですが、取材陣には具体的な内容までは…おっと、始まったようです!」
「えー、皆さま、本日はお集まりいただき恐縮です。
私、前社長の松良尊博士の後を継がせていただきました、姪の…
…松良あかねと申します。」
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「これが、きみの成したことの結末ですよ?」
「ふん、これが『世紀の大発表』か?」
「まあまあ、伊達元CEO、博士も、気づいてなかったではないですか。」
「は?ぼくが?いやいや、『ミロクシステムは他のコンピューターを自分の一部とみなし、無限に知能を拡張する』と言うのは知っていたよ?むしろ、そうやって人間の知能を無制限に引き上げたかった。機械の情報処理を自分のものとできる人間は無制限の叡智を獲得し、また機械と人間がつながれることで人間の情報処理の仕組みが解明され、ゆくゆくはすべてのホモ・アーキフィアリスをコンピュータとつなぎ、完璧な仮想空間を…」
「そこで終わるから、博士は今、拘置所にいるんですよ。
確かに、『人間に無限の処理能力を』『ならばコンピュータと、インターネットと直接つなげばいい』までは良かった。インプラントの埋め込みではなく抜本的に神経回路に手を出したおかげで、彼女にはもう、シナプスの集まりとCPUの集まりを、同じように根本から理解して感覚的に使いこなす。
でもね、博士、あなたは恐竜から、一歩踏み出さないといけなかった。
…博士がまだ、自白しないでくれたのは、幸いでしたよ。」
「…ミロクシステムが、魔法にも使える。そういうことか?」
「ある方がね、そう申しておられました。だからどうにかしろ、とね。
私は、革新的な方法なら、魔法という神にもできまいことを、どこの研究機関、軍よりも先に達成するであろう、そう期待しています。
…博士。博士の才能、本官と我が国に、捧げてはいただけませんか?」
「ああ、よろこんで。」
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「本日は新社長として、皆様にお伝えしたいことがございます。
一昨日、数々の汚職及び違法実験により伊達大作社長以下が逮捕され、倒産しました我がライバル社『Biontrol』を買収いたししましたところ、社のシステムに『スーパーコンピューターを接続できる、人間の思考回路に基づいた情報処理の全く新たな仕組み』を発見いたしました。
ご覧ください。」
あかねは、俺に向かって手を伸ばした。
愛用のタブレット端末を、掲げてやる。
「右が我が社のスパコン『MIROKU』、左が旧Biontrolのシステムです。」
あかねが、慣れた手つきで、指先を触れさせる。
「-接続ー」
俺にだけ、感慨深い声が聞こえた。
―*―
「照佳、まだなのか?」
「もう少しでございますお父様。」
土曜の夕方、〈全部終わったよ。月曜日の昼、空けておいてね〉とメールされたときには、何事かと思いました。
でも翌日の新聞「Biontrol社、社長逮捕で倒産」の記事を見て、わたくしは「ああ、世界が変わる」、と、そう思ったのです。
テレビの向こうで、松良様は慈悲深い女神のような笑顔を浮かべておられます。
そしてー
-世界は、変わったのです。
―*―
「さて、今より40年前、未来学者レイ・カーツワイル氏は、『技術的特異点』は2045年に突破され、以後人類は自己発展する人工知能に追い付けないだろうと預言されました。
そして本日、2045年7月17日ー
-我がEB社はこの接続の成功を持ちまして、『世界初、シンギュラリティに到達し、完全にあらゆる点で人間の知能を突破した人工知能スーパーコンピューター』の開発に成功いたしました!」
―*―
「速報です!たった今、人工知能がシンギュラリティを突破したとの発表がありました!
会見より中継です!」
「えー速報にもありましたように…」
あかねちゃん、結局、発表を決めたのね。
-その正体が、あかねちゃん自身だとバレる危険は、まだ拘置所にいるのに。
「この人工知能『ミロクシステム』は、インターネット内のすべての情報を瞬時に検索し閲覧することができるだけではなく、人間の脳と同様の仕組みで考え、同様の思考回路を持ち、なおかつその演算処理においてスーパーコンピューター『MIROKU』を自らとして使用することにより、そのまま、『記憶容量と情報処理速度を遥かに拡張させた人間の脳』のような働きをします。
これによりシステムは、あらゆる面で人間を超え、それだけでなく自ら成長することにより能力を無限に拡張できる可能性を秘めています。」
「それは、どこにあるのですか?」
-つまり、「実在するのか」ね。…目の前にいるわよ?
「ここに。」
誰もが、あかねちゃんが掲げるタブレットのことだとーまさかあかねちゃん自身とは思わずー考えただろう。
「では、いくつかその能力を、お見せしたいと思います。」
―*―
確かに、、現在のミロクシステムはシンギュラリティを完全に突破すると同時に、あらゆる面で地上に存在する知能全てを超えている。ただそれは別に、今日達成されたことでもないーあかねの知識量の増大に伴って、すでにどこかで訪れていたことではあった。
そしてまた同時に、あかねが「自分の輪郭がわからなくなる」インターネット同化の副作用を克服したことにより、あかねは地球上のすべての電子ネットワークを自分のシナプスの一部として使用できるようになった。これはつまり、あかねの真の最大能力は世界中のオンライン接続機器の演算・記憶能力に≒であることを示しているー今瞬時にアップロードした円周率100京桁など、実際頭の片隅で一瞬暗算しただけらしい。
あかねは、一瞬俺に笑いかけると、続いて将棋ソフトとの対戦を始めた。秒速で進む手は数分にしてミロクシステムの勝利を告げる。
開始数十分もすれば、あかねの勝利はあらゆる点で明らかだった。スパコンとしての計算能力も、人間を超える人工知能としてのフレキシブル・クリエイティブな発想・思考力も併せ持ち、それが高いレベルで融合しているー一緒のものとして使っているから当たり前ーことを、誰もが認めざるを得なくなってきた。
「では、これより質疑応答を…」
手が無数に上がる。
「そちらの方…」
「日本テクノ日報グループの渡部と申します。
この『ミロクシステム』は、端的にはどのようなモノなのでしょうか?また、発達しすぎた人工知能は危険である、人間にとって代わる可能性があるとの論調も根強いですが、これについてはいかにお考えでしょうか?」
「はい。端的に言えば、『人間のやり方で考えることのできるスーパーコンピューター』であり、『これまで地球上に存在したあらゆる知性を遥かに上回り、上回れるモノ』です。
古くから人工知能の暴走、あるいは人間が押しやられてしまう危険性は指摘されてきましたが、しかしミロクシステムに関しましては何を考えているかは人間が把握できるように設定でき、また人間が制限を解除しない限りはさらなる発展を遂げて人間では事態を把握できなくなるようなことはございません。」
そりゃそうだ、人間そのものなんだから。
―*―
パチパチ。
「校長、一応学校としても何かコメントを出すべきでは?」
「うーむ、理事会から指示を待つように頼まれていてね。」
「それにしても、結果的に我が校も、この人工知能を利用していることになりますね。教員からも処理速度が向上したと好評ですし。」
「タダで1中学のシステムに世界最強を使うのは気が引けるな…」
―*―
あかねお姉さまが起きた後、私たちはしばらく呆然として、それから全員で喜びを分かち合いました。
-すぐには、あかねお姉さまも何がどうなっているのかわからなかったようです。ただ、あかねお姉さまは「もう、大丈夫」とだけ断言しました。
その後、全副会長が縛り上げた恐竜をあかねお姉さまの自動運転車がどこかへ運び出し、伊達大作氏が逮捕され、松良尊社長も資金源を失い退任し、2社をあかねお姉さまが引き継いだことで、やっとあかねお姉さまは自らに何が起きたのか把握することができたそうです。
-「デジタルデータの自分をネットワークの空き容量にコピーし続けて、もう何が何だかわからなくなってた。
あのね、ネット空間って、結構汚いの。ネガティブな感情にあふれてて。
…怖かった。塗りつぶされそうで。
でも、どこに行けばいいのかも、自分がどこからどこまでなのかも、自分が広すぎて複雑すぎてわからなかった。
だけど、みんなの声が、流れてきたの。呼ばれるのに従って、私は自然にまとまって、戻ってこられた。
今は、私が浸透した形跡がネットワークに残ってる。だから定期的に浸透しなおせば安全。
ごめん、心配かけて。」
その間お兄ちゃんは、ずっとあかねお姉さまの自室の扉越しでしたが、それでもなおお兄ちゃんの安堵の喜びは伝わってきました。
とりあえず、あかねお姉さまの着替えをすり替えて着せ替え人形にして喜びに変えることにした、そのうちの一着を、今あかねお姉さまは着ています。
あかねお姉さま、きれい…かっこいい…
あかねお姉さまがどこに行き、何になってしまっても、やっぱりあかねお姉さまはあかねお姉さまで、離れることはない。私はそう、確信しています。
―*―
護送車が、警察署を出ていく。
「アレが、話題のAIを開発したって言う男か?」
「そうだ。あの男の技術が本格的に軍用に使われれば、我が国はバイオ、サイバー両面で数世代分後塵を拝するばかりでなく、魔法研究で取り戻せないほど置いて行かれる。」
「しかし逮捕2日でよくもまあ…」
「ネタ元は明かせないに決まっとるだろ。
さて、任務を始めようか?」
「弾一発捨てるだけの、簡単なお仕事、だな。」
…パン…
―*―
「木戸君…あ、優生君って、呼んでもいい?」
「ああ、あかね、お疲れ。」
名前で呼ぶと、あかねは幸せそうに微笑んだ。
まだ、この先の未来、どんな幸せが待っているのか、いかな知能でも予測できない。
だから俺たちは、一つ一つの体験を大事に、二人で、そしてみんなで、知っていこうと思う。
―*―
「続いて緊急ニュースです。
先ほどの会見にも名前が登場しました、黙秘を続けていたBiontrol社前CEO、伊達大作容疑者が、警察署からの護送中、射殺されました。
警視庁は緊急記者会見を開き、「弾丸が国内入手不可能な特殊な軍用品であったため、他国の工作員による犯行が考えられる」とし一帯の封鎖を行っておりますが、未だ一切の痕跡は…」
…なるほどね。実に合理的だ。
「朝本閣下、あなたでしょう?」
「なんのことかな?」
「自白しないように言ったのも、護送させたのも、どこぞのスパイに情報を流したのも…
…松良あかねを、守るため?実に合理的なやり方ですね。これでいよいよ、EB社は松良あかね体制に刷新されるわけだ。
…射殺は常套手段、ですか?」
「痛い皮肉だね。君は、どんな一手を打ってくれるかな?」
「はあ…まったく。
まあ、彼に伝えておきますよ。」
「何をだい?」
「…とっておきの隠し玉は、ここぞという時に使い、最大の効果を享受する。これが、機会主義の真髄です。」
―*―
2045年9月4日(月)
「で、今週は何しよっか?」
穂高神社の札を置きながら、あかねは一言。
「何するかねえ…」
お互いをうちわであおぎながら。
「40度超えだから外に出たくないしな…さて。」
夏の間にいろいろ考えてはいたがー別にデートに浮かれていたばかりではないのだ。
「うーん、ちょっと涼しいところ行きたいね…弟妹たちもどこかに出してあげないとだし。
って、あ。」
窓を開けた瞬間、風が吹き込み、あかねの右手から何かの書類が飛んでいった。
「取りに行かないと!
-接続ー
-仮定ー
-演算ー
…優生君、そこの神社!大鳥居!」
「了解っ!」
俺とあかねは、全力で走り出した。
学校の裏手には、日生楽神社という古いさびれた神社がある。裏山と学校の間で、一段下がってしかも植木に囲まれ、周囲からはほとんど見えない。その奥には、入り口の鳥居とは別に大鳥居がある謎で知られる。
「あ、あった!」
さすが、書類は大鳥居の根元のあたりに落ちていた。
「良かったな。」
「うーん…こんな穴、空けてないんだけど…」
書類のパンチ穴をつついて、あかねが首をかしげる。
そして、うろうろと大鳥居をくぐ…
…!!?
き、消えた!?
…本当に、2045年に、シンギュラリティ突破は可能なのでしょうかね?
本当のシンギュラリティとは、人工知能が人間を超えることではなく、人工知能がより優れた人工知能を開発できるようになることで人間に人工知能の発展が制御できなくなる事的なニュアンスだったような気がするのですが、もとよりミロクシステムは人間とスーパーコンピューターを同一的につないだだけなので、自分より優れた人工知能を生み出すのは無理…というか、できてもしません。もとより、全世界のコンピューターネットワーク全てを取り込んだ場合が最大能力なので、同一のものを増やすよりも自分の能力を拡張させる方が向いています。…他を呑みこむ人工知能っていいですよね。ゴーバスターズのメサイアとか。
さて、引き続き、同日投稿の続編「新たなる政治の相互干渉」をお楽しみください。「神話の」テイストに戻る架空戦記モノで、今度はついに、異世界に主舞台を移します(あまり内政要素はないです、すみません)。