表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

2 「トレーディングカードゲーム部」

 松良あかねとの距離が縮まった1週間を経て、次に木戸優生が案内するのは、カードゲーム。

 いきなりショップ大会優勝を目指すあかね、そして、あかねのことを怪しむ木戸優生の妹、優歌が参戦する…

                    ―*―

2045年4月21日(金)

 しばらく見つめて、それから手袋を外し、慎重かつ丁寧に摘まみ上げてガラスケースに収納する。

 存在してくれなかったお母さんの名前を冠した、存在できなかったフネ。

 これは会社に置こうか、自宅に置こうか。叔父さんがいないところのほうがいいな。

 「それで、来週からはどうする?」

 「うん、えーっと…」

 スケジュールは脳内に保存してないんだよね。タブレットっと。

 ー接続―

 ー認証―

 -閲覧ー

 「来週だけどさ、カードゲーム、なんてどう?」

 「カードゲーム?」

 「やらない?なら…」

 「いや、妹の中学受験前はやってたな。まだルール変わってなければ…」

 「木戸君って妹いたんだ。」

 私も欲しい、かな…

 「ああ。」

 「今いくつ?」

 「中2。福音ふくいん女子生。」

 「あれ?福女って偏差値一緒だよね?なんでこっち?」

 「そういう年頃なんじゃないか?教えてくれなかったけどさ。」

 確か福音女子ってカトリックのミッションスクール、お嬢様学校のはずなんだけど、木戸君は別にお坊ちゃまのステレオタイプとは程遠いし…

 「ねえ、今度会ってもいい?」

 ちょっと、興味がわいた。普通のお嬢様と木戸君の妹の「お嬢様じゃないのにお嬢様学校に入った子」の違いにも興味があったし。

 「…うーん、どうか…」

 「どこか、タイミングがあったらでいい?」

 「もちろんいいよ。」

 「で、来週なんだけど…」

 「あのさ松良さん、学校でカードゲームはまずくない?」

 「うん、だから今から鈴木先生に許可取るね。

 あ、もしもし、鈴木先生ですか?

 ええ、来週はカードゲームをしようかと…

 はい、邪魔するな、ですか、わかりました、はい。

 …木戸君、許可取れた。嫌がらせの準備を続けるから、邪魔しないでほしいって。」

 「あの人万能だしイケメンだから割と厚遇されてるけど、実はけっこう教師失格じゃないのか?」

 「まあこれから教育現場にも人工知能の参入が加速するから、ああいう人間味のある先生は大事だと思うよ。」

 ―大変申し訳ないことに。

 「で、それでも続いているTCGっていう分野に興味がある、と?」

 「うん。そんな明確な理由はないけどね。」

 「でも、俺の持ってるカードは古くなってるからな…買いに行かないと。」

 「出かけるの?」

 「そうなる。今回は部屋の隅にたまってたやつを中心にしたからよかったけど、カードゲームともなると値段も馬鹿にならないし。」

 「じゃあ日曜日でいい?駅前に、うん、えーっと…朝7時で。」

 「それってまさか…って7時!?」

 「遅すぎる?」

 「…逆。その時間は寝てるぞ。」

 「不健康だよ。」

 私は基準にならないとはいえ。

 「じゃあ、連絡先交換しておこっか。」

 

                    ―*―

 「お兄ちゃん、何見てるんです?」

 「あ、ああ、えっと…」

 「お兄ちゃんがすることって多すぎて予想付きませんからね。なんでしょう。教えてくれますか?」

 なんでもないかのように、優歌は俺のベッドに腰かけた。…彼氏ができたらこういう不用意に誘うようなことをしないように言っておかないと。

 「…いや、生まれて初めて女子の連絡先をゲットしたかと思うと、感慨深くて、さ。」

 「え!!?」

 すごい、ハトが豆鉄砲を食ったような顔ってリアルにできるんだ…

 「お兄ちゃん、自分から話しかけたんですか?」

 「まさかそんな…」

 「ですよね。ではまさか、お兄ちゃんに、誰かが?」

 「そう。」

 「…お兄ちゃん、どこの売り女ですか!?」

 「うん、それは『ばいた』って読むんだな。」

 ちょっと甘やかしすぎたかね。…父さん母さんもだけど。でも売女ビッチなんて言葉を覚えるよりはよかった…のか?

 「そもそも一応日生楽の生徒会長だから。そんな素性の知れない人じゃないから。」

 まあ確かに俺みたいなさしてかっこよくもない賢くもない将来性もない多趣味オタクに近づこうなんて、普通に考えたらハニートラップとしか…いやそれすらないな。

 「どんな人です?」

 「えっと、これ。この人。」

 集合写真の画像を示す。

 「うわ、美人。」

 …話すと印象変わるかもな。

 「で、まさか、デートですか?」

 「いや、うん、そうなんだ…実は一緒にカードゲームやろうって話になって。」

 「ごめんなさい。え、意味が分からないです。」

 「…まあ、一種の天才だから。」

 「…私も会いたいです。いつですか?」

 「日曜の朝。」

 「…お兄ちゃん、ニチアサは録画しましたか?」

 「当然。」

 「では、私もついていきますね。」

 …期せずして双方の希望が一致したな。

 「あ、もしもし松良さん…

 …せめて12時。妹連れていくけど、いい?

 …そうそう。噴水のところ。うん。

 じゃあ日曜。」

 「お兄ちゃん、仲よさそうですね。もうそんな仲なんですか?」

 いやー人付き合いのやり方を知らないだけだと思うぞ。


                    ―*―

2045年4月23日(日)

 -やっぱりお兄ちゃん、何か騙されているのではないでしょうか。

 私はそう思いながらも、一方で、土曜日の間に同級生の生徒会役員から聞いた話を思い出していました。

 ー「日生楽の生徒会長?切れ者だと聞いておりますわ。交流会で会った限りでは、とても1つしか違わないとは思いませんでした。先生よりも上の存在に見えましたわ。」

 …どうも、お兄ちゃんを遊びに誘うような人には…

 キキ―、カシャン。

 私とお兄ちゃんの前に停車した、「自動運転実証試験中」と大きく描かれた灰色のトラック。その扉が開いて、ゆっくりと、髪の長い、年上の女の方が降りてきました。

 「あ、松良さん!」

 「え、お兄ちゃん、本当にあの方ですか!?」

 白のロングスカートとブラウス。福女高等部のお嬢様だって言われても信じます。

 「ほら、髪がちょっと藍色じゃないか?」

 「…言われてみないと分かりませんが…」

 「木戸君、それしか言うことないの?」

 女性はーだめですやはり高2か3に見えますーお兄ちゃんに話しかけながら、私を見つめました。 

 -見透かされるような、不快ではないけれど不思議なまなざし。

 思わず、一歩後ずさってしまいます。

 「…この子が、木戸君の妹さん?」

 「そうだ。」

 「はい。木戸優歌と申します。優しい歌と書いて優歌です。兄がお世話になっております。」

 頭を上げると、じっと、見つめられました。ちょっとはしたないというか失礼なことなのですが…

 「私は日生楽中学生徒会長、松良あかねって言います。松の木に良いって字、ひらがなであかね。あかねって呼んでいいよ。今日はよろしくね?」

 …あれっ、イメージと違います。…子供っぽい?それともぶりっ子でしょうか?

 「よろしくお願いします。」


                    ―*―

 ネットショッピングが毎日の食卓にすら浸透するなど、両親が子供のころは考えられなかったらしい。だけども今や、店に行って買い物するにはそれだけの理由が必要になる。

 -きっと、できるなら店に行ったほうがいい、そう考える俺は、古いタイプの人間なのだろう。

 ともかくも、駅前のカードショップ「小枝 日生楽駅前店」。最後に来たのは受験明けだったはずだけど…

 それでもなお、休日のカードショップは2年前と変わらず盛況を保っていた。

 「久しぶりですね…」

 「お邪魔しまーす。」

 女子二人を先に通して、それから入店する。

 「はい、タイムアップ!」

 たびたびお世話になっていた店長の声。…今日は大会の日か。

 ちょうどやろうと思っていたカードゲームだったので、環境を見させてもらうことにした。

 「おお、木戸君じゃない。元気してた?」

 対戦卓に近づくと、いきなり、懐かしいおじさんから声をかけられた。

 「イビデンさんこそ、久しぶりです。」

 「お久しぶりです。」

 「妹さん、おっきくなったなあ。まだアホ毛は直らないのかい?」

 「直りませんね…」

 優歌が頭を押さえ恥ずかしそうにする。一方でこのカードショップでは半ばヌシのように思っていたおじさんーイビデンさんは、ちょっと記憶よりも薄くなったあごの白いひげをさすりながら、視線をずらした。

 「そっちの人は?まさか彼女?」

 「あー…いえ、このカードがやりたい人です。」

 「なるほど。何て呼べばいい?」

 「あ、松良です。」

 「松良…?もしかして、EB社の方ですか?」

 何度も真剣勝負した相手だからこそわかる。その時のイビデンさんの顔色は、あと1枚まで追い詰められた時なみにマジだった。

 「あ、はい、尊は私の叔父です。」

 そして松良さんもまた、全校集会で見るように、伝聞イメージそのまま、社長秘書のごとくマジだった。

 「そうですか…私の甥夫婦が世話になりました。」

 -ちょっと待て、EB社って、この前マジックゲノムのニュースに出てたベンチャー企業「Electric・Bio」!?え、松良さんがどこかの企業とつながりがあるって、マジ?

 「いえ、あの技術は決して平坦に作られたものではないですから…」

 「ご謙遜を。御社の体外妊娠技術のおかげで…」

 「…その話は、また今度にしていただいてもよろしいでしょうか?友達もおりますから…」

 ー体外妊娠技術?

 「はい。わかりまし…」

 「イビデンのおじさま、今のデッキって、どんな感じですか?できれば、玄人用で…一週間でおじさまに勝てるくらいのデッキってありますでしょうか!?」

 話に割り込むように、優歌がイビデンさんに問いかけた。

 「うーん、そんなデッキがあったら私が使ってるからねえ…」

 若干まじめな雰囲気を見守っていた周囲の人たちが、イビデンさんのボヤキにどっと笑う。

 「強いて言えば、これか?でもバランス構築は半端ないからな。うん、兄貴にゃ無理だ。」

 「お兄ちゃんはごり押し一辺倒の脳筋ですからね…センスがアレ過ぎてついていけませんよ…」

 うおい!優歌、裏切ったな!

 松良さんと優歌が、イビデンさんや他の対戦卓にいる客にいろいろ教えられている、どこかアットホームでほほえましい光景ーそう、だからこそ、わざわざ俺はカードショップに来たのだ。

 自分もカードゲームを再開するなら最新のカードを物色するに越したことはない。今までは優歌がやらなくなって対戦相手がいなかったが、もう相手には困らなさそうだ。

 「と、木戸君、せっかくだし対戦していかないか?ロートルのデッキが一つあるし。」

 「あ、いいですよ。俺も一つ持ってきたんで。やりましょうか。」

 対戦シートを広げ、お互いデッキをシャッフルする。交換し、もう一度シャッフル。じゃんけんして順番を決め、デッキを卓上に置くとともに、空気が変わる。

 病みつきになる緊張感…ドローっ!

 数ターンは、お互い、場が整ってゆくのみ。それでも、不利ははっきり見て取れた。

 まず、イビデンさんが攻めてくる。

 一体、二体、三体、四体…

 「お兄ちゃん、粘りますね…」

 「え、追い込まれているようにしか見えないけど…」

 「ええ。松良さん、十人中九人はそう言うんです。でも…」

 -時は来たり。

 「自分の削られたライフ×60ダメージ+20ダメージ、すなわち320ダメージ!」

 「来たね。」

 ー本来、終盤の巻き返し用に過ぎないカード。それを、わざわざ大ダメージで殴るためだけに専門構築した。このカードゲームの素ダメージが「キャップ」呼ばわりされるほどに「最高HP-10」以下がほとんどに絞られてきた中で、ダメージキャップを100以上突き抜ける防御しようもない圧倒的ダメージ!

 一度状況さえ整えば、あらゆる相手を正面、アタックステージから排除する。

 ライフがお互い7。一体やられると一つ削られ、すべて削られると負け。だからこそ逆に、二体を回復させながら攻撃アタック待機アラートでローテすれば、並大抵のことでは負けない。

 二体、三体…

 ーその時、イビデンさんは、ニヤリひげをつまんだ。

 …!!?!

 30秒で、イビデンさんの場が一変していた。

 やられ続けてすっからかんになっていたはずの場が満たされ、そしてそのすべてが、出すことによってわずかなダメージを与えるもの。そのダメージ先全てが、HPの少なく正面で殴りあうことのないサポートカード。 

 「魔術師…」

 イビデンさんに俺と優歌がつけていたあだ名を、優歌が呟く。

 -そして、数少なくしかもオマケ程度に過ぎないはずのアラート貫通ダメージにサポートカードが倒され、さらに正面のアタックカードも同時に倒され、俺は敗北した。

 健闘をたたえる拍手が、鳴り響いた。


                    ―*―

 コンコン。

 「優歌、一戦交えるか?」

 「あ、いいですよ。ちょうど話もありましたし。

 作ったばかりのデッキをシャッフルする。

 「では、始めましょうか。じゃんけんポン!」

 先攻を取り、盾役を配置、準備を進めていく。おっいい手札。

 「ところで、松良さんについて、どう思った?」

 「…大人だなって思いました。」

 「大人?」

 優歌もまた、ドローカードで山札を鬼のように引いている。

 「だって、公私を使い分けている感じがしましたもの。」

 「使い分ける?」

 カスダメが累積し始めるが、全く無視し、攻撃役をそろえていく。

 「お兄ちゃんの好きそうなたとえで言うなら、昨日酒場で飲み交わしても、戦場で出会えば逡巡なく撃てるタイプの人です。そしてその後、帰ってから墓の前で号泣するタイプです。そういう人は福女にもいます。」

 妹は、なんだか大変なところで毎日戦っているらしい。まあだからと言って容赦はしないけど。

 「ところで、お兄ちゃんはEB社は知っていますか?」

 「ああ。さっきネットで調べた。」

 Electric・Bio社ー会社のスローガンは「SFを現実にする先端企業」。生物工学バイオテクノロジー電子工学エレクトロニクスの融合を目指すベンチャー企業らしい。そしてその名を国際的にとどろかせたのが、競合するBiontrol社と共同研究した「体外妊娠」技術。

 「学校ではあの会社の技術は、『神をも冒涜する所業』と言われました。」

 「そりゃあ、金持ちならそうだろうよ。」

 従来、不妊症などで子供を産めない場合のもっとも踏み込んだ手段は試験管受精ー精子と卵子を取り出し、体外で受精させ、その後女性の胎内へ、健康上の差しさわりがあれば代理母の胎内へ戻して出産させる方法ーだった。しかし代理母では国内で行えないために費用負担が大きく欠陥もあった。

 この状況に一石を投じたのが2社の技術「体外妊娠」。それはすなわちー

 「それでも、『試験管内でできた受精卵を、人の手を通さずに、培養器で出産までもっていく』なんて…」

 「…優歌、それ、松良さんの前で言うなよ?」

 「いや、わざわざ批判したりはしませんけど。お兄ちゃんこそ、普段なら『言わなくてもわかる

』って思ってそうなものですが。」

 -松良さんは自分のことを「試験管ベビー」と自ら口にした。さらには、「母が、生まれる前に死んだ」とも。普通に考えれば今でも圧倒的にメジャーな代理母出産であって教科書にも載らないようなここ数年登場したやり方ではないのだろうけどー

 -話を避けるような松良さんの口ぶりー

 -今まで100近い、(すべて治験)手術で一度も失敗はないにもかかわらず「決して平坦に作られた技術ではない」ー

 ー隠された犠牲が、彼女自身なのではないか。ならば彼女が体育の授業に出られないわけも、だいたい察しが付く。

 「…まあデリケートなことなのでしょうとは想像が付きました。頭の中にとどめておきます。

 それはそうと、お兄ちゃん、どうします?負けますよ?」

 …コイツ、場を特性防御系で固めやがった!?

 「…負けたよ、『鉄壁姫』。」

 「お兄ちゃん、次その二つ名を口にしたら、叩っ斬りますからね。」

 優歌は、胸に視線を落としてから、部屋の隅にある竹刀に手を伸ばした。    


                    ―*―

2045年4月24日(月)

 何はともあれ、勝負しなくては始まらない。

 「ルールはだいたい覚えてきてもらったはずだけど、実際やってみようか。」

 「うん。」

 ー個人のカードゲーマー歴は、シャッフルで推し量れるらしい。シャッフルが板についているほど、勝率もいい、というわけだ。そしてその観点からすれば松良さんは、まるで話にならなかった。

 それでもなお、基本的に天才なだけのことはある。ちゃんとルールを踏まえていたし、アタッカーとサポーターを使い分け、攻撃アタック待機アラートもうまく交代させている。

 「誰かとやった?」

 「ううん、いろいろ戦術は考えてきたけど。

 ってあーっ!」

 …戦術総崩れっと。

 「結構気合入ってる?」

 「うん。やるならやっぱり、とことんやらないと。」

 「とことんって?」

 「うーん…あのおじさんに、勝てるところまで、かな?」

 …それは難しいぞ。昔の俺だって勝率1割あるかないかだったのに...

 「だったら、特訓が必要だな。」 

 それも、俺とだけじゃなく、もっと多数の戦術とーやはり優歌との対戦は避けられない。

 「…一週間で、何とかなると思う?」

 「一週間で?」

 なめ腐ってる。

 心の底から思ったが、学校一の美少女・天才にそう口に出すほど自分は世の中をなめ腐っていない。天才の考えることはわからん。

 「…確かまた今週の日曜に『小枝』で大会があったな。行く?」

 「もちろんです!行くからには、優勝目指します!」

 …8分の1は数字以上にきついぞー。


                    ―*―

2045年4月25日(火)

 「まず、公式ショップ大会について確認する。

 レギュレーションは最新シリーズのみで、禁止カードが一つと一枚制限カードが4つ。使用デッキは70枚。

 参加人数は経験上8人かそこら、定員は16人。

 毎週日曜朝11時30分始まりで、時間制限は30分毎、開始25分時点で手番だった人は次のターンを引き継がず、それによって残りライフ数が同じで勝負がつかず、あるいは相打ちでともにライフ0となっていた場合、ライフを1としてのサドンデスを行う。

 参加者全員に参加証として最新の拡張パック一つ、さらに上位3位にはプロモーションパック、つまり限定のカードを配布する。

 以上、ルールは把握したか?」

 「もちろん。」

 「で、『小枝』に来てる人たちの情勢だけど、この前見た限り、ほとんど状況は変化していない。」

 …つまり、優歌が抜けた分2位に食い込みやすくなって、参加者は楽で喜んでいただろう。

 「ほぼ不動の一位が、あのイビデンさん。俺は『魔術師』と呼んでる。

 …場の転換が素早い。こちらのペースに持ち込んでも1ターン保たないし、万が一大変化の間に場から一瞬目を離せば、デッキが変わったと思い込んでも無理はない。

 だからそう…必死に食い込んで。一瞬の隙なんてものはないから、承知の上で何とかするしかない。」

 俺が勝ったのも、致命的に回転が悪い、いわば「回っていない」時に押し込んだ場合のみ。正面から勝った例を、見たことがない。

 「それから、ブランクのぶんどうかとは思うけど、一応昔は、うちの優歌が2位常連だった。人呼んで『鉄壁姫』。特性防御ダメージ緩和ダメージ回復を乱用して、倒しきることができないどころか、ガキどものデッキじゃダメージが通ってない。」

 戦艦に例えれば装甲を抜けないでダメージコントロールを充分にされている状況。

 「だから、バランスをよく見て、アタッカーを2種類入れ、さらに一撃で何とか出来るだけのダメージソースをどこかへ確保しておくこと。」

 ただし俺みたいに、間違っても超ダメージにこだわってはならない。

 「それを踏まえて、デッキをもう一度確認しようと思う。

 …見せて?」

 「うん。これ。」

 ーほう、構築済みデッキの魔改造か。ネットでも一番好評だったな。

 「ドロー系が足りない。後1,2枚は要る。それにサポートカード、これで大丈夫か?それからアタッカーをもう一種類…これを一枚刺しするとか。」

 「うんうん、それと?」

 「…んーこれぐらいしか思いつかない。とりあえず必要そうなら帰りに寄って買ってくる。」

 「あ、ありがとう。」

 …おいおい生徒会長が寄り道にお礼を言ってていいのか?

 「で、後は実際戦ってみて洗い出すか。」


                    ―*―

2045年4月26日(水)

 「お邪魔します。」

 「やあ。」

 優歌は、物珍しそうに部室内をきょろきょろ見回した。そして、奥でなぜか古文書らしきものとにらめっこしている鈴木先生を目にして、「いいんですか?あの先生。」と呟いた。

 カウンター座席のような机の向こう側で、松良さんが真剣な表情でカードをシャッフルしている。

 「…到底、生徒会長と教師がいる空間ではありませんね。」

 そう言いながらこのにわかお嬢様も、カバンからデッキケースを取り出した。

 「私は3つほど作ってきましたので、練習試合と行きましょうか。」

 「うん。ありがとうね。」

 座っていた椅子を開ける。優歌は一礼し、俺の代わりに松良さんと向かい合った。

 デッキをシャッフルする乾いた音が響く。

 「では、じゃんけん…ポン!」

 「私が先攻だね?」

 「はい。最初の7枚を。」

 山札70枚一本勝負。自ターン最初に1枚、あるいは手札を1枚捨てて2枚引き、攻撃条件を整えながら攻撃アタックステージの1枚で殴り合い、待機アラートステージ6枚までに並べたサポートや予備アタッカーを活用し山札を切らさないようにしつつ相手7枚を倒すことを目指す、それだけのルール。

 1ターン目で、早くも松良さんはアタッカーを引き当て、盾役を攻撃アタックステージに配置しつつ条件を整える定石通りの展開を見せていた。

 「困りましたね…1枚捨てて、と…

 …まず、こちらから。手札から捨て、お互い手札を山札に戻しシャッフル、3枚引く、と。」

 「それから2枚出し、特性ドローにより出したと同時に2枚引き、と。さらにもう一度…」

 優歌のデッキの狙いは、たいてい耐久しきることにある。普通はデッキ構築の検討段階で外す山札切れ狙いを堂々とやってくる。だから逆に、自ら極端に引きまくったりはしない。ー狙いが違う?

 「お兄ちゃん、私も進歩するんですよ?

 …待機アラート×20+手札×10ダメージで130ダメージ。正面、倒しました。」

 ー速攻デッキ!?

 「あそこまで回転率をあげられませんでしたからね。代わりに、序盤から攻め切ってスピードを出しますよ。」

 攻撃が来る前から、先手先手で倒していく。準備前のアタッカーを呼びつけて倒し、攻撃態勢に移る隙を与えない。 

 「…投了。うー…」

 松良さんはついに、髪の毛をしおれさせてしまった。

 「お、お兄ちゃん、勝てましたよ!」

 「仮にも玄人なんだから、始めて数日の素人に負けるわけにはいかないんじゃないのか?」

 「…お兄ちゃんのそういうところがモテないんだって…いや、なんでもないです。」

 「…木戸君の妹さん、これからの世の中一番重要なのは物事を合理的かつ客観的に見る力だよ。」

 優歌が、鈴木先生のほうをにらむ…いや、先生、聞いてたんですか?

 「とにかく、こういう速攻デッキを抑えつつも、後半で技巧的なデッキに打ち勝てるだけの構築にしていかないといけませんね。」

 ふむふむ、と松良さんがうなずいている。揺れる髪の毛を見るにつけ、優歌とどっちが年上だかわかったものじゃないー背は圧倒的に松良さんのほうがあるのに。

 -松良さんをどこか子供らしく見せているものは何なのだろう。無邪気さ?言葉遣い?いや、たぶん根幹は知識欲、好奇心か。

 そんなことを考えつつ、素直に、背景に関わらず優歌と松良さんが仲良くなれることを願った。


                    ―*―

2045年4月27日(木)

 「中学生徒会長の3-B松良あかねさん、高校生徒会より、全学部活連について呼び出しです。」

 今日も今日とて特訓を始めようというとき、その放送はかかってきた。

 週末、日曜日まで特訓に充てられる日は3日しかない。だというのに、主に運動部のわがままのせいで紛糾する全学部活連なんてものに関わりたくはないんだけど…

 「ごめん、木戸君。ちゃっと済ませてくるからね。」

 「わかった。優歌にも、寄り道不要だって伝えとく。」

 

                    ―*―

 「そもそも、部活数の無秩序な増加が問題だ!」

 「同意します。大して実績のない中学の同好会がぽんぽんと部活に昇格したから、部活費の割り当てが薄くなっています。」

 「それらの部活を再び同好会に戻し、予算を我々のような有望で実績ある強豪部活に振るべきだ!」

 「そもそも松良会長が2期務めた間の緩い運営に問題がある!」

 「待ってください!中学生徒会に非があるとおっしゃいますか?」

 「…お前は誰だ?」

 「中学副会長のはるです。

 先輩方、中学生徒会はそもそも、前年度に新たに策定された要件に基づいて昇格させているだけです。それに関して高校からとやかく言われる筋合いはございません!」

 「同意し得ません。その要件の見直しを求めます。」

 「それは高校と部活連の、中学生徒会への介入ですか?」

 「中学生徒会が生徒の締め付けを緩めれば、高校での規律も連鎖して揺らぐのだ。だから…」

 「部活連会長、異議があるわ。」

 「お前、なんだ?生徒会でも部活連でも…」

 「そんなことはどうでもいいわ。一部の強い勢力を持つ部活が予算を得るために他の生徒の権利を不当に侵害しようとするのは、まっとうなことではないわ。例えば吹奏楽部は生徒に何か還元するわけでもなく遠征費用だけで数十万を使っているけど、これによって教育設備の拡充が後回しにされているならそれは教育権の侵害よ!告訴してでも…」

 「年下の部外者が知った風な口を聞くな!」

 「言ったわね!録音したわよ!パワハラの証拠として…」

 …揉める揉める。でも私、正直こっちに火の粉が飛んでくるのが避けられればね…

 …たぶん何とかなっちゃうし。

 「…中学生徒会長の松良です。」

 あれ、なんで静まり返るかなあ。もう少し騒いでいたほうが矛盾を見つけやすくていいんだけど。

 「結論から申し上げます。中学生徒会執行部は、本年度部活予算割り当てを変更する意思はありません。これは、部活の数に関わらずです。」

 「なっ…」

 「もし仮に何らかの理由でつぶれた部活があったとしても、その部活への割り当ては、整備が遅れている設備及び貯蓄量が減少している防災物資に回します。部活よりも人命が大切だと考えておりますので。」

 「ちょっと待て松良会長。中学の部活予算書を見たが、君が部長をしている部活のみ、やたらと予算・資産が多かった。これは一体なんだ?予算の配分はどうなっている?」

 「それは同意しかねます。会長が我田引水の予算配分をしていると言うならば、我々は中高合同部活に呼びかけて会長のリコールを」

 …言われる気はしてたんだよね。

 「『資産運用部』のことですか?その予算はですね、私の私費です。」

 「は!?」

 はっちゃんがため息ついてる…まあ無理もないか。

 「それを使ってAIを運用し、自ら投資を行う、そういう部活です。」

 「…それ、大丈夫なのか?いきなり50万は…」

 「いえ、使わせてもらってるAIには自信がありますから。」

 私のAIだし。未だフルスペック稼働は不可能だけど、ベンチャー投資くらい片手間でしかない。…まあ、木戸君は知りすらしないし、私が木戸君にお金を返すために調達しているものでしかないけれども。

 「そういうわけで部活連に還元はさせていただきますから、今日は帰らせてもらってよろしいでしょうか?」

 ちょっと、仕事思いついちゃったし。


                    ―*―

 「お兄ちゃん、聞いたんですけど、松良先輩が高校生徒会と全学部活連を突っ返したって本当ですか?」

 「…さあ。」

 「そっか、お兄ちゃん友達いないですもんね。」

 「そう思うなら最初から聞くな。それに優歌、優歌こそ何で知ってるんだ?」

 「他人事じゃないからですよお兄ちゃん。

 …今私は中2なのは把握していますよね?」

 「ああ。」

 「そして、あと半年足らずで生徒会選挙なのも。」

 日生楽はなぜか春選挙らしいですが、新入生はわかりすらしないのに何を考えているのやら。

 「で、そんな中交流の深い日生楽で、部活連への反逆があったので、学内政治的には結構揺れているんですよ。」

 全国クラスの部活がある学校の常として、部活の権力が強いですからね。

 「でも、優歌は関係ないんじゃないのか?」

 「いえ、それが…

 …私は小学校からの内部進学ではないし、家とかのかかわりもないので、傀儡として生徒会長に擁立する動きがあるそうでして…」

 「怖ええなお嬢様学校…」

 「結構軋轢があったりするんですよ。特に今は、技術の発展と社会の激変のせいで、どこの家も生き残りに必死ですから。」

 ライバル会社の社長娘どうしが同じ部活に入っちゃったなんて、シャレにならない話もありますしね…

 「ですから、お兄ちゃんみたいに情報にのんきではいられないんです。」

 「そうか。ところでそれなら、まさに渦中の人から連絡が来てるんだけど、どうする?」

 「松良先輩からですか?」

 仲良くしておかないとまずいかもしれないですし、ね…

 「リモート会議システムを使って、特訓したいって言うお誘いだが。」

 「やります。やらせてください。」

 -やはり、勘が鈍っていましたからね。ブランクを取り戻すためにも、ぜひここで!


                    ―*―

2045年4月28日(金)

 「ま、松良さん、大丈夫?」

 朝、フラフラしながら席に着いた松良さんを見て、男子連中のやっかみを受けるだろうとは思いながらも、声をかけてしまった。

 「ええ。ちょっと徹夜しただけだから…」

 …それ、大丈夫って言わないんじゃ…

 「大丈夫、朝はちゃんと5時に起きたから。」

 「松良さん…

 …昨日優歌が日付が変わるころまで起きていたことについては?」

 「うん、その時間まで特訓してたからね。」

 「大丈夫ですか?その、土曜日もあるんですし…」

 「代わりに、今日もダメなの…」

 あらら。

 

                    ―*― 

 昨日(今日の早朝?)は本当に大変だった。だから今日ここで、決着を付けられるんだけど。

 「部活連の皆さん、高校生徒会の皆さん。今日はお集まりいただきありがとうございます。」

 気難しそうに、あるいは眉間にしわを寄せてこちらをにらむ先輩たち。

 …さて、と。

 「今日は、予算割り当て問題について、新たな事実が判明したので、ここで聞いていただきたいと思います。」

 「同意しかねます。後から事情を付け足す後出しじゃんけんのようなやり方は」

 「女子バスケ部、先輩方、確かに大会後の打ち上げ費用はグレーゾーンですが、しかしそれにかこつけて合コンするのはあまり褒められたことではありませんよ。」

 「そ、そんなことは…!」

 「全国大会の後の打ち上げで他校の男子部とともにいた時の録音データを入手しました。

 それからいくつかの運動部で、親に入らされている方や、モテるために名前だけ入っている方がいるようです。こうした方のための予算を削れば、本当に部活動をなさっている方へ予算を割り当てることができます。

 ですから中学生徒会としましては、幽霊部員や親に入らされている部員の強制退部を中心として部活動全体のスリム化による予算の効率化、そして各部の監査を提案します。」

 「それは横暴だ!」

 「そんな乱暴な発言があるか!」

 …必要なところに必要なお金を割り当てる。予算配分の基本だよね。

 「松浦会長は、風紀の引き締めを通じて予算も削減できると言っているだけで」

 「うるさいぞ副会長!」

 「高校生徒会長の話はナシにしてやる!」

 別に生徒会長にそこまでこだわってもいないけど。

 「…念のためお聞きしますが、部活予算は、生徒がやりたい、成長につながることを支援するためのお金ですよね?」

 「ああ、そうだが…」

 「それなら、いやいややっている生徒、不埒な理由でやっている生徒を応援する必要はありません。部活をすることを目的とするのではなく部活でしていることを目的にしていただかなければ。」

 「そんなのはきれいごとで…」

 「きれいごとであっても、それが部活予算です。ですから部活の活動をやりたくない人への予算、部活と関係ないことをするための予算は、すべて切り捨てていただきたい。もちろん自力で調達した予算には文句は言いませんので。」

 私のように。

 「それから提出された報告書等からこちらで検討させていただきましたが、事務用具を全部共通一括調達するなどの最低限の措置でも予算を1割弱浮かせられます。

 高校生徒会に全学部活連さん、決して中学生徒会は、部活予算を減らそうというのではありません。しかし弱小部活をいじめる余裕があるなら、自分たちを顧みてはいただけないでしょうか?」

 

                    ―*―

2045年4月29日(土祝)

 「松良先輩、噂は福女まで届いてますよ。」

 「え、そうなの…?」

 「ええ。特に一人で中高あわせて60以上ある部活動全ての会計監査を、データ上の話とはいえ1日で終わらせてしまったのは…本当ですか?」

 誇張じゃない?

 「そうは言ってもスパコンの力借りてるからね…

 …もう、うちの会社のこと、調べた?」

 「はい…申し訳ありません。」

 「ううん、別に責めるつもりはないの。いずれはっきりさせるべきだしね。それで…」

 話題の汎用人工知能スーパーコンピューター「MIROKU」か。

 「スパコン…を、ちょっとだけだけど、使えるんだ。だから、私は入力しただけって言うか…

 …とにかく、私は私だから。」

 願いがこもった声が、画面の向こうから聞こえる。

 「そうですね。松良先輩は松良先輩ですね。

 …チェックメイトです。」

 「うそ!いつの間に!?」

 「松良先輩、大会は明日ですよ?みっちりしごきますからね?」


                    ―*―

 「お兄ちゃんは、やらないんですか?」

 「俺は攻め一辺倒だからな。学ぶものがないだろう。」

 「いや、お兄ちゃんだってブランクは同じでしょう。他人事ではないですよ?」

 「…仕方ない。優歌、デッキを1個貸してくれ。」

 「わかりました。代わりますね。」

 「いや、優歌とやる。たまには人のを眺めたほうがいいだろうし。」

 「それもそうですね。」

 「ところで、松良さん、どんな感じ?」

 「…確かに、強いです。でも何というか…

 …画面越しに対戦していると、ちょっと違う感じなんです。」

 「違う?」

 「はい。ちょっとその、思考回路が違うというか…」

 「…もしかして、カンニングを疑ってる?」

 「それはないと思います。ただ、たぶん…なんというか、成長が早いのではないかと。」

 「それか、本気モードといつもの子供っぽい感じの差か。」

 「それもありそうですね。

 …とにかく、明日までに、せめてお兄ちゃんに勝てるくらいには鍛え上げないと。」

 なんだその基準は…


                    ―*―

2045年4月30日(日)

 「それではただいまより、一回戦を開始します。」

 参加人数は8人。これを3回ずつ勝ち上がり+3位決定戦で順位を決める。

 参加者を見回すと、俺、優歌、イビデンさん、大学生くらいの男の人、小学校低学年くらいの女子とその子を連れた父親、小学校高学年かもしかしたら中1かも知れない男子2人、と言ったところ。そのうち女子とその小太りな父親はあまり強くはないはずだが…

 「小枝」店長の趣味であるあみだくじによって決められた対戦相手と向かい合う。

 優歌は女の子と、俺は大学生と、そして松良さんは小学生男子と戦うことになったらしい。腕ならしの意味ではちょうどいい対戦相手だろう。

 「「よろしくお願いします」」

 

                    ―*―

 「おねえちゃんつよいね…」

 女の子が、ぐでーっと伸びています。

 「そんなことはありませんよ。」

 「ううん、ぜったいパパよりつよい!」

 それはもしかしなくても手加減されているのでは?

 「ねえ、どうしたらおねえちゃんみたいになれる?」

 「私みたい、とは?」

 「わたしね、おかあさんにいわれるんだ。もっとおんなのこらしいことをしなさい!って。」

 「なるほど。」

 「だから、おねえちゃんみたいに、つよくてかっこよくてかわいくなりたいの!」

 「そうはいっても私も、こうなろうと思ってなったわけではありませんから。でも、誰かにかわいく見られるために自分の好きなことを隠すのは、かわい子ぶっているように見えてかわいくないですよ。

 …私も、お兄ちゃんに言われました。好きなことについて語っている時が一番かわいいし、好きなことに夢中になっている時が一番かっこいい、と。」

 今になってみれば木戸家の性癖のような気もしますが。

 「うん!わたしもう、かくさない!

 ありがとうね、おねえちゃん!」


                    ―*―

 「君、変なデッキ使うんだね。」

 「それはもちろん、復帰勢なので。自己流で突っ走ってますから。」

 「なるほど。デッキ、パクらせてもらっていい?」

 「あ、いいですよ。高火力型デッキの楽しさを味わっていただければ。」

 正面砲戦という小学生のような殴り合いを演じてスッキリしたのか、大学生は俺のデッキをぼんやり眺めている。松良さんとイビデンさんが終わらせるまでまだちょっとかかりそうなので、俺も真似をすることにした。

 「ところで、このカードはなんで入ってるんですか?」

 危うくデッキ事故の原因にすらなりかけていた、いかにも癖の強い一枚。今時めったに見ない、自爆系のカードー自爆してお互い手札枚数分のダメージを攻撃アタック待機アラート双方に与えるーだ。

 「それはね、最初に僕が拡張パックを買った際に手に入れたレアカードの復刻版なんだよ。うれしかったからね。」

 「思い出の1枚、ですか?」

 「そうさ。まあそれで負けちゃあ世話ないけど。」

 松良さんのほうを見た。勝ったらしく、手を小さく振ってくる。

 -正直、ちょっと後悔した。大学生の話を聞くに、順序を間違えたかと。勝つ方法ではなく、楽しむ方法から教えても良かったかもしれない。


                    ―*―

 「松良先輩、私に勝てますか?」

 勝率を覚えていないわけではないでしょうに。

 「弟子は師匠を超えるものだって聞いたよ。」

 まだぎこちないシャッフルですが、それでも松良さんは、きっちりと優等生らしい堅実な手を積み上げてきます。

 壁役にダメージを受けとめさせ、一方ですでにタネが割れているとはいえ、こちらの防御をうまく破ってくる相性のアタッカーと、うまく回復を封じるサポートカードで、こちらの戦術を的確に崩して…引き運と情報量の差と言ってしまってもいいのですが。

 属性防御を待機アラート貫通で倒され。

 山札からもう1枚属性防御型のカードを出し。

 回復を完封されたので回復サポートをすべて場から捨てて、場から捨てたカード分山札を引けるカードで超耐久のカードを出し。

 松良先輩が、捨て札を1枚拾うカードと山札と場のカードを1枚入れ替えるカードで、属性付与のサポートを出します。

 「回復も封じた、特性防御、属性防御も属性特効で突破できる…

 …これで、ダメージが通る!」

 -完全に、防御全てを崩しましたね。

 「投了します。防衛しきれない時点で、素火力に差がある私ではどうにもなりませんから。」

 「うん、次は、手の内は隠してね?」

 -そこまでわかっているならもう何も、弟子に教えることがないではないですか。


                    ―*―

 「どうだった?」

 「勝ったよ。」

 まあ、当然だろう。優歌の勝ち方は、カードにある7つの属性の相性、それに一部にある、条件に当てはまるカードに対して攻撃/防御を大幅に上げる攻防特性のうち特性防御を使用して完封しにかかるやり方。デッキリストが筒抜けなら、それをかいくぐる方法はいくらでもある。それができるだけ理解してしまったのはさすが天才といったところだが。

 「お兄ちゃんは…負けましたよね?」

 「…さも当然のように言わないでくれ。」

 実際負けただけに。

 「今回のイビデンさんは速い。毎ターン場の総入れ替えくらい余裕でやってくる。だから…

 …ごめん、アドバイスが思いつかない。」

 こちらのペースにできないどころか、次ターンの目的が読めないだけに良かれと思って地雷を踏む。それどころかあらゆる状況変化に対してそれを有効利用する手立てがあるのではないか?だとすれば、すべての手が、地雷…

 「だから、頑張って。俺にはもう、運と自分を信じろとしか。

 …それでも、松良さんならあるいは…」


                    ―*―

 一体、二体…

 でも、そこまで。むしろ、倒されることで交代の手間を省いた印象すらある。

 そして、そこから。

 待機アラートステージに、低耐久のアタッカー3枚が控えている。攻撃アタックステージの壁役1枚と合わせて4枚を倒しきらなくてはならないが、そのために主力を繰り出せば、アタッカー2体連撃で負けは確定する。

 私は、無謀だった?

 優歌さんに勝つためにいろいろ混ぜた。だから純粋なデッキ構成の点では弱くなっている。

 …どうしようか。

 もし仮に主力を繰り出せば、耐久から言って蹴散らせる。だけど2ターン攻撃を受ければこちらも耐えられないし、かと言ってもう1体主力を用意できるほどのコストはかけられない。そして、サポートカードだけで倒せるほど、火力はない。どうやっても、3体以上倒すことができない。

 …詰んだ?

 いや、それでも何か手は…

 …大人げないけど、全力を注ぐべき?

 でも…

 ふと、顔を上げる。

 -木戸君と優歌さんが、私のことを見つめていた。

 -「…それでも、松良さんならあるいは…」

 -そうだよね。私の潜在能力ポテンシャルに、気づいてくれるんだもんね。

 -フルパワーでポテンシャル出さないと、失礼だよね。

 -接続―

 -認証―

 -発信ー

 -確保ー

 -演算ー

 -出力ー

 「これで、どう?」

 あらゆる可能性の中から、私が見つけ出した答え。それは、「攻撃を打ち切る」ことだった。

 当然、イビデンさんは硬直する。

 「なんでだ?松良さん、なんで…」

 「待ってください、松良先輩の次の手、読めたかも。」

 「うーん、あ、優歌、まさか、こういうことか?」

 「はい、そうです。もしここで攻撃すればー

ー先手を取られることになる。」

 壁役の1枚を倒すには、アタッカーを攻撃アタックステージへ出す必要がある。そうなれば、キャップを超えていないダメージでは1撃で倒せないのに、交代されてこちらは低耐久アタッカーからの連撃で倒されてしまう。かと言ってアタッカー1体倒して引き揚げようにも、2体目のアタッカーをどうにもできない。そして、仮に待機アラートのアタッカーを呼び出して倒せたとしても、まだ2体残っている。

 でも、何もしなければ?

 こちらの壁役を倒すためには、あちらもアタッカーを出さなくてはならない。そして、こちらがアタッカーに先手を取れるなら、2体までは倒しきれる。

 ーややあって、イビデンさんはアタッカーを正面へ出し、壁役を倒してきた。

 -ここまでも、想定内。

 手札を1枚捨て、2枚引くーここでアレを引き当てられるかどうか。こればかりは、私の運命とは何の関係もない。

 -お願い!

 「相手の待機アラート1枚に10ダメージ。前のターンに自分のライフが減っていたなら20ダメージ!」

 -これで、サポートカードを結集させて、残り60の3体目のアタッカーを倒す見込みが立った。


                    ―*―

 泥仕合。

 松良先輩が1ターンを捨てた後は、もう私は、10秒たりとも目を離してはいられませんでした。

 松良先輩とイビデンさんの目が、せわしなく動いています。

 私には断言できましたーミリ秒単位の思考が、松良先輩を動かしている、と。

 「攻撃アタック待機アラートを交代。」

 「アタックします。30ダメージ。」

 「攻撃アタックを下げる。手札からこれを出したことによる効果でお互い手札を7枚になるよう引きあるいは捨てる。続けてこれを場から下げることによりこちらのカードの効果で+20ダメージ、さらに…」

 1枚のカードを使って、次のカードへ、さらにまた次のカードへつなげていくイビデンさん。それに対し、松良先輩は背筋をピンと伸ばし、冷静さを崩さず、一手一手いなしていくどころか…

 「…あれ、世界大会の決勝動画とかで見たことがあります。

 アレは、勝利への道を見つけて、独り突き進む人の動き、目です。」

 「トランス状態、か?」

 そういう割り切り方はないでしょうに。

 …かっこいい…

 「お兄ちゃん、私が第一志望を福女に決めた時、お兄ちゃんが言ったこと、覚えてますか?」

 「…なんだっけ?」

 「…私、女子高6年でも百合に染まらない自信あったんですけど…ダメかもですね。」

 整った、凛々しい顔立ちに、寄せられる眉根。

 「…その恋は難しいぞ。」

 「ええまあ…ジョークです。でも…」

 エチケット違反とは知っていますが、衝動は抑えられません。

 -もう、松良先輩が何かとか、出自とか、どうでもいい。

 「…松良先輩、あかねお姉さまって、呼んでもよろしいでしょうか!?」

 

                    ―*―

 「いいよ。」

 -応援してくれる同級生。

 -慕ってくれるその妹。

 -私も、妹欲しかったし。

 -だから…

 -増強ー

 -拡張ー

 -解除ー

 -出力ー

 -よし、勝てた。

 それからの意識は、いつも通り、完全に飛んでしまった。

 でも、一つだけ、いつもと違って、覚えていられたことがある。

 「松良さん、すごいな!優勝だぞ!」

 「あかねお姉さま!やっぱり…って、ちょっと、どうしたんです?」

 「…放心状態になってるな…」

 ありがとう。私、本気になって楽しかったのは、初めてだよ。 

 カードゲームアニメのごとく戦略戦術飛び交う白熱した戦を見たい人には、申し訳ありませんとしか申せません。私がやっているTCGなどポケカとヴァイスシュヴァルツくらいなものです。一応ポケカ似のルールのカードを想像して、各所に「7」に対するこだわりをにじませております。

 …コロナ禍で最近カードショップ行けてないなあ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ