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6 「ドミノ研究部」

 明かされた、松良あかねの正体。

 木戸兄妹は松良あかねとそれでも一緒にいようと決意し、ファンクラブ筆頭の神室は木戸優生に叩きのめされ、そして、満を持して「自由と公正と人権擁護を至上とするリベラル過激派」の後輩女子、峰山武が、木戸優生と松良あかねの「部活」へ参入する。

 お嬢様学校である福音女子高校の生徒会選挙が絡む中で、次なる趣味は「ドミノ倒し」!


ー解説ー

・ミロクシステムー松良あかねの遺伝子を組み替え、「神経細胞が金属線で置き換えられるようにする」ことで、松良あかねと電子回路がつながれるようにし、松良あかねがスーパーコンピュータ「MIROKU」の電子回路を自分のシナプス網の延長として利用することで人間の思考回路に演算能力と記憶能力をほぼ無限に付加したシステム。その性質上、あらゆる人間の知能をはるか凌駕している。また、2040年の異世界侵攻時、新「魔王」の「あらゆる生死を操る魔法」に対抗したため、現在は松良あかねの思考回路に準拠したプログラム言語で動作しており、松良あかね以外には動かすことができず、さらに外部のネットワークに接続すると独自のシステム系統によって電気的浸食同化することになるので如何なるファイアーウォールも意味をなさない。

                    ―*―

2045年6月2日(金)

 「あれ?木戸君、その子は?」

 いろいろ落ち着いて、私はとりあえず、ラブコメだって言われる往時の名作とやらを読んでいた。サイバーセキュリティ云々でミロクシステムを学校のネットワークに介入させられるようになったので、生徒会の仕事は意識の片隅を使って授業中に終わってしまう。

 そんなときに、なぜか木戸君が連れてきたのはいつかの部活連会合で啖呵を切っていた後輩だった。

 「普段俺たちが何をしているのか知りたいらしくて。」

 「えーっと、峰山武さん、だよね…?」

 -接続ー

 -照合ー

 「…えっ。」

 「松良さんどうした?」

 「ちょっといい?」

 私は、学校の「峰山武」についてのデータを見て、すぐに一人ではどうにもならないと確信した。

 「来て。」


                    ―*―

 「去年、学校に警察が来たの、覚えてる?」

 「…そんなことあったっけ?」

 「うん。窃盗の通報で。で、それをしたのが、あの峯山さんみたい。」

 「なんかパクられたのか?」

 「ううん、違うの。授業中、端末で遊んでた生徒の端末を、教師が取り上げた時に、彼女が通報したんだって。」

 「…そりゃすごいな。」

 「うん。しかもその後、いくつかの別件とともに、彼女は生活指導部を提訴しようとした。」

 「別件って…?」

 「曰く、校則の地毛規定は憲法違反の差別条項である、同じく服装規定も、髪留めや髪の長さはおろか靴下や下着の色まで指定するのは人権侵害である上に服装チェックで確認するのは明確なセクハラである、また指導部顧問…名前は言わないよ?が、受け持ちの授業で生徒に対し校則違反をしたら点数を下げると公言した、いじめを行った生徒が部活の大会で優良な成績を残していると指導しない…まだ聞く?」

 「いや、止めとく。要するに理不尽が嫌いなんだな。」

 「うん。彼女、退学をかざされたらそれを内容に加えてでもいっこうに提訴をあきらめなかったけど、そこで交渉があったらしくて、それ以上は中高じゃなくで学園上層部で、ハッキングしないとだめだから、手持ちのタブレットの演算加算じゃ無理だったけど…」

 「峰山さんは学校と正面切って喧嘩してる、と。度胸あると思ったけど、そこまでとは…」

 「で、どうしよう…」

 「まあ文句を言いに来たわけじゃないみたいだし、好きに参加してもらえばいい。」

 「…巻き込まれたら?」

 「深入りして松良さんのことが世間にバレたらシャレにならない。面倒ごとは一人でやってもらうか、もし無理なら、火種のうちに加勢して燃え尽き終わらせる。できるだろ?」

 「…木戸君って、けっこう過激?」


                    ―*―

 「それで、わかりやすく説明すると、ここは、私が知らない趣味の世界を、多趣味な木戸君とともに体験していくって言う、部活?ね。」

 「それ、届け出通ったの?」

 「学校にはダミーで申請したし、それに部費は全部私の私費だから大丈夫。」

 ぎりぎり、生徒会長は、会長としてわきまえているらしい。

 「で、峰山さんも、参加する?来週何するのか、まだ考えてないけど。」

 「松良さん、場合に依っちゃ土日準備なのに、考えてなくていいのか?」

 「いざとなったら検索するし、それに来週は木戸君に決めてほしいから。」

 …検索?

 「俺か…なるほど。」

 木戸優生は、指を何度か折っては立てた。

 「7月の第2週がテスト期間だから、前2週間は空けたい。そうなると、1学期は後3週しかない。で、1週間に一つ何かするつもりなら後3つ、暑くなってくるからそれも考慮したい。

 で…

 …ドミノとか。」

 「ドミノ?」

 「そう。もちろん、2人で大したことができるとは思ってないけど、両親と優歌を呼んでいいならそれなりには…」

 「はっちゃんと鈴木先生なら助けてくれそうだよね。峯山さん、どうする?」

 「あの、パタパタ倒れていくやつ?」

 -自由参加なら。

 「参加するわ。」

 「よろしく、峰山さん。」

 「…よろしく。」

 私はとりあえず、基本として、手を強く握り返した。


                    ―*―

2045年6月3日(土)

 木戸君は、なるべく大規模にドミノを作りたいらしい。そして、所持している分ではどうごまかしても部室内の規模に収まる、とも。

 木戸君は自分で確保したいと言っていたが、使えるお金が数桁違うのだし、私がすべきだと思う。ちょうど、この前の魔法恐竜の件で自衛隊から数千万手に入ったし、それに私は決して人脈がないわけじゃないー事実上世界最強のAIの使用者は世間が想像するより多いし、その管理者だと信じられている私も、木戸君が思っているだろうよりずっと、知り合いは多い。

 別にメールを作成する手間すらかからないーずっと、思うだけで画面にメールを作成して送信できるような私が悲しかったけれど、今なら我慢できる。

 -筆記ー

 -送信ー

 

                    ―*―

 「そんなわけで、優歌、協力頼める?」

 「私も手伝ってもらうことにしましたからね。あかねお姉さまがやるなら、断る理由は見つかりません。」

 「いっそ、福女の生徒も呼べば?」

 「お兄ちゃんは、福女の派閥をひっかきまわすつもりですか?

 …でも、それ楽しそうですね。」


                    ―*―

 生徒会長と言えば、もっと横暴か硬いか、ともかく、私のような人種とは相いれない、そう思ってきた。

 だけど、実際、拒否反応はしなかった。

 私の名前を馬鹿にしなかったし、それに参加を強制しなかった。それだけで、私の固定観念にヒビを入れてしまうんだから、私の信念も存外大したことないのかもしれない。

 -とにかく、もう少し、松良あかね生徒会長のことが知りたい。それに、木戸優生のことも。


                    ―*―

2045年6月5日(月)

 早朝、俺は松良さんに呼び出され、目をこすりながらも登校した。

 「ごめん、搬入できなくって。」

 校門の前に停まるいつもの「自動運転実証試験中」トラック。松良さんはその後ろの扉を開け、見るからにハイテクな機材の真ん中でドライフルーツをかじっていたーなるほど、キャンプの時入るなと言ったのは、ここで記憶をコンピューターに保存していたからか。

 とにかく、聞くからに無茶な「神経細胞全てを金属に置き換えるように遺伝子をいじって電子機器に接続できるようにする」なんて処置を施されている松良さんに、力仕事はさせたくない。本人はスパコンが使いやすいだけの普通の人間だというかもしれないけど、俺は気遣う。

 松良さんが立ち上がり、奥からカートを引っ張ってきた。上に乗る大きなプラボックスが、まっ茶色に見える。

 「とりあえず、今日はこれだけ。明日また持ってくるけど…よかったかな?」

 -木製、文字ナシのドミノ。廃材か…?重心が不安だ…

 「さて、運ぶか…重っ!」

 

                    ―*―

 「協調の精神」

 「空気を読む能力」

 「同調圧力」

 ー全部、程度が違うだけで、そして同様に、くそくらえ。

 私はそんなことを考えながらも、朝だと言うのに「部室」こと生徒会室上に来ていた。

 あらゆる部活に朝練に類するものがあるとは言え、参加を強制する法律はないし根拠も私にはない。私の自由意志は、いったい無意識にどうしてしまったのだろう。

 「やあ、君は…ああ、峰山武さん、だったか?」

 -知っている。この教師の目はー

 「あなたも、同情するのね、この名前に。」

 「僕も鈴木としか名乗らない身の上でね。共感しているだけだ。」

 「…はい?」

 …国民的コミックのガキ大将と同じ名前の女子以上のコンプレックス?まあ、触れない方がよさそうね…

 「それで、鈴木先生は、なぜここに?」

 「いや、一応カギを開けるついでにね。」

 そう言って鈴木先生が指さしたのは、居酒屋のカウンター席のような長机に積まれた、数えきれないドミノブロック。

 「朝早く、二人で運びに来たよ。」

 -私を、誘わないのね。なるほど、さすがだわ。


                    ―*―

 長机にまっすぐ、一センチ幅に並べたドミノー松良さんは、タブレットと接続しての演算加算で五感をブーストするのみならず、視界内にゲージを設定できるらしい。プラモがやけにぴったりサイズだったのもうなずける。

 「これで、一応OKか。倒してみる?」

 コツン

 かわいらしくチョンとつつかれた端のドミノが倒れ掛かり、右へ右へ、次々と倒れていく。

 机の端まで到達したドミノ倒しは、最後のドミノが落下し、床に置かれたドミノを倒してその先数枚を連鎖させたところで終わった。

 「なるほど、そうやって高低差を稼ぐんだ。」

 「ちなみに、穏便に上り下りするバージョンもある。」

 適当に本で組んだ階段の上に、下の段で倒れると倒れ掛かられた上の段のドミノがバランスを崩すように調整して配置していく。

 コツン、コツ、コツ、コツ…

 いつ見ても、ドミノの倒れが上へと連鎖していくありさまはなんだか楽しい気分になれる。

 「まるで社会の構図のようね。下から疲弊して国が倒れるのよ。」

 「峰山さん、上が腐って下に倒されることも多くないか?」

 「…確かに。気が合いそうね。」

 -だいたい、峰山さんの性格特徴が読めた気がしてきた。


                    ―*―

2045年6月6日(火)

 「今日、日生楽中に行きませんか?」

 私は、親しい数人に声をかけてみることにしました。

 「日生楽?なんでですの?」

 「あかねお姉さま…生徒会長の松良あかねさんに、誘われたんです。」

 「なんと、あの松良生徒会長と親しいのですか?」

 「木戸さん、意外な人脈ですわね。」

 「いえ、兄が日生楽生でして。」

 「それでもすごいことです。松良あかね様は露出が少ないですから。」

 -あまり公的な場所に姿を見せないという意味なのでしょうけど、ついつい、あかねお姉さまがクリームで肌の色をごまかせるように露出控えめな服装にしていることを思いだしてしまいました。


                    ―*―

 数人連れだって日生楽に行くのは、はじめてです。

 交流はそこそこあるとはいえ、福女生が珍しいのか、下校中・部活中の日生楽生が時折じろじろ見てきます。

 「あ、あの真ん中の子」

 「かわいいなー」

 …私?

 「…ぶしつけですわね。」

 「そ、そうですね…」

 福女と違って入校許可はいらないそうなので、ありがたくずかずか入らせていただきます。

 「あかねお姉さま、数日ぶりです。」

 「あ、優歌さん、こんにちは。」

 「は、初めまして、わたくし戸次へつぎ照佳てるかと申しまして、あの、松良会長のことはかねがね…」

 「相生あいおい久留実くるみです、よろしくお願いします。」

 「うん、戸次さんに相生さん、よろしくね?」

 -きっと、絶対に、私の友達のことを、忘れないのでしょう。タブレットを持っているから。

 「俺は優歌の兄の優生だ。よろしく。」

 「よ、よろしくですわ。」

 「初めまして…」

 二人が、「きゃっ、お父様以外の殿方と握手したのは初めてですわ」とかカマトトみたいなことを言っています。

 「してお兄ちゃん、そちらの方は?」


                    ―*―

 木戸優生の妹たちだか知らないけど、いきなりにらんでくるとはいい度胸。

 「峰山武よ。あなたたちと同じ2年。よろしく。」

 -私は、笑いを隠そうとした二人のお嬢様を、許さないことにした。

 「で、これ、どうするの?」

 揉めていても何も生まないので、木戸優生がタワーかピラミッドのように交互に積み上げたドミノを指さす。

 「あ、峰山さん、端の1個、倒してみてくれ。」

 …そうしたら全部倒壊するに決まって…

 コツン、コツコツコツ…!

 コツコツコツコツコツ!

 「す、すごいですわ…」

 「上へ上がって、わあ…」

 「お兄ちゃん、腕上げましたね。」

 なにこれ、徐々に、倒れながら足場にしていたドミノを倒し、ピラミッドタワーの外周をさかのぼって…!

 「いつ見てもドミノタワーはうまくいくとすごいな…」

 「やっぱり予想するのと見るのは違うね…

 ね、次はどうする?ちょっと、面白いこと思いついたんだけど。」

 

                    ―*―

 …あれ?わたくし、何をしに参ったのでしたっけ…?

 「松良会長、あの、ここで何を…?」

 「あーうん、えーっと、戸次さんと相生さんもやる?ドミノ倒し。」

 …ドミノ、倒し?

 「え、あの、その、生徒会の業務などは…?」

 「昼までに終わっちゃったよ?」

 …イメージと違ってどこか子供っぽいと思いましたが、し、仕事ができる女性、なのですわね… 

 「ちょうどさ、木戸君、遠隔でドミノを倒す方法ってある?」

 「…いや、無いことはないけど、それじゃ最初の趣旨に反してないか?」

 「でも、面白そうだよ。そうすれば、日生楽と福女でドミノをつなげられる。どう?」

 「松浦あかね様のお誘いだなんて、こ、光栄です!ぜひ!照佳さん、参加しますよね!?」

 …あれ、わたくし、巻き込まれてますの?


                    ―*―

 「あかねお姉さま、実は、お願いがあるんですが…」

 「何、優歌さん?」

 「実は私、生徒会長になりたいんです。どうすればいいですか?」

 「うーん、私は言っても人気票で勝っちゃってるし、例えば選挙戦術とか演説のやり方とかのデータはあるし、システムを最大限に活用すれば選挙シミュレーションだって出来るけど、そういうことじゃないよね?」

 「はい…選挙で勝って、その後のことも考えたいんです。」

 「じゃあ、今日連れてきた二人も…?うーん、だったらその二人に素直に助けてって頼んだ方がいいけど。」

 「ですよね…でも、どうしても住む世界が違うような気がして…相生さんは県会議員の一人娘だし、戸次さんは日生楽藩の旧大名家だし…その…」

 「それを言えば、私は新興のハイテク企業の柱だし自分でも人間か怪しいけど、でも、仲良くしてくれるよね?」

 「その言い方だと、自分で自分を人柱にしてるみたいですよ…でも、はい、そうですね。

 少し考えて、それから、心の準備ができたら、頼んでみます。」


                    ―*―

2045年6月7日(水)

 ー送信ー

 〈それじゃあ、いい?〉

 タブレットから、相生さんにメッセージを送る。

 同時に木戸君が、ドミノを木戸君の端末に落とした。

 通話ボタンが押される。

 1秒、2秒…

 触っていれば送られてくるライブ動画は見聞きできるけど、私はタブレットから手を離し、木戸君と峰山さんに見せた。

 画面の先で、ドミノが倒れ、次々続いていく。

 「よし!」

 「こんなこともできるのね…」

 

                    ―*―

2045年6月8日(木)

 「でも、不思議なものですわ。」

 「何が?」

 「先週まで存じ上げなかった日生楽の生徒会長と殿方の指図で居残っていることも、それが木戸さんのおかげであることも。」

 「ですね。憧れの松良あかね様にお会いできるなんて。」

 「…どうして、相生さんはあかねお姉さまに憧れてたんですか?」

 「それは、その、私もやはりあのようなリーダーになりたいのですよ…

 ですから、私、松良あかね様を見習って、生徒会長に立候補しようと思います。お二人とも、応援してはいただけませんか?」

 「…相生さん、私も、同じことを頼もうとしていました…」


                    ―*―

2045年6月9日(金)

 「で、松良あかねに裁定を仰ぎに来たのね?」

 私は、お嬢様3人組に自販機の紅茶を紙コップについで差し出してみながら、話を聞いた。

 「はい…木戸さんと相生さん、今日一日も気まずくて、その、どうしたらいいか…」

 へえ、木戸優歌はすぐ飲み干す、相生久留実はおそるおそる飲む、戸次照佳はつがれたことに気づかない、と。

 「あなたたち、馬鹿ね。」

 「え、ば、馬鹿、ですか!?」

 「そりゃ、付き合いが長い木戸優歌を応援するに決まっているでしょうに。特に相生久留実は政治家の娘よね?そういう…はあ。」

 純粋すぎるわよ…

 「で、どうするの?」

 「…峰山さん、あかねお姉さまは、そんなえこひいきはしません!」

 静まり返っていたうちの片方が、食いついてきた。

 「…どうしてそう言い切れるの?木戸優歌。」

 「それは…」

 「不確定要素で希望的観測ができるほど民主主義は盤石じゃ…いや、あなたにとってはその方がいいのかしら?」

 「そんなことは…」

 「峰山さん、言い過ぎだよ。」

 閉まった扉の向こうから、澄み渡る声。

 「松良あかね様!」

 ガラガラー

 「ごめんね戸次さん。優歌さんに相談を受けた時点で、こうなる事態を予想できなかった私の責任でもある。」

 「そ、そんなもったいないことはございませんわ。ただ…」

 「うん、わかってる。公平な解決方法だよね?」

 そこで松良あかねは、私をにらんだ。当然にらみ返す。

 「はい、どうか…わたくし、相生さんとも木戸さんとも、お友達でいたいんです!」

 「うん、えーっと…ちょっと待って。木戸君、来週って、何か別のことしたい?」

 松良あかねに続き入ってきた木戸優生は、「なぜに?」と聞きながらも、「いや、別にまだ考えてないが」と応えた。

 「じゃあちょうど良かった。ねえ、このドミノ、両校の合同行事にしない?非公式でいいから。」

 「…ドミノを、ですか?」

 「もちろん、費用は私が出してもいい。」

 「いえ、仲直りさせられるなら、戸次家が出しますわ。」

 「あ、そうなの?それはそれとして。」

 「待って松良あかね。行事なんかにしたら、事実上の強制参加になりかねない。それは生徒の放課後・休日の行動の自由を制限・拘束することになる。私は反対するわ。」

 「峰山さん、大丈夫、峰山さんがそういうことを大事にしてるのはわかってるから。」

 …あれ、私、信条について話したっけ…?

 「でも、強制にはしない。

 …峰山さん、あなたは、何を考えているの?

 なんとなく、『自由』だってことはわかる。

 部活連と高校生徒会の圧力に怒り。

 教師の押し付けから生徒を解放しようとし。

 …私に近づいたのも、そうだよね?私が、悪いことしてないかって、思ったんだよね?」

 私は、タブレットを離さない生徒会長の清楚な姿に、はじめて背筋の震えー恐怖とも畏怖ともつかないものを自覚した。

 「私は知りたい。

 わざわざ峰山さんを、週末他県のデモに向かわせるのは、何?

 わざわざ峰山さんに、毎日のように新聞に投書させるのは、何?」

 …はあ。リスクもあるわけじゃないし。

 「私、何というか、独裁とか、全体主義とか、右翼・左翼とか、保守・革新とか、嫌いなの。

 そうね、あえて言うなら、『リベラル過激派』とでも言おうかしら。

 表現、言論、そういう自由も、基本的人権も、絶対。弱者の切り捨て、無理を押し通す権力、そういうのは唾棄するし、だから小さなことでも見逃さない。」

 「なんで?」

 「なんとなく。弱い者いじめって、むかむかするでしょ?」

 ただただ、感受性が高いだけ。おかげで難儀な習性が付いちゃっただけのこと。昔のこととつなげる私の発想は、それだけでも短絡的で。

 「なるほど。やっぱり。」

 「…やっぱり?」

 -もしかして、もしかしてだけど…見透かされてた!?

 「峰山さんなら、公平かつ公正に、判断してくれそうだって、感じたから。

 あのさ、来週、合同行事でドミノをつなげるとして、お互いの学校でドミノを敷くのに、相応の人数が欲しい。

 優歌さん、相生さん。」

 松良あかねは、そこでやっと話を戻し、灰色の瞳をお嬢様に向けた。

 「は、はい!」

 「それで、どれだけの人数をドミノ並べで誘えるか。これで、立候補する人を絞って。そうしたら勝った方を応援する。」

 「で、でも、相生さんは小学校からの内部進学で人脈もあるのに、木戸さんは外部生で一般家庭…公平とは思えませんわ。」

 「戸次さん、その程度の理由で負けるなら、断言する、優歌さんは傀儡以外で生徒会長になれない。」

 「えっ… その、確かに、優歌さんを傀儡に生徒会長に擁立する動きがあるのは存じておりますが…」

 「それじゃ優歌さんは幸せになれないよね?

 優歌さんは、自分の力で支持者をつかみ取らないといけない。

 すでにネット上では福女の会長選が始まってるって言っても過言じゃない。だから、相生さんもここで目立たないと出遅れる。

 戸次さん、二人を悲しませたくないなら、ここで真剣に正面で勝負すべきだよ。」

 「し、深慮ですわ…わかりました。でも、福女では人集めは時として派閥戦争に…」

 「うん、それも予想済み。どっちが人が集まったかってことで競ったら、どこかで参加強制になる。だから表向きは協力して誘ってるってことにしないといけないし、そうすると判定が難しいから、常に二人を至近距離で見ていて、なおかつ二人とも大事に思ってる人、戸次さんが審判になって数えて欲しい。」

 「謹んで承りますわ。」

 「なおかつ、峰山さん、全然違う学校だから難しいかもだけど、強制行為みたいな、不公平不公正なことがないか、見てくれないかな?」

 「わ、私!?」

 -まさか、ここまで話を運びたくて?

 「任せてもらえるならもちろんだけど、その、いいの…?」

 私は、純粋な思いから松良あかねに近づいたわけじゃない。

 「え?だって、私はしてほしいし、峰山さんはしたい。なにか問題でもあるの?」

 -いや、ありがたく、受けておくわ。


                    ―*―

 部室を離れた松良さんは、生徒会室に転がり込むなり、タブレットを手放して椅子にうつ伏せでへたり込んだ。角度が変わるとスカートの中が見えそうで…いや、今さらか。

 「松良さん、大丈夫か?」

 「うん…ちょっとそっとして…」

 戦利品を掲げるかのように渡されたタブレット端末には、成分表示みたいに小さな文字で、つらつらと文字が並んでいるー具体的には、峰山さんの日記と思しき文字列が。

 「こんなこともできるのか…」

 「うん、接続したタブレットを通じて無線でハックすればね…引いた?」

 「いや、なんというか、お疲れさま。」

 松良さんいわく、電子機器に接続するのは感覚を延長するようなものらしい。その感覚はわからないけど、慣れない峰山さんの携帯端末へ忍び込み閲覧して複製を取るのがなみなみならないことだとは、まあ松良さんの疲れ具合を見なくてもわかる。

 「で、松良さん、あの提案の意味は?」

 「あ、うーん、わかっちゃう?」

 そりゃあ、松良さんとて人、優歌を優遇しないわけはない。いくらなんでも優歌に不利な条件は、語った通りの意味だけでは通らない。

 「私、『生徒会、生徒会長って何か知りたい』っていう軽い気持ちで生徒会長になったから。」

 「でも、松良さんは日生楽始まって以来の天才だし、実際誰も困ってない。別に…」

 「ううん、終わりよくても、いいのは結果だけだよ?だから、私に頼ってきた二人には、ちゃんとライバルとして戦ってほしい。」

 「ああ。優歌には、伝えないでおくよ。」

 「ありがと。」


                    ―*―

2045年6月12日(月)

 日生楽と福女の校舎見取り図を広げ、ビデオ会議システムで両校をつなぐ。

 「どう戸次さん、校舎使用の許可は取れた?」

 「はい!金曜の放課後から土曜日、日曜日午前まで、中学校舎と外だけですが、取れましたわ。」

 「ふう、根回しした甲斐があったよ。鈴木先生にもお礼を言っとかないと。

 で、一応配置案としてはこんな感じ。」

 松良さんは俺が書き込んだ図を画面にかざしながら、画像を出してタブレットから送信している。

 「連絡箇所が3つ。福女へ行って、日生楽に戻って、最後は日生楽と福女に別れる。だから撮影要員、保守要員が数人ずつーたぶんここのメンバーで大丈夫。

 で、1時間に約200個並べられると見積もったら、線状なら約50個/メートル、面状なら約2500個/平方メートル必要だから、計算上作業時間を10時間に見積もっても…あ。」

 「松良あかね様、どうしたのですか!?」

 「しまった、日生楽での人集め、考えてなかった…」

 ヒューマンエラーと言うべきか否か。俺は松良さんがどうにかしているものと思っていたが、今にして思えば強制参加を嫌う峰山さんがいる状況で生徒会長が参加を呼び掛けるのも難しい。

 「ど、どうする…?私、友達とかいない…」

 …はあ、仕方ない。

 「俺が何とかする。」

 「え、でも木戸君も、友達いないよね…?」

 「そうだけど、でも…

 まあとにかく、あてはある。」

 …くそっ、あるっちゃあるがなあ。

 

                    ―*―

2045年6月13日(火)

 「で、手伝ってはいただけませんか?」

 「…木戸さん、私にメリットは?」

 「いえ、でも、その、がっかりはさせないかと…」

 「うーん…」


                    ―*―

 「日生楽の松良様と、ですか…相生様、松良様とお会いできますか?」

 「いえ、できないことはないのですが、その…」

 「ではちょうど良かったです。父も松良様とお話がしたいと…」

 「そ、そういうのはダメです。他事を持ち込むのは一切ダメだと言われておりますので。」

 「あらら、そうですか…」


                    ―*―

 「情けは人の為ならず、いいでしょう。お友達にもお誘いを…」

 「あ、いえ、直接誘いますから、会わせていただけると…」

 「…意外ですね。」

 「え?」

 「いえ、木戸さん、あまり私たちとかかわりたがらなさそうでしたから。」

 「そんなことはない、ですよ…」


                    ―*―

 「松良様とのパイプは欲しかったのですが…相生様、父母の知らない相手とお遊びするのは禁止されておりますの。すみませんが…」

 「そこをなんとか!私も説得いたしますから!」

 「…期待しないでいただけますか?」


                    ―*―

 きっと今頃、優歌たちも頑張っているのだろう。

 …はあ、気が進まない。

 「神室、話、いいか?」

 -神室は、そっぽを向いたまま応えた。

 「何よ、木戸。あなた、あれだけあってまだ何か言いに来たの?」

 「…ああ。神室の動員力を見込んで。」

 「…ほんとに今さらね。木戸、あなたが私に、女神…っ、松良さまのことを知らないって言ってから、求心力が目に見えて低下したの、知らなかったの?」

 「知るか。それがわかるくらい社交性があるなら、そもそもあんな騒ぎにしてないだろ。」

 「それもそっか。で、何?言っとくけど、私まだ木戸を疑ってるから。」

 「そりゃ嫉妬だろ。」

 「嫉妬?私が?ありえない。」

 …舌打ち…

 「女神女神って言っておきながら話しかけられないくせに、俺が向こうから話しかけられたから恨むのは、そりゃ筋違いだろうに。」

 「よくもまあ本人目の前にずけずけ言えるわね。そんなだと友達失くすわよ。いえ、もういなかったっけ?」

 「たった一人に話しかけることすらできない女王様よりは、孤独じゃないつもりだ。」

 「…言ってくれるわっ!いいじゃない!話しかけるくらい、して見せるわよ!」

 「そう、じゃあ、せっかくだし、話しかけるついでに申し出て欲しいことがあるんだけど。」

 「何?」

 「松良さんの、力になれること。どう?まずは恩を売って始まる友達関係も、お互いが幻滅しないなら、悪くないと思うけど。」

 -友達の友達が、必ずしも友達でないのなら。


                    ―*―

2045年6月14日(水)

 ああ、めが…っ、松良様。 

 ー「話しかけるくらい、して見せるわよ!」

 ああ、でも、畏れ多い、というか、でも、そんな…私ごとき、声をかけるなんて…

 ー「で、神室は?

 女神だのなんだの言いながら何にも知らない神室は、どうするんだ?何をすべきだと思うんだ?何をすべきか、それすらも知らないで、何してるんだ?」

 …私は、どうすれば…


                    ―*―

 「それで木戸、まさか保険ですかー?」

 「保険って…まあ否定はしない。」

 「もう、女を保険でもう一人押えておこうだなんて、やっぱりSですね。」

 「言い方!」

 だいたい、よく考えなくても、計算高くともサディストの証明にはならないだろう和泉!

 「とにかく、神室さんが動けなかったら、わたしが代わりにファンクラブを招集して、説得に力添えすればいいんですね?お安い御用です!ただ…」

 「ただ?」

 「何かリターンを。」

 えー……チョー気が進まないんだけどー。

 「たぶんあいつらは髪の毛一本で満足するでしょうけど、わたしはそうですね…うん、松良様の笑顔を一枚、撮らせてもらえませんか?」

 「髪の毛…はたぶん強制返却。」

 「えっ」

 当たり前だろうが!何かの拍子にDNA検査にかけられたら大騒ぎ間違いなしだぞ!ーとは言えない。

 「意外に不純な連中だな。」

 「わたしが異端派だって言うのもありますからね…大丈夫、皆さん、別にわたしみたいにアホなこと言わないと思いますよ。

 あ、でも、笑顔だけじゃ物足りないから、アへ顔も…」

 …おい!

 「とりあえず、和泉に頼らなくてもいいように願うよ…」

 「はは、冗談ですって。ね?」

 俺の顔にカメラを向ける彼女を見て、「ホントか?」と、そう思わずにはいられなかった。


                    ―*―

 「さっきから、なんで私のこと尾けてるの?」

 -見失ったと思ったら、背後から話しかけられた。

 「ひっ…!め…っ、松良さま、どうして気づいて…」

 「うーん、完璧だったんだけど…言っていいのかな…」

 話し方も、しぐさも、凛々しくない…

 …か、かわいい…そんな、かわいさまで完璧だなんて…!

 「…言っちゃうね、うん。監視カメラに写ってた。」

 肌身離さないタブレットに、私の姿がばっちり。

 「ここだけの話、校内のカメラ網は抑えてるし、後、うちの会社の宅配ドローンのカメラとかにも映ってる…」

 「そ、それじゃあまさか…」

 -冷や汗って、こうやって流れるのね…

 「…時々、ストーキングしたりさせたり、遠くから双眼鏡で見たり、してたよね…?」

 「は、はい…」

 -バ、バレてた…

 「うん、えーっと…」

 ずっと聞きほれた美しい声が、今の私には、死刑宣告にしか…

 「とりあえず、私の髪の毛、返して?そうしたら、そう…隠れないで、正面から話してほしいな。」

 おずおず。

 穴があったら生き埋めにしてそのまま忘れてほしい。

 「…私、松良さまのこと、尊敬していたんです。ですから、つい…」

 「えっ…そんけ、い…?

 …私、そんなこと思われる資格、ない、よ…」

 「で、でも、かっこよくて、凛々しくて、頭脳明晰で、でもどこか抜けていて、髪がきれいで、白くて、運動できなくてか弱くてで、私はそんな松良様のすべてをお慕いして…っ!」

 「…これを見ても、そんなこと、言える?」

 松良さまは、私を正面から見ながら、髭剃りのような器具で手のひらの甲を一撫でした。

 -瞳、こんなそばで、見たことない…灰色だったのね…

 肌も、シミ一つない…灰色?


                    ―*―

 -どうしてこんなことをしたのか。

 木戸君、優歌さんに明かして、精神的なタガが外れていたのか。

 それとも、自分を卑下しているつもりで、実はストーカーにショックを与えたかったのか。

 それともズルで得られた評判への、ただの罪意識による自傷行為なのか。

 -とにかく、木戸君には受け入れてもらうために知ってもらいたかったけど、でも今度は、受け入れてもらわないために知ってもらおうとしていた。

 「私ね、サイボーグ、なんだ。

 この肌も、目も、見て?

 中の神経は全部鉄。」

 「あ、あはは、松良さま、御冗談の才能はないんですね。」

 「ううん、ほら、だから、電子機器と接続だってできるし

 -接続ー

 -転送ー

 -表示ー

 こんなふうに、見ているモノをタブレットに移すことも、逆にスパコンから記憶を引き出したり、考えたりだって思いのまま。」

 抱き合ったまま相手の背中からこっちへ槍で刺し貫くような心の激痛を、

 ー削除―

 「神室さんが見ている私は、システムの私。ボタン一つでデリートの私。

 ね、それでも、慕う?尊敬、する?」

 「ま、松良さま…」

 -神室さんは、一歩一歩後ずさり、逃げだした。

 掌握済みの校内ネットワークから、神室さんが早退手続きを申請、受理されたことが伝わってくる。

 ー削除―

 -なんでだろう。さっきまで何があったんだろう。

 -とにかく、哀しいことがあったような気がする。


                    ―*―

2045年6月15日(木)

 相生久留実は、政治家の娘だと言うのに、しがらみを必死で排除して勧誘を実践した。

 「李下に冠を正さず」を地で行き、仲のいい相手より微妙な相手を優先した。

 -少なくとも、戸次照佳の報告と彼女の示した福女生のSNS等を参照するに、そういうことになる。そしてまた、木戸優歌もなじみらしい松良あかねのネームバリューを自分だけ特別には使わなかったし、助言も求めなかった。

 「公平公正。うん、この結果は認めるわ。」

 -木戸優歌、42人、相生久留実、53人。

 「どうしても、発し手の真心とは別に受け手の思惑が混じるのは不可抗力。がんばったんじゃない?木戸優歌も。」

 私がそう、相生久留実の勝利を告げると、戸次照佳はうつむいた。

 「峰山さん、いつ、お二人に伝えたら…」

 「実際に人員が集まったらね。それ以上の引き延ばしは不可能よ。」

 「はい…あの、これでもしお二人の仲がこじれてしまったら…」

 「その程度の仲なの?あなたが守りたい友達は。」

 「でも、不安で…」

 「なら、マリア様にでも祈りなさい。」

 私は嫌神論者だけど。


                    ―*―

2045年6月16日(金)

 部活の朝練の時間帯。

 「おい、こんなに早くて大丈夫なのか?」

 「そんなことはないですよ。招集に来なければ松良様のファンじゃない、そう言って朝練くらいなくせる連中です。」

 いや、心配してるのは早く集めて大丈夫かではなく、昨晩伝えた招集時刻15分前の時間に来て、すでに集まってる青みがかった髪の毛を手首に巻いた連中の頭が大丈夫か、なんだが和泉。

 「木戸君、短い青春、バカ、ムチャしないと後悔するよ。」

 「…先生、老けてますね。」

 2時間も前に来て教室のカギを開けてくれたと言う鈴木先生が、雑談する連中を遠い目で見ている。

 「にしても、神室さん来ませんね…」

 「別に来ても来なくてもおんなじだ。とはいえ、はあ。」

 むしろ、よこしまさがある和泉のほうが盲目的に崇拝する神室より信頼できる、そんなことすら考えて和泉を保険にとっておいた上で神室をけしかけた俺としては、「その程度だったか」と言いたい。 

 「あれ、和泉さん、そいつ、木戸じゃないですか?」

 「そうですねー。なんか話があるらしくて。」

 -和泉が余計なことを言ったばかりに、場がザワザワしだした。やっぱり信頼できるは撤回。

 「え、なんだ?」

 「付き合う、とかじゃね?」

 「そんな、私たちの女神が…!」

 「ちょっと木戸!」

 「…ホントに、こいつら大丈夫なのか?」

 「あー、うん、わたしじゃちょっと、ねえ…」

 「しかたない、少し早くなったけど、俺が始めるか。」

 こいつらを止め、ついでに今日放課後+週末の協力を取り付ける。まあ、これも松良さんと愛妹のため、だ。

 「…その必要はないわ、木戸。」


                    ―*―

 タブレット端末に映し出された私の顔を見た時、私は瞬間に、「本当なんだ」「本当に、松良さまは普通の人間ではないんだ」と、思った。

 凛々しいふるまいも、あふれ出す知性も、危うい無邪気さも、全て機械仕掛けの蜃気楼、デジタルデータ。

 -なら、私が信じて、敬ってきたものは?

 ー「で、神室は?

 女神だのなんだの言いながら何にも知らない神室は、どうするんだ?何をすべきだと思うんだ?何をすべきか、それすらも知らないで、何してるんだ?」

 今なら、木戸の言葉の意味が分かる。

 私はー

 …全部、偽りだと言うのなら。

 パチッ。

 私は、ただただ削除するため、端末をパソコンにつないだ。

 女神さまの、お美しい笑顔。

 削除ポチッ

 女神さまの凛々しい演説姿。

 削、除(ポ、チッ)

 女神さまと同じクラスになったときの集合写真。

 さ、さく、じょ…っ!

 動け、私の指…っ!

 -できない…

 -だって、これ、偽りじゃない、から…


                    ―*―

 「木戸、和泉」

 「神室…」

 「な、なんですか泣くなんて…!」

 「ありがとう、あなたたちのおかげで、気づいたわ。『松良さまは松良さま』って。私、何も知らなかったのね。

 …女神なんかじゃ、ないじゃない…っ!」

 神室は、異様にすっきりした表情だった。そして『松良さまは松良さま』と言う言い方に

 ー 「俺は、松良さんが松良さんなら、宇宙人でも未来人でも超能力者でも異世界人でも、やっぱり松良さんであることに違いはない、そう、思ってる。」

 思いっきり憎たらしく感じた。どうやってか真実を知ったにせよ、コイツは敵だ。

 「和泉、写真データを、全部、渡しなさい。」

 「え、イヤですよそんな…」

 「とにかく!私、一度全部消しちゃったから。」

 「「「「「なんだって!?」」」」」

 「じゃあ神室、そんな変態じゃなく、本人に頼めよ。『いっしょに撮らせて』って。

 …ついでに、データを救出してもらえるかもしれんぜ?」

 「そうね…。

 …松良さまファンの皆!」

 「「「「「「「「「「おう!」」」」」」」」」

 「木戸のように、松良さまのことを知りたいか!」

 「「「「「「「「「「おう!」」」」」」」」」

 「木戸のように、松良さまを隣でお支えしたいか!」

 「「「「「「「「「「おう!」」」」」」」」」

 「木戸のように、松良さまの友達になりたいか!」

 「「「「「「「「「「…おう!」」」」」」」」」

 「松良さまと一緒に、集合写真に写りたいか!」

 「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「おう!」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 ー正直、ドン引きだった。


                    ―*―

 チャイムが鳴ると同時に、ドタドタと音がして、教室に人が集合してきた。

 全員が、私の前で、時代劇の家臣みたいに膝をつく。

 「「「「「「「「「「松良さま!」」」」」」」」」

 …えー!?

 「あの、木戸…どうなってる、の?」

 「…ファンクラブ。ごめん、俺がたきつけた。」

 「…いいんだけど、え、ファンクラブ?」

 演算加算を用いたい欲求に駆られるくらい、思考が追い付かない。

 「一応これでも丸くした。」

 「あ、うん…

 …えーっと、お手伝い?」

 数十人いない?

 「はい、そうです。」

 リーダーらしき見覚えがありすぎる女子が、進み出てきた。差し出された手を、鉄混じりでクリームの乗る手で握り返す。

 「…神室さん、立ち直ったんだ…ごめんね。」

 「そんな、謝られるだなんてもったいない…松良さまは松良さまですから。私こそ非礼でした。」

 …「私は私」か…なんでだろ、木戸君や優歌さんの時ほど、心が動かない。

 ーそれは後でログでも参照するとして。

 「じゃあ、いい?おいで。」

 「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」

 うわー

 …いいけどさ、私?

 「あの、松良さま…」

 「神室さん、何?」

 「あの…友達になっても、いいですか?」

 「…こんな私で、いいの?」

 「松良さまだからこそ、いいんです。」

 「じゃあ、今日から、友達、だね。」

 「はい!」


                    ―*―

 「そろそろ、発表しますわ。」

 相生さんと木戸さんが、息を呑まれます。

 「結果は、相生さんが53人、木戸さんが」

 「すみません、中学の先輩方、ドミノを並べるから手伝ってくださいということでしたが…」

 …え!?

 -木戸さんの前に集まってきたのは、わたくしもかつて通っていた、福音女子小学校の制服の小学生たち。

 「ま、待ってください、木戸さん、小学生も誘われたのですか?」

 「え?だって、人手は多いほうがいいですよね?」

 「い、いえ、それはそうですが…

 …相生さん、どうしましょう。」

 -どう見ても、小学生は11人以上いました。

 「どう、とは…」

 「あの、小学生たちを含めるかどうかで勝敗が変わってしまうのです。」

 「それは…松良様に問い合わせましょうか。」

 「そうしますわ。」

 文面を打っていると、相生さんが肩を叩きました。

 「どうしましたの?」

 相生さんが、後輩たちにドミノ倒しについて説明する木戸さんを指し示します。

 「あ、いえ、別に優歌さんに私たちを出し抜くつもりなどないのですね、と。

 …ほら、私たちー」

 -かつては、あんな純粋な目をしていたのですね

 「…松良様のように、ですか…そうですわね。」

 ー以心伝心も、良し悪しですわ。

 「照佳さん、私、会長は譲ります。」

 「あ、相生さん!?」

 「私より、優歌さんのほうが、風通しがいいですから。

 優歌さん…」

 「あ、戸次さん、相生さん、すみません、大事な話なのに抜け出してしまって…」

 「いえ、優歌さん、私は降ります。ですから優歌さんは、後輩たちを無垢なままでいさせてくださいな。」

 「は、はい…?」


                    ―*―

 「松良さん、峰山さん。」

 「何?」

 「どうしたの?」

 「いえ…優歌から、相生さんに立候補を譲られた、と…」

 「譲られた、ね…」

 「今度、お祝いするね。」

 いや、松良さん、まだ会長選は始まってもいないが…

 とにもかくにも、懸念はすべて解決されたことになる。後はただ、並べるだけだ。


                    ―*―

2045年6月17日(土)

 「松良さま、となり、いいですか?」

 「いいよ神室さん。」

 改めて、松良さまを間近で見る機会を得る。

 -ああ、やっぱりきれいな髪。 

 青緑系を帯びて、濡烏ぬれがらす色をしているように見えた黒髪だけど、近距離だとはっきり青みが入っている。

 「あ、髪の毛盗んじゃだめだよ。」

 「あ、すみません…」

 「…そんなにきれいかな?鉄色の髪の毛なんて。」

 「松良さま…そんなに、卑下しないでください。」

 「そうだね…はい、やっぱりあげる。」

 ピッと音がして、私の手首を、松良さまがつかんだ。

 「はい。」

 「え...?」

 手首に、きれいな黒の髪の毛…え!?

 「間違って事件現場とかに落としてこないでね。分析されたらいろいろあるから。」

 「い、いや、そんなところ行きませんけど…え、いいんですか?」

 「友達の、秘密だよ。」

 -ああ、やっぱり、松良さまにはかなわない。

 -ああ、松良さまの傍に来れて、良かった。


                    ―*―

 「進捗は?」

 「8割ってところ。ただ福女の方は進みが悪いかもしれない。」

 松良さんがタブレットの校内地図を示す。

 「まあそれは…男子もいないしな。」

 まさかことあるごとにティータイムして遅れが出たわけでもあるまいが。

 「それで、終わりそうなの?」

 峰山さんが、ドミノをもてあそび、言った。

 「ああまあ。特にトラブルがなければ、帰りには万全の状態にできる。」

 「そう。で、私は何をすれば?」

 「峰山さんは全体を見回ってほしい。つながってないところとか、夜の間に崩れそうなところとか。それで松良さんは優歌と連絡を取って、福女側の指揮を頼む。」

 というか、いるだけで士気が違う。

 「俺は俺でギミックを確認する。」

 「了解。」

 「任せて」

 さあ残り数時間、せいぜい頑張るか。


                    ―*―

 「峰山さん、どうしたんだい?」

 「鈴木先生…何の用?」

 「いや、何を悩んでいるのかな、と。」

 「別に悩んでなんかいないわよ。」

 「つまり、考えているんだね?それとも…

 …調べている、とか?」

 「…それ、勘だけで言ってるの?」

 「いや、僕も同じことを考えているから言っている。」

 「何それ。」

 教師なんだから聞けばわかる…というレベルのことでもないのね、やっぱり。

 「先生は、どこが怪しいと思うの?」

 「ほら、松良あかねの両親に関する捜査資料だ。」

 「…15年前の食中毒事故に関するものね。」

 「不審死そのものだよ。毎年全国でフグ中毒は数十件あるがほとんどが素人料理、おまけに死亡にまで至る例はそうそうない。二人同時にハズレをクリティカルに引くとはね。」

 「警察はただの不注意って断じたんでしょ?」

 「峰山さんだって警察を信じてはいないくせに。」

 「私、別に無政府主義者アナーキストじゃないわよ。」

 「…で、峰山さんが気にしているのはさしずめ、『松良さんが賢すぎる』、というよりは『松良さんが高スペックすぎる』と言ったところ?」

 「先生も?」

 鈴木先生…同じ天才として、感じるものでもあるのかしらね。

 「とりあえず、峰山さんに、この捜査資料のコピーを進呈しよう。」

 「…あなた、ホントに教師?」


                    ―*―

2045年6月18日(日)

 「異常はないわ。」

 「あかねお姉さま、こちらにも異常なしです!」

 「仕掛けは全部OKだ。」

 「カメラ、いつでも行けます。松良様!」

 「福女も、カメラ班OKです。送信開始します。」

 「うん。来てる。」

 わざわざする必要はないけど、教室のテレビに流れる、相生さんの手持ちカメラの映像を目で確認する。

 「行くよ。それっ!」

 コツン。 

 コツ、コツコツコツコツ…!

 教壇の上で倒れたドミノは、次々倒れ、教壇の端で転落した。

 木戸君と峰山さんの手を引き、駆け足で後を追う。

 転落したドミノに倒されて連鎖し、ドミノはスムーズに教室の外へ。そこで緩くカーブし、廊下を突き進んでいく。

 カメラを構える和泉さんが、カニ走りであっせあっせと危なく並走しながらも、レンズから目を離さない。

 旋回、階段を倒れていくドミノは、ちょうど真ん中の段で、置いておいた端末に落下した。

 端末の通話ボタンが、押される。


                    ―*―

 ところ変わって、歴史あるカトリック系ミッションスクール、福音女子中学。

 端末が、通話通知で振動する。

 斜めの板の上で振動する端末は、徐々に下へズレ、そして、板からはみ出して、階段一段下にあったドミノの頭をつついた。

 相生久留実が、カメラをズームにしてドミノを映す。

 徐々に傾いたドミノは、そしてついに、次のドミノにもたれかかり、一緒になって、倒れた。

 階段を次々落ちていくドミノは、続けて踊り廊下を、マリア様の肖像画に見下ろされつつ駆け抜ける。

 瞬く間に螺旋外階段にたどり着いたドミノは、そこでコツコツ転がり落としていき、途中で、空中に張られた細いヒモをひっかけた。

 ひもに重さがかかると、両側の階段の手すりという不安定な場所にあったヒモの重しが引かれて落下し、ヒモが振動してぴんと張った。

 手すりを超えてグラウンドの木の根元まで張られていたヒモ。重しに引っかかっていたハンガーが、ヒモに直接引っかかっるようになって揺さぶられたことで、そこを滑り降りていく。

 ハンガーの先が木の根元のドミノを倒し、一部始終を撮っていた端末に倒れこませる。

 ビデオ会議アプリが、終了された。

 

                     ―*―

 〈ホストは、会議を終了しました。〉

 はるか福女からの通知が、端末を震わせる。

 カバーを使って垂直に立てられた端末が震え、カバーの折り畳みでできた溝からビー玉が転がり落ちる。

 -まあ、こんなに小道具を使ったらドミノじゃない、人はそう言うかもな。

 ビー玉が転がり込んだドミノピラミッドが、見えない怪獣の襲撃を受けたように崩れ去っていった。

 およそ7色のドミノが、緩やかな扇を描いて倒れていく。そのグラデーションは、まさしく虹。

 そして虹の端っこのドミノは、今時珍しいレバー式リモコンをうつ伏せに押し倒した。

 レバーが、少しだけ引かれる。


                     ―*―

 ホバリングしていた球形ドローンが、フイッと高度を上げました。そのまま上昇して、アベリアの植木に突っ込み引っかかります。

 ドローンがぶら下げていた定規が垂直に持ち上がり、定規にもたれかかっていたドミノが、定規の向こうのドミノへともたれかかります。

 コツコツ、コツコツコツ…!

 -気象条件を加味して、ドローンを回収できなおかつドローンが上がる以外で定規にもたれかかったドミノが他のドミノを倒したりしない場所と条件の検討。あかねお姉さまは、やはりすさまじいです。

 そしてレンガの上を小気味良く倒れ行くドミノは、福女の象徴、校内教会前へ。

 一気にいつしか誰もが、両側に並んでドミノを見守ります。

 コツン。

 最後のドミノが。

 倒れ。

 ボタンが。

 叩かれ。

 スピーカーからゆっくり聖歌が流れ始めた時、私たちは確かに一つになって、口を開いていたのでした。


                    ―*―

 リモコンに倒されたドミノから始まる連鎖は続き、そして渡り廊下へ。そこでヒモを引いて、渡り廊下の、人の腕ほどもある角ばった手すり上のドミノを引き倒す。

 手すり上のドミノは私が視界内ゲージで計った通りに整然と倒れ、一つも下に落下せず、微妙な湾曲によって渡り廊下の端で最後の一個だけ内側に転落。下にあったドミノピラミッドを崩し、部室棟2階へ突入した。

 階段を回り、1階へ。

 -音?

 福女に置かせてもらっている端末からのビデオが、私の脳内に、優歌さんたちが声をそろえて歌っている様子を伝えてくれる。

 さなか、ドミノは開け放たれた生徒会室へ。

 コツコツ…コツコツ…!

 コツン。

 最後のドミノが。

 倒れ。

 ドミノに結んだヒモが。

 引かれ。

 ヒモの先、私の机の上の文鎮が落下し。

 文鎮落下の勢いで、もう一つ結んでおいたヒモが引かれ。

 私が朝一番で油を差したカーテンが開き。

 キーッ!

 窓に貼った、私のメッセージが、あらわになった。

 〈みんな ありがとう

 これからも よろしくね〉

 

                    ―*―

 スピーカーから鳴り響く聖歌。

 私はそのメッセージに、涙をこぼした。

 ー何も、お礼されることはしていない。

 「松良さん、こちらこそありがとう。」

 「改めて、よろしく、松良あかね。」

 -でも、木戸と峰山を見て、思った。

 ーだから、恥ずかしいけど。

 -思ったまま、口にしていい。

 「松良さま。私たちこそ、仲良くいられるだけで無上の喜びです。」

 -誰もがうなずく。

 「私も。」

 -ああ、松良さま。松良さまはすごくて、だから孤独で…

 …松良さまだけじゃない。私たちは、誰もお互いの心の隙間を埋めたがってる。誰かに、隣に立ってほしいから。

 「これからも」

 -尊敬と、そして親愛で。

 -だから私は、涙をぬぐった手を、合図に振った。

 「「「「「「「「「「よろしくお願いします!!!」」」」」」」」」」 

ちょっと駆け足過ぎる気もしますが、何分書いたのが数週間(数か月)前なもので。

次回、ほぼ最終回となっております。

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