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4 「新たなる生物の相互干渉」

 キャンプを打ち切って呼び出された松良あかねは、法律、倫理、その他もろもろ大事なものをかなぐり捨てたマッドな研究への協力要請に怒る。

 しかし一方で、両親の死が殺人ではないかと疑うあかねは、捜査協力のアメと秘密のムチで、身動きが取れない。困った彼女は木戸に協力を頼むが、事態はあかねの手を離れ!?

                    ―*―

2045年5月6日(土)

 「それで、伊達CEO、どうしたのですか?」

 「まあまああかねくん、そんなに背伸びするものではないよ。きみは、きみのままが、一番だ。」

 「残念ですが、私はあなたをビジネスパートナーとしか見られないので。」

 「それは寂しいな。せっかく、きみの両親の仇を取ろうと言うのに。

 まあそれはともかく。

 …きみに、見て欲しいモノがあるんだ。」

 「そのために、わざわざ連休に呼び出しを?」

 「至急だったからね。ほら、アレをご覧よ。」

 「…アレですか?アレは…ハリウッドの映画シリーズじゃないんですよ?」

 「ふうむ、やはりきみもそう思うかい?しかしぼくもそう思ってね。」

 「ならば、私のような犠牲者を、これ以上出さないでください。」

 「犠牲者?だってきみは、そのおかげで大きな恩恵を手に入れている。実に生物工学の一つの極致は、ぼくら人類をこうして神の領域に押し上げたのだからね。それが証拠に、定期考査は満点だろう?」

 「はあ…とにかく、アレが暴走したらどうするんですか?ここは東太平洋の孤島じゃない、山奥とはいえ、東京まで陸続きなんですよ?

 いざ逃げ出しても対魔条項がある以上駆除はずっと容易とはいえ…待ってください、まさか、例のマジックゲノムの受け皿にするつもりですか!?」

 「もともと、先方はそのつもりらしいね。もっともマジックゲノムをどこにどう組み込みどう発現させるべきかは、従来の比ではなく難しい問題で、アレは実験体だ。」

 「まさか、もう?

 私は反対です。そんな、伊達CEOに人類の命運を任せられません。」

 「たかがこれしき、核技術を作ったオッペンハイマーらやロケット・ミサイル技術のフォン・ブラウンらとどう違う?どちらもパンドラの箱のごとく災いをもたらし、しかしそこから残った希望を取り出すつもりはない。ならば、希望のために多少数千万人死ぬことがなんだ?数十億人余分に余っているのだから、有効活用したっていいじゃないか。

 まあ、きみは反対するだろうね。しかし一方、きみは常に、ぼくと一蓮托生だよ?なにせ僕がしゃべってしまえば、きみは、一巻の、終わり、なんだから。」

 「…それで、何を私にしろと?」

 「それでね、いろいろ考えたんだ。確かに逃げだされては面倒だしね。それに、マジックゲノムの効果も顕著でない。きっと思考力が足りないんだね。5年前の魔物たちの解剖写真を見る限り、奴らは脳容積が大きいようだ。

 そこでだ、きみに、『MIROKU』の使用許可をもらいたい。史上最強のスーパーコンピューターならば、リソースも、制御も充分だろう。」

 「…分かりました。でも、私は混ざりませんよ?」


                    ―*―

2045年5月8日(月)

 「あの、木戸君…この前は、ごめんね?」

 「いや、別に構わないよ。」

 父さんに「なんだ、フラれたのか?」と帰って早々言われたことを除いては。

 「それで、何だったんだ?」

 「ううん、何でもないの。会社のことだから。」

 …優歌から聞いた話、少なくとも福音女子で優歌に親しいお嬢様たちは、Electric・Bioと聞いて社長の松良尊氏のことは知っていても、姪であるはずの松良あかねは「パーティーで会ったことも、経営関係で聞いたこともない」らしい。つまり松良さんはEB社の裏で働いているー裏方か、それともそれ以上の「裏」か…

 「それでさ、えーっと…」

 「松良さん、何か、あるのか?」

 なんとなく、松良さんが、壊れそうに見えた。

 「うーん…あのさ、木戸君は、倫理って、どう思う?」

 「倫理?道徳か?そりゃあ大事だろうけど…なんで?」

 「例えばさ、実験動物って、あるじゃない?クローン動物って、あるじゃない?そういうものが正しいとは言えない。だけどそうしないとどうしようもないことが科学においてはある。どう思う?」

 「…少なくとも俺は、それをやる側の人間じゃない。」

 独りの人間なんて、無力だ。

 「だから、その利益を甘受しているのに、偉そうなことは言えないよ。」

 「うーん、目を背けたりは、しない?」

 「したくない、かな?」

 「じゃあ…

 …恐竜って、見てみたいと思う?」

 「…アメリカの映画か?」

 「もう、半世紀たつんだよ?」


                    ―*―

2045年5月9日(火)

 「ようこそ、あかねくん。あれ、そちらの彼は?」

 「お、俺!?俺は…」

 「あ、私の、えーっと…」

 「はは、あかねくんも、普段はポンコツだねえ。しっかりとフォローするんだよ、彼氏くん。」

 「あ、は、はい。松良さんの、えっと彼氏の、木戸優生です。」

 「それで、こんな平日に学校サボってきてくれて、ありがとう。ぼくはBiontrol社CEOの、伊達大作という者だ。よろしく。」

 「よ、よろしく…って、Biontrol社って確か、EB社のライバル会社では!?」

 「はっはっは、私はあそこの尊くんとは大学の同期だよ。あかねくんの御両親は兄弟子だった…惜しい人を亡くしたよ。だからあかねくんには逆らえない。それに、ご両親が開拓した分野はまだまだ発展途上だからね。ライバル社と言っても力を最大限合わせなければ、人類に新たな路をもたらすには至らないよ。

 それで、今日は、ぼくが怖い人たちに頼まれて生み出したところのアレを、見に来たんだね?

 よろしい、案内しよう。」

 「ええ、まずはしっかり確認しないことには、うちの『MIROKU』は使えませんからね。」

 「…松良さん、今日は大人モード?」

 「うん。この人はビジネスパートナー以上にはしたくないし。」

 「お近づきにならない方がいいってことか?」

 「マッドサイエンティストそのものだから。叔父もそう変わらないんだけど、この人、畏れを知らないから…」

 「と、ここだよ。いちおう、そこの扉は閉めておいてくれたまえ。」

 「扉のセキュリティは?」

 「登録された個人の生体電流のみによって、AIによるキルゾーニングシステムを作動させるか判断しつつ開閉する扉が3重ある。自動開閉システムが閉め忘れなければ、谷間からの逃走はあり得ん。ちなみに独立電源で停電もない。」

 「谷全体に被せた金網を破られる可能性は?」

 「自力で火薬を入手して山ごと発破されなければ、不可能だよ。大丈夫、ここは自衛隊のお墨付きだ。

 さて、男の子のロマン、見果てぬ夢、絶滅動物の世界へようこそ。」

 

                    ―*―

 俺の眼前に広がるのは、映画か特撮のような光景だった。唯一それと異なるのは、目をこすり頬をつねるような無意味な真似をしなくてもこれが現実だと断定できることだろうか。

 干上がったダム湖を丸々使い、草原状のところや山肌を、かの有名なラプトルにも似た恐竜が駆けまわっている。また空には、しっぽに棍棒のついた翼竜ーいわゆるランフォリンクスが飛び回っていた。

 「うわっ!」

 「気を付けたまえ、そいつはリクガメだ。」

 目の前の、軽自動車くらいありそうな丸い岩からヌッとカメの頭が首をもたげたのには、腰を抜かした。

 「一頭しかいないからね。あまり刺激しないでくれ。」

 いやいや。

 クオェ!クオェ?

 カメの甲羅に飛び乗って、上から見下ろしてくる、焦げ茶色の羽毛の生えた小型肉食恐竜。細長い頭の両側についた目が、こちらをにらんでいる。

 …やばい、あそこから飛び降りてかぎづめで引っかかれたら、致命傷だぞ…

 カチッ

 クオェ!

 ばねのように脚が跳ねて、恐竜は俺ーの隣の伊達CEOの目の前で頭を地面にこすりつけた。

 「よーしよし、いい子だ。」

 背の高さこそ俺なみだが、しかし頭から尻尾までは伊達CEOの伸長を二回り上回る、トカゲ眼の獣脚類が土下座のまねごとをするありさまは、まあ呆然ものだった。

 「いったい、どういうことですか?」

 「だから、厳密には恐竜じゃない、そうでしょう?」

 こころなしか、松良さんの語調がきつい。

 「ああ。あくまでこの『トロオドン・アーティフィキアリス』も、それから翼竜もカメも研究中の数種も、そもそも従来の生物の概念からはやや離れた存在だ。

 あかねくん、ここから先、いいかい?」

 トロオドン…?最も賢いと言われた恐竜だったか…?

 「ええ。でなければ説明になりませんから。」

 「ありがとう。どうせ理解できないだろうがね。

 さて、木戸くん、きみは動物の発生に必要な要素は何か答えられるかね?」

 「精子と卵子が受精して、受精卵に…ですか?」

 ちょっと女子の前で口にするのははばかったけど。

 「まあそうだね。もっと言えば、受精卵があればいいんだ。そしてある生物に発生させるためには、その生物のDNAを含む受精卵が必要…逆に言えば、ある生物になるDNA情報を持つDNAを受精卵、胚に入れることにさえ成功すれば、いかなファンタジック生命体であっても発生させられるんだよ。」

 それは、絶滅したはずの生物を誕生させたんなら、そうするしかないだろうに。

 「でも、化石のDNAは分解されやすいのでは?」

 「ああ。だから大変だった。なにせ生のDNAなんて手に入らないからね。一から作る必要があった。

 時にきみ、人間とバナナのDNA一致率を知っているかい?」

 「確か60パーセントとかでは?」

 「大正解だ!つまり、恐竜と一致するDNAもまた、かなりの割合で持っているのだよ。

 さらに、DNAのうちちゃんと発現しているのは全体のわずか数パーセントにすぎない。

 わかるかね?現生の動物のDNAを参考に、発現に最小量のDNAを解析、DNA鎖として創り出すのは、技術の限界ではあっても、スパコンの力を借りれば可能だったよ。」

 「つまるところ、こいつらは恐竜にそっくりになるように創ったキメラもどきだと?」

 「そう。ついでに言えば、多少の思考回路の解析をもとに、埋め込んだチップに遠隔で信号を送信、感情を誘起させる電気信号を送り、喜怒哀楽、果てはこうしてなつかせることも可能だ…今この個体は、親にじゃれているのと同じ脳波状態にある。」

 「だから襲わないんですか…」

 「そうだ。カメ以外はすべて、この仕組みを組み込んである。当然だが、ボタン一つで異常電流により脳を焼き切ることも可能だ。パニックなど発生し得ない。しかもボタンはここ、出入り口、そして東京の本社と日生楽の支社にある。完璧に、コントロール下だよ。

 すべて、あかねくんのおかげだ。」

 松良さんはそれを聞いて、嫌そうにうつむいた。

 

                    ―*―

2045年5月10日(水)

 「いやな話だよね。」

 ぽつり、深々と、松良さんは呟いた。

 「ああ。恐竜だって聞いて行ってみたけど、アレはたまげた。まったく…

 …にしても、なんでアレを作ったんだ?テーマパークにしちゃ手間がかかりすぎてる。」

 「マジックゲノムって、知ってる?」

 俺は、うなずいた。

 「あの魔物たちのDNAサンプルの中で、俗にプテラノドンモドキとかキメラノドンとか呼ばれたの、覚えてる?」

 プテラノドンモドキ―5年前の異世界侵攻で、最もインパクトがあった魔物。多くが「魔王」なる存在に作られたもとは地球の生物であった一方、一部に騎乗個体があったため異世界原産と断定された数少ない魔物。そしてまた、プテラノドンのような胴体で飛びながら、クビナガリュウのような首の中で放電系の魔法を使い、吐瀉物と思われるものをマッハ3の電磁加速砲レールガン弾体として撃ち出すという攻撃方法で、全人類を戦慄させた。

 「あのDNAを解析した人たちは驚いた。完全に爬虫類系、まるで絶滅した翼竜が異世界で生き残っていたと言わんばかりだったから。

 それで、どうしても不可解なゲノム配列を調べた結果、残ったのが、魔法に関わるDNA群『マジックゲノム』。解析されると同時に学者たちは手当たり次第にインプットして魔法を使わせようとしたけど、大腸菌、ショウジョウバエ、マウスにラットにモルモット、全部、ダメだった。知能が必要らしかったの。それで…

 …万が一異世界と再び戦う羽目になったときのことを軍人たちは、実績のあったBiontrol社に頼んだらしいの。『マジックゲノムの受け皿として、魔物に類似する生物ー恐竜を使えないか』って。

 小型肉食恐竜は知能が高い。それにもともとの受け皿にも似ている。だから、賢いトロオドン、同じ翼竜のランフォリンクス類、そして四防亀カルテットで自衛隊に深い印象を残したリクガメを選んだ。だけどまだ知能が足りなくて、それで、埋め込んだチップを通して外部の人工知能に補助させようって話になったの。EB社の専門はそういうことだから…」

 想像以上にマッドな話だった。

 「つまり、あいつらは本来、魔法が使えるのか?」

 「脳みそが足りていればそうみたい。ふざけてるけど…」

 いかなる事態も、人間が完璧にコントロールできるはずはないのに。

 「核だって宇宙だってまともに管理しきれないのに、この上遺伝子までしょい込ます気か?」

 「そう思うよね。だから私も、ちょっと懲らしめたいって、思うんだ。」

 …えっ?

 「おごりすぎだと思うから。ちょっと怖がらせようって話。」

 「松良さん、本気?」

 「…ダメ、かな?」

 …よし、その提案のった。


                    ―*―

2045年5月11日(木)

 「なるべく電子技術に頼らず、恐竜…?を誘導したい。で、そのためにもその性質を理解しなくちゃならない。で、現時点で分かっている知見をまとめたい。」

 最近、松良さんについていろいろわかってきた。彼女はただ天才なだけじゃないー完全記憶能力サヴァンと言ってもいいくらい、一度聞いたこと、したことはどうやら忘れないようである。まあ、だからこそ知識を求めるのかもしれない。

 そんなことを考えながらも、俺は持ってきた本、読みこんでおいた資料を並べた。

 資料は2種類。

 片方は、恐竜の生態に関する研究。

 もう片方は、5年前の異世界侵攻、通称「九州戦争」時の魔物についての研究資料。

 一方で松良さんも、愛用のタブレット端末のコードを昔ながらのパソコンにつなぎ、「機密」「部外秘」と㊙マークだらけのファイルを画面に映し出している。タブレット画面に触れたまま一度も指を動かそうとはしていないのは。きっと俺も知らない新技術か何かなのだろう。今さらその程度のちっぽけなことを気にする気が起きない。

 「基本的に、約1億年のブランクがありながらも、不思議にも両者の習性は似ているとされている。学者の間では、同じような環境下で生物が似たような生態を得る収斂進化であると推定されている奴だ。」

 「だけど生物としての基本構造は変わらなかったし、異世界人に至ってはホモ・サピエンスそのものだった。5年前は核実験と向こう側の隕石衝突が重なってつながったものの、神話などを参照するに、過去にも2つの世界は何度かつながったことがあり、恐竜型の魔物はその生き残りと思われる、って言うのが現在の共通見解。その上で、習性を理解すれば、あの伊達CEOを痛い目見せられるかもしれない。どう?」

 「まず最初に意識すべきなのは、あのトロオドンと翼竜が何を食べ、何におびき寄せられるか。そして次に、止める方法。その上で、完璧に誘導して、パニックを施設内に抑えないといけない。」

 「それから、事件じゃなくて事故に見せかけないと。人為的な事件だってバレたら脅しにならない。」

 「それは考えなかったな…ところで、鈴木先生は?」

 「さあ…テストでも作ってるんじゃない?」

 あっ、ヤバっ、中間考査まで10日しかない!


                    ―*―

2045年5月13日(土)

 それなりに貴重なテスト前の休みだと言うのに、俺は結局、何のためらいもなく来てしまった。

 -俺ってバカかもしれん。

 再び、使われなくなって枯れたダム。険しい山に囲まれた谷間の上を、金網が覆っている。

 「にしても、よくこんなところを確保できたよな。」

 「どうも、自衛隊がかかわってるみたい。」

 「払い下げ?」

 「ううん、ここに、異世界侵攻の時に魔物を撃ち落としていたらしくて。だから立ち入り禁止になってたところを、魔物研究調査の委託でもらい受けてるみたい。」

 「…すごい世界。松良さんも結構かかわってたり?」

 「まさか。こういう汚いことを率先してできるのは、叔父じゃ真似できないよ。…絶対褒めないけど。」

 嫌悪がいやでも伝わってくる。…でも、だったらなぜ松良さんは伊達CEOとかかわっているのか、よくわからなかった。

 「やあ、あかねくんに彼氏くんも、よく来てくれたね。

 それであかねくん、どうだい?制御と加算をできるめどは、たったかい?」

 「はい。今すぐにでも可能です。」

 「そうか。じゃあ、頼むよ?」

 伊達CEOが、松良さんにリモコンのようなものを渡した。

 「使い方は、あかねくんなら聞かずともわかるはずだ。」

 松良さんは伊達CEOをにらみ、ケーブルで愛用らしいタブレット端末とリモコンをつないだ。

 …本当に、聞かなくてもわかるのか?

 ともかくも無事3重の扉も開いては締まり、俺たち、そして松良さんの自動運転車は無事、アクリル板の外から中へ進入した。


                    ―*―

 -やっぱり、思った通り。

 かたき討ちの見返りだからと言うだけで、そうでもなければ、絶対に伊達CEOに協力なんかしない。この人は、叔父より数段酷いマッドサイエンティストだ。

 私は手始めに、この研究所のシステム全体を掌握しておくことにした。でないとおっかなくて仕方がない。

 -接続―

 -閲覧ー

 -同化ー

 -移譲ー

 急降下してくる翼竜ー「ランフォリンクス・アーティフィキアリス」に向けて、リモコンのスイッチを押す。

 翼竜は着陸し羽をたたみ、すり寄ってきた。獣脚類のように獰猛そうな顔に、ギザギザでジッパーのように噛みあう、鋭い小さな歯。

 「食べる?」

 木戸君が煮干しを地面に置くと、私より少し小さいくらいの翼竜はクルクル鳴きながら煮干しを加え、口を上にあげて呑み込んで見せた。

 「魚食性って言うのは本当か?」

 「とすれば、人工飼料しか与えられない状況は良くないよね。」

 「ああ。たぶんこの山の様子からして、虫はいくらでもいそうだけど、それでは狩りを学んだことにならない。なんというか愛護団体の餌食みたいな環境…」

 木戸君が翼竜の頭を撫でると、翼竜は不思議そうに首をかしげた。


                    ―*―

 どれだけBiontrol社として、それ以前に個人的に、松良あかねという天才的頭脳に期待して、投資してきたか。それを考えると、今のあかねくんの成長ぶりはうれしいものだ。

 「さあ、見せてくれたまえよあかねくん。」

 私がそう指示すると、あかねくんは専用車の座席に彼氏くんと乗り込み、そして手を振り返した。

 -まったく、愚かなものだ。

 -文明は常に、使う者と使われる者からなる。そうして使われる者を犠牲に、世界はかくも繁栄してきたのだ。とすれば、いずれ誰かが行ったであろうことをぼくが実行しているのは、まごうことなき正義に他ならない...犠牲になれる者がそれを感謝しないのは欠陥以外の何でもあるまいに。

 「よし、まずはあのトロオドンからだ。さあ。」

 トロオドンが両手を振り上げる。…何を見せてくれる?

 クォレ!

 クォレ!!クォレ!!

 -鳴き声とともに、照明が消えた。

 「あかねくん、これは?」

 「原因不明です。おそらくは物理的に回路が損傷しているものかと。」

 「損傷個所はわかるかね?」

 「しばらく…わかりました。修理しておきます。」

 トラックが、ダム周回道路として作られた旧道を走り去っていく。

 研究所に何が起きたか知りたい。ぼくもバイクに飛び乗った。


                    ―*―

 羽毛恐竜の仲間意識は強い。

 そしてまた、しょせん爬虫類である翼竜は、本能にあらがえない。 

 ー伊達CEOは、魔法恐竜の力を引き出すためにスパコンが必要だと主張したらしい。でもそれは、隕石が衝突しなければ人間と同じように文明を築いただろうとすら言われたトロオドンの知能をなめてやしないか?

 -実際、俺たちがしたことは、たった一つー鮮魚のドローン宅配を、ちょうどこの上空を通過するように注文しただけ。でも、それだけで充分。

 魚の臭いに、生まれてから一度も生の魚に出会ったことすらないかわいそうなランフォリンクスは、はるか上空を飛んでいるドローンのことだと言うのに興奮して騒いだ。

 狂騒して飛び回るランフォリンクスは、ドローンの行く方角へ誘導され、区域を取り囲む山と金網の境目に潜り込む。一方で、敏捷さと賢さから、トロオドンは犬猫と同じ生態系ニッチを占めると予想できた。つまり、嗅覚が優れているー外界の臭いを嗅ぎつけられるだろうくらいには。松良さんも、金網と岩盤の間に俺の予想通りトロオドンの巣が見つかって、頭を抱えていた。

 ランフォリンクスが殺到したことで、抱卵中のトロオドンは警戒心を強める。どうして停電したのかは知らないけれど、松良さんが何もしていないと言うならトロオドンが―驚くべきことにーどこかの線を切ったのだろう。

 -そしてそんな中で、爆音あげて走るバイクが現れたらどうなるかー

 ーちょっとは痛い目見ろ。ざまあ。


                    ―*―

 そんなこと、ありえない!

 私は、伊達CEOがいかに何も考えていなかったのか思い知らされて、絶句した。

 突然の停電は、私のせいじゃない。 

 厳重にシールドされたトラックの中にまで進入した、電磁パルス(EMP)攻撃。一足早く車内に入っていなければ、私もどうなったかわからない。

 「木戸君、私…

 …誤ったかもしれない。」


                    ―*―

 出所不明の強烈なEMP攻撃は、何も廃ダムだけを襲ったわけではない。複数の県で影響が観測されたものの、実被害は幸いなかった。異世界侵攻以降、EMP攻撃の脅威が何度も取りざたされたおかげだろう。

 しかし、それで隠しおおせるかと言うとそうはいかない。

 「どういうことですか朝本陸将!」

 「まあ落ち着いてくれ。幸い場所は特定できている。急いで部隊を急行させるから君は」

 「いえ、閣下、ごまかすのはやめにしてください。『門』が開いたわけではないのでしょう?」

 「おや、わかってしまうか。隕石も落ちていないし仕方がないか。でもそれで何か問題が?」

 「大ありです!最後の日、全ての魔物、異世界人は強制送還された。とすればこの魔法ーバギオの『意変光ライトシフト』を行ったのは、合理的にこの世界、地球産の生命体ということになる。」

 「結構なことだ。これで我が国はもし次侵攻されても対抗手段を得られる。」

 電話口で、軍人は口角を釣り上げた。

 「絶ッ対にろくなことになりませんからやめてください。アレはあなたが思うほど簡単なものでも手に負えるものでもない。あんたは、世界そのものに手を出そうとしている!」

 「君は一度、その高みにたどり着いたのだろう?しょせん本官は、それを追っているに過ぎないんだから。本官を恨んでも、状況は変わるまい。

 君だって知っているだろう。魔法を研究しているのは、何も我が国のみでない。いかなる縁であろうと多く手札を確保できたのなら、それを生かせなければいずれ未来がないよ。」

 電話口で、かつて魔王だった一般人は唇をかんだ。 

 「くそっ、計画を前倒しにせねば、話にならない、か…」


                    ―*―

 バイクが、突然前のめりにひっくり返る。

 「くそっ!なんてこった!」

 伊達大作は、バイクを立て直そうとして、眉をひそめた。

 前輪に絡まる、ツル。その端は、一方は谷底、一方は森へ続いている。

 ツタが、ズルズルと落ち始めた。伊達はバイクをツルから引き離そうとしたが、しかしイバラだったのか「イテッ!」と叫んでツルから手を離してしまった。

 次の瞬間、ツルがズルズル引きずられ、バイクが谷底へ転落していった。

 クォレ!クォレ!

 勝利の叫びが響き渡る。

 トロオドンたちが、谷底でツルを振り回し、歓喜していた。

 

                    ―*―

 回路が、ショートしていた。間違いなく、EMP攻撃の結果だ。

 「ごめん、木戸君、私、外に出れない。」

 座席の窓のシャッターを下ろす。

 「そんなに危険になってるのか?」

 「ううん、違うの。

 …伊達CEO、マジックゲノムを恐竜に組みこんで魔物の再現をしてるって言ってた。でも、具体的に何の魔法かは言わなかった。

 どうせ、マジックゲノムは『魔法に関わるゲノム』、だからどのゲノムがどう作用してどんな魔法を使わせるのかはわからない。だから知らなかったんだろうけど…

 …この停電を起こした電磁パルス攻撃、このダムの中ートロオドンたちから出てる。」

 「なっ、じゃあ、トロオドンの魔法は、EMPを引き起こすってことか?」

 「そう。具体的には、何らかの方法で電子を大量に発生させて、強力な電磁波をまき散らして周囲の電子機器をあらかたショートさせる手段がある、そう言うことになる。」

 「でも、人体に影響はないんだよな?」

 「…木戸君にはないはず。でも、私はそうも言ってられないから、車を離れられないの。だから、万が一の時はよろしくね?」

 今施設内で動く電子機器は、私の命にかかわるために核戦争でも直撃しなければ耐えられるこの専用車のみ。だったら、電源が落ちただけで雲が晴れ日差しが差せば明るくなるとは言ってもいられないし、そもそも私が頑張らなくてはここを出られない。

 …面倒なことになって!

 

                    ―*―

 飼い犬に手を噛まれるとはよく言うが、飼い恐竜に身体を噛みちぎられては困る!

 様子をうかがってくる3体のトロオドンたち。大きさは俺と大して違わなくても、鋭い手足の爪、そして口から覗く歯を見るに、大学時代たしなんだ柔道ではちょっとどうにもなりそうにない。

 -止めるか。

 スペアのリモコンを押し…アレッ?

 手ごたえが、無い?

 いや、停電に影響を受けるはずがない。これは乾電池式だ。

 -すると?

 端末も壊れていて反応しない。いよいよか。

 腕を白衣から抜き取る。

 一歩ずつあとずさり、そして木の隣に立つ。

 リモコンを放り投げる。

 トロオドンたちの爬虫類気質な瞳が、宙を動くー今だ!

 白衣を枝に被せ、木の陰に隠れる。

 トロオドンうち一体が、頭の上の、トサカのような羽毛を逆立たせた。

 体表に、いくつもの同心円の模様が浮かび上がるー来た!

 トサカが環状に開き、火花が散った。間違いない、電光攻撃だ!

 リモコンが、煙を吹いて地面を転がるーああ、回収したい。貴重な研究資料!


                    ―*―

 暗雲が、空に渦巻いている。

 トラックが走ると、トロオドンたちが道を空けた。

 吊るされた白衣の横に、伊達CEOがいる。

 「あかねくん!きみはやはりすごいぞ!」

 「伊達CEO、私は何もしておりません。」

 「何...?では、まさか隠していたとでもいうのか?せいぜいがトカゲなんだぞ?」 

 「そのトカゲのせいで俺たちは追い込まれてるんですけどね!」

 伊達CEOを乗せ、トラックが走りだす。

 「不味い…!」

 松良さんが、消え入りそうな声でつぶやいた。


                    ―*―

 「彼ら」は、生まれた時から、よくわからない不思議な力を持っていた。

 餌を食べたい、敵を倒したい、そう、「何かを痛い目に合わせたい」と思うと、何だか頭がピリピリして、力がみなぎってくる。その力を身体に巡らせると、頭の毛が逆立って、身体の周りがびりびりしてくる。

 仲間がいやそうな顔をするので、ずっとその力は使わないことにしてきた。だけど、翼竜に変な回る足を持つ臭い動物が現れれば、子育てを始めていた彼らの考えは変わる。

 -この力を使ってでも、この変なところから、逃げないといけない!

 クォレ!

 クォレクォレ!

 クォレ?

 クォレ!

 総勢10匹の群れは、しばし電光をほとばしらせる。そして、空を見つめた。

 ーあの変なツルみたいなのは、隙間なく固定されている。じゃあ、もう、ツルをぶっ壊すしかない!

 「彼ら」は、空でゴロゴロ音がすると、何だかすごい光が落ちてくるのも知っていた。そして音が、力を込めると大きくなるのも。

 一斉に、放電する。

 立ち上がって環状に開くトサカから電光が上へとほとばしる。

 ー実のところ、「彼ら」は、何も知らない。

 -力、すなわちかつて自衛隊を震え上がらせた魔法「意変光ライトシフト」は、ガンマ線から可視光から電磁波までひっくるめたすべての「光」を変換する。不完全な彼らはすべての光を電磁波に変えることしかできないが、それは周辺大気の電離率を引き上げ、電子の奔流を振りまき、空気の誘電率を100%近くまで引き上げる。結果―

 ビシャン!

 ー雷が、鉄槌のごとくに、暗雲を引き裂き導かれた。

 神話のような光景。

 金網に紫電が染み渡り、火花が散って塗装が剥がれ落ちた。


                    ―*―

 身体の表面ー準静電界がひりつく。

 強烈な電磁波。

 そして、落雷。

 「これは、どうなっている?ほう、興味深いが…」

 伊達CEOまでもが、私に心配の目を向ける。

 「…松良さん、雷怖いのか?」

 「う、うんまあそんなとこ…かな?」

 -木戸君に、本当のことは言えない。でも…っ!

 「とにかくこのままだと、金網か、こっちか、どっちかが耐えられない…どうしよう…っ!」

 -最初は、伊達CEOにちょっと痛い目を見せるつもりだった。しかし、これは…

 ビシャン!

 「松良さん、アレ、見て!」

 木戸君が、窓の外を指さす。

 硬質ガラスの向こう。雷光に照らされ、影が映りこむ。

 「まずい、あの垂れさがっているのは、金網だぞ!」

 ー廃ダムを覆う金網が、無惨に垂れさがっていた。


                    ―*―

 電気抵抗が極めて小さい金網、そしてその奥の、プラズマに破壊されて誘電率の上がった大気。

 落雷は二つを通過するように流れ、その結果、金網のアースとなる周囲の山には大きな負荷がかかった。

 そんなところに側撃雷が誘導されれば、尾根を成す岩々が砕け散って金網を手放してしまっても仕方がない。

 小型翼竜や小型獣脚類が噛みちぎれないどころか、ある程度なら銃火器の攻撃をも耐えうる設計の金網は、それゆえ重い。自重で一気に垂れ下がり、ランフォリンクスたちが急降下で地表まで逃げる。

 -もはや、何も脱走を止められない。


                    ―*―

 これくらいの予測を立てるのは、何の力を借りなくても、容易に想像できる。

 -脱走した恐竜は、魔法を使える。5年しか経過していない今、世間はそれを魔物の再来と受け止める。

 しばらく、騒ぎは続く。それでも、最後には駆除されるだろう…

 -そんなの、いいの?

 -あの子たちは、アレで、私と同じー

 -生きてるんだよ!

 -でも、くびきに戻すのは…

 -それが悲しいことでも、もう、路は、残されていない…

 「木戸君、いい?

 …ちょっと、終わらせてくる。」

 「えっ…!?」

 あっけにとられた木戸君を背に、私は、雨のそぼ降る車外へ。

 クォレ!

 クォレクォレクォレ!

 車ごと、トロオドンに取り囲まれた。

 「ここ、巣…?」

 斜面に、白い楕円がのぞく塚が見える…卵を守りたいんだね。

 今にもとびかかってきそうなトロオドンたち。

 「ごめん、全部、私のせい。

 でも…聞いて?」

 -接続ー

 -開通ー

 「-弟妹達(マイ・ブラザーズ)

 落ち着いて!私が、そばにいるから…っ!ー」

 「-クォレ、クォレ!-」

 -そうだよね、不安だよね、辛いよね…っ!

 「ーいつか、この外に、出してあげるから…っ!-」

 

                    ―*―

 天上から一筋の光が降り注ぐ。

 光は濡れそぼった松良あかねの黒髪を青く照からせ、その周囲に集まるトロオドンたちを優し気に包んだ。

 ランフォリンクスが、よちよちと這ってきて、松良あかねの足に頭を擦りつけた。

 松良あかねが、へなへな座り込む。

 いつしか空は晴れ渡り、彼女は、2種類の魔法恐竜に囲まれ、順繰りに頭を撫でていた。

 -その表情は、笑いながら、泣いているようだったー  

 …ちょうどこのころ、ジュラシックパークを見ていました。そんなミーハーでいいのか…

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