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1 「プラモデル部」

 「知らない世界を知りたい」と、やたらに多趣味な同級生、木戸きど優生ゆうきを引き込み、部活を設立した日生楽中学生徒会長、松良まつらあかね。最初に木戸が提案したのは、プラモデルだった。

 新任教師鈴木を顧問にし、始まった1週間。あかねの身の上が少し明かされ、木戸は…

                    ―*―

2045年4月17日(月)

 ー「朝のニュースをお伝えします。」

 今日から、月曜日。

 ー「ついに、『マジックゲノム』の解析がすべて完了しました。」

 冗談や夢やその他もろもろでなければ、松良さんの提案する「部活」の活動開始日は、今日だ。

 ー「5年前の異世界侵攻において回収されたDNA資料ですが、分析は困難を極めていました。」

 一応、必要そうなものは、土日の間買いそろえた。

 -「ですが先日、最先端バイオテクノロジーとサイバーテクノロジーの融合を目指すベンチャー企業の連合体が、超汎用人工知能スーパーコンピューター「MIROKU」を使用し、すべての異世界産DNAの解析を完了したと発表しました。」

 これもまた、好きなものを知ってもらいたいと思う、オタクの布教本能だな。

 -「イギリス科学誌『サイエンス』に掲載される論文によれば、このDNAは感覚器官系に実測値より大幅に鋭敏な感覚を与えている可能性が指摘され、また神経系に関する遺伝子に明らかに異常な組織を形成させるものがあった一方で、異世界人のゲノムパターンに地球人との大きな差異はなく、これは異世界人の祖先が地球人類であることを示唆し...」

 「お兄ちゃん、行って来ます!」

 「ああ、行ってらー。」

 妹の優歌ゆうかが、スカートのすそをつまんで一礼し、出ていったーいや、敬語だし、なんで金曜松良さんと間違えたんだろうか。…声色かな。俺ながら妹バカだ。

 「さて、俺も行くか。」

 -「論文主著者の、Electric・Bio社社長、松良(たける)氏によれば…」

 …松良?

 「『この解析の結果は、魔法と呼ばれるシステムの正体に迫る重要な手掛かりになりえます。やがて来るかもしれない再びの侵攻に対し…』」

 …まあ、きっと無関係か。


                    ―*―

 「木戸君、持ってきてくれたみたいだね。」

 朝、席に着くなり、いきなり話しかけられた。

 「…ま、松良さん…」

 うわ、クラス中から視線感じる…

 「…とりあえず、放課後でいいか?」

 小声でささやくと、松良さんはきょとん首をかしげた。

 「…いや、周りの目が気になるからさ。」

 「…なるほど。じゃあ、手は打っておくね。」

 そう言って、松良さんはどこかへ走り去っていったー周囲から俺への問いただす視線を放置したまま。

 

                    ―*―

 「君、木戸優生(ゆうき)君だね?」

 今日最後の授業、数学が終わってすぐ、数学教師に呼び止められた。

 「…なんですか?」

 「いや、ちょっと頼まれててね。来てくれるか?」

 言うや否や、今年教師になりたてだという鈴木先生は、スタスタと俺のほうを見もせずに歩いてゆく。

 こうなっては断りようもない。荷物をすべて手に、俺は立ち上がった。

 

                    ―*―

 生徒会室がある別館、通称「部室棟」。生徒自治の砦のような場所に、まだどこの部活の顧問でもないだろうに、鈴木先生はズカズカ入っていく。イケメンでインテリなら何でも許されると思うような先生ではないはずだから、単に度胸があるのだろう。しかし聞いても何の用なのか応えてはくれないが。

 部室棟の奥、つまり帰宅部には実在するのか確認することすらできなかった領域にて、やっと鈴木先生は立ち止まった。

 扉に、新しい張り紙で一言、大書されているー「プラモデル部」と。

 …松良さん、遠慮ないな。

 「入るぞ。」

 ガラガラと開けると、部屋の奥まで真っすぐな机がカウンター座席のように置かれていた。なぜか椅子もこちらにしかなく、一番奥にぴしり背筋を伸ばして松良さんが座っている。

 「あ、鈴木先生、お疲れ様です。木戸君、それ見せて。」

 音符がつきそうな声で俺の荷物を開け、中からいろいろ取り出してみては眺めまわしている。

 「…松良さん、それで、君は何をしようとしているんだ?」

 鈴木先生が、俺の荷物からあふれ出たニッパーやらランナーやらを見ながら扉を閉め、問いかけたー説明されてなかったのか?

 「あ、うん、えーっと、つまりね、そこの木戸君と一緒に、いろいろ趣味の世界にはまっていこうっていう部活です。」

 「…なるほど。おおよそは理解した。今『プラモデル部』であることを鑑みるに、次々改名していくつもりか?」

 「そう。で、先生にはカタチだけでもいいから、顧問になってほしくて。」

 「…新任なのにいいのか?」

 「一応、体裁としては当たり障りのない名前で、予算なしで承認するから、あとは顧問だけなんです。」

 「…なるほどな。まあいいだろう。わかった。でもー

 -僕も顧問としてかかわるから、そのつもりで。」

 こころなしか、鈴木先生の声は、踊っていた。


                    ―*―

 今日の生徒会活動はと尋ねると、「昼休みに終わらせた」と、1年の時の呼び出し放送ばかりの生徒会が聞いたら瞠目しそうな返事が返ってきた。

 ニッパーでパーツを切り離し、カッターとやすりで切断面などを整え、両面テープを張り付けたケースに塗装しなくていい面を張り付けていく。

 筆に塗料を付けて、説明書と箱とネット画像を参考にして、塗装していく。

 「なるほど、シンナーってこんな匂いなのか。」

 鈴木先生が換気扇のスイッチを入れながらつぶやいた。

 「って、松良さん、近い近い。」

 松良さんが、筆が触れそうで怖いところまで、覗き込んできていた。

 「ふーん、飛行機なんだ。これって確か…」

 「F-2支援戦闘機。今のF-i3『心神』戦闘/攻撃機の前の主力機。かっこいいでしょ。」

 主翼の下に取り付けるミサイルに色を塗りながら、答える。

 「懐かしいな…」

 鈴木先生が、ボックスを手に取り、ポツリと漏らした。

 「確か5年前、性能が足りなさ過ぎて一斉退役したんだっけ?」 

 「そう。F-i3でもあんまり役に立ってなかったらしいしな。」

 「うん、そうみたいだね。あ、私にもやらせて。」

 「あ、じゃあ…」

 自室の片隅で埃をかぶりかけていた軍艦のプラモを出す。

 -なぜか、松良さんの目が、輝いたように思えた。というか、瞳がちょっと灰色?

 どこからか白手袋を取り出して着け、予備に持ってきたニッパーをこわごわとつかみ、ランナーから部品を切り出している。

 パチン、パチン。

 「あ、けっこうこれいいかも。」

 …はまりやがった。

 「木戸君、護衛艦はあるか?」

 「ありません。先生、自分で買ってください。」

 「そうしよう。どれがいいんだ?」

 「先生も造るんですか…」

 「知り合いに贈りたくてね。」

 通販サイトの画面をのぞき込む。

 「やっぱりメーカーが出しているやつのほうがいいですね。たとえばそう、静岡市の誇るこのシリーズとか。」

 「ほう。なるほど…買っていいか?」

 「それならハズレはないと思います。」

 「じゃあそうしよう。」

 「ねえ、木戸君、私も聞いてもいい?」

 「ん?」

 「…『三保みほ』って名前のフネ、作れる?」

 …ミホ?聞いたことないが…

 「うん、えーっと、松原の三保。…これ。」

 いつも肌身離さず持っているらしいタブレット端末を見せられる。

 …日本海軍筑紫型測量艦2番艦「三保(計画中止)」…やったらマイナーなフネだな。

 「なんでこれ?」

 「…言えない、かな…」

 両手を握り締めてあわせ…とりあえず、何か思い入れがあるらしいことは伝わってきた。

 「…とりあえず、マイナー過ぎる。たぶん、キットは市販では無い。だから、一から作るしかない。」

 「…うん…」

 「というわけで、明日からで、いいか?」

 「え、いいの!?」

 「そりゃ松良さん、作りたくてたまらないみたいだし。

 やり方は教える。だから…」

 「うん、楽しみにしてるね!」

 ―笑顔が、まぶしかった。

 ―そしてなぜか、寂しい笑顔だった。

 

                     ―*―

 2045年4月18日(火)

 松良さんは、会議で遅れるらしい。

 部室にたどり着くと、すでに、スーツにエプロンをした鈴木先生が、パチパチやっていた。

 「先生、早いですね。」

 「今日は6限がなかったからね。」

 道理で。

 「木戸君、さびってどうやって塗るのかわかるか?」

 「ああ、先生、塗料の種類は把握してますか?」

 「水性、エナメル、ラッカーがあるみたいだってことは。」

 「たいていの色は全部あるからいいんですけど、一応、全部違うんですよ。」

 「混ざらない、ということか?」

 「そうです。それぞれ溶剤が違ってて。だからさびは、全部塗り終わった後、使ってない溶剤の塗料を薄めて、垂らすようにして塗って、その後ぬぐうんです。」

 「なるほど。」

 …しっかし、えらい気の入りようだなおい。

 用意しておくに越したことはないので、昨晩のうちに引っ張り出したプラ板と、ネット上から探し出した「三保」のコピー画像を机に広げる。

 始めてしまってもかわいそうな気がしたので、昨日の続きでF-2戦闘機を作る。

 「…時に木戸君、君は、こういうモノに対してどう思う?」

 「どう、とは?」

 「…5年前の異世界侵攻、覚えているだろう。」

 「はい。」

 「あの時僕はちょうど高3で、本当に大変だった。だからよく覚えている。

 春、いきなり、怪獣映画としか思えない映像がネット上に流れ出した。

 誰もが真実と認めたころには、自衛隊は全く役に立たないことが明らかになっていた。

 国際社会が介入して、収拾は困難となった。

 その後、九州全土が戦場となり、多大な混乱をもたらして、あっという間かつうやむやのうちに戦争は終わった。

 その後、こういう、兵器への見方が、遠いモノから近いモノに変わった。君は、どう感じているんだい?」

 「…あー、なるほど。

 でも、それは昔からある議論だって、父さんが言ってましたよ。」

 「君のお父さんが?」

 「はい。僕の多趣味は、父さんと母さんから受け継いだんです。

 父さんのころも、ミリタリープラモってどうしても、兵器だから、抵抗・偏見があったらしくて。

 でも、父さんは言ってました。兵器っていうシビアなものだからこそ、美しくもなるんだって。だから、『それもまた一面』って言ってました。」

 「…普通は、そこまで考えはしないと思うけどな。」

 なぜか、鈴木先生は真剣そのものの目で、プラモづくりに取り組んでいた。

 

                    ―*―

 「あ、終わったよー。」

 松良さんが入ってくるだけで、部室が華やかになった。

 白手袋がそういうファッションに見えるのだから、どうしようもない。

 「で、どうするの?」

 「まず、プラ板から船体平面を寸法よりコンマ数ミリ大きめに切り出して。」

 キットのないモノをプラモデルで作る「フルスクラッチビルド」には、いろんな流儀がある。ペーパークラフトのようにプラ板を切り出し組み上げる人もいれば、パテを使って粘土細工のように作っていく人もいる。まあ一長一短なんだろうけど…俺はプラスチックで作ったブロックを積み上げる派。

 松良さんに、一般的な縮尺であるところの700分の一になるようコピーしておいた図面を渡す。

 「それを写し取って、ちょっと大きめに。」

 鉛筆と定規を渡すと、松良さんは、タブレットから左手を離さないままに、片手で、機械のようにズレなく輪郭を写し取った。圧巻の器用さ。

 輪郭をカッターでなぞるようにして、プラ板から切り出す。

 つかの間の静寂。ニッパーがプラスチックを切るパチパチ音だけが響く。

 「それでこれ、何枚切ればいいの?」

 「それが1ミリで、後ろ半分の高さが4ミリ、前は7ミリの高さだから、全体で4枚、船体前部43ミリだけ追加3枚で。」

 図を引っ張り出しながら伝える。…カッターを握る美少女か。ヤンデレっぽいな。

 そんなこんな、眺めている間に、切り出し終わったらしい。

 「で、たぶん、重ねてくっつけるんだよね?」

 「正解。たぶんスベスベ過ぎてプラモデル用接着剤じゃくっつかないから、これ。」

 瞬間接着剤を取り出し、手渡す。うっかり手が触れてしまっても、松良さんは顔色一つ変えなかったーまあどうでもいいけど。

 「ちょっとでかまわないから。」

 そう言うと、ほんとにあるかないかもわからないくらいしか出さなかった。

 そんな雨粒みたいな量の接着剤でくっつくと思ったら大間違いなので、ちょっと増やしてやり、上からもう一枚、切り出したプラ板を重ねる。

 「くっついた?」

 「たぶん。」

 理解してくれたようで、それからは早かった。

 4枚張り付け終わったら、高さが一階ぶん上がっているらしい前半分用の3枚を張り合わせてもらう。

 「これで?」

 「このさ、前側の、一階上がってる部分。後ろ端は切り立ってないとおかしいだろ?」

 俺も手袋をする。

 「うん。」

 「だから…」

 金属やすりをあてがい、船舶用語で「船首楼」と呼ばれる部分に当たる部品の後ろ側を削る…最初からカッターで切ってはっつけたとは思い難いきれいな面で若干引いた。

 完全になめらか、たいらにする。 

 「これで良し。」

 手袋を外して、人差し指でこすっている。-何が面白いんだ?

 松良さんが不思議系の存在であることを改めて感じつつ。

 「それで、下側の前から43ミリの部分に、後ろ断面が合うように。」

 「こう?」

 「そう。それで接着して、若干だけどマージンとってあるからその分をやすりで落とす。そうすれば完全に船体が完成するから。」

 「うん。」

 ところがこれが、遅々として進まない。

 プラスチックを削るのに慣れていないのかもしれなかったが、それにしても削りクズがほとんど出ていなかった。

 「そう言えば松良、体育の授業は全部見学だったな…」

 …担任でもあるまいに、何で知ってる?

 「うん、えーっと、いろいろあって…体育の授業受けたことないから…」

 「…松良さんって、身体悪いのか?」

 「うーん…言えないかな?」

 どうしてか松良さんは、一瞬顔を歪めた。


                    ―*―

 「先生は、知ってるんですか?」

 松良さんが帰っていったのを見届けて、俺は鈴木先生に問うた。

 「何をだ?」

 「松良さん、何か事情がありそうですから。」

 「…本来は教師というモノはそういうことを教えてはいけないんだが。

 …まあ、僕も詳しいことは知らない。校長からは、丁重に扱うように言われてはいるが。」

 「…うわさは、どこまで本当なんですか?」

 「木戸君、世の中には、簡単に知られるべきでない秘密がある。」

 「…はい?」

 何かの機密に関わっている、そういうことか?

 「君も、その秘密を知っていい段階になったら、本人から直接教えてもらえるんじゃないか?どんなことかは知らないが。」

 大げさな口ぶりに、俺は思った。まるで「知っているが本人には知らないことにしている」ようだ、と。

 

                    ―*―

2045年4月19日(水)

 見違えるようにきれいに削られて、ちゃんとフネのカタチになっていたのは驚いた。俺がやるとどこか補強したり継ぎ足したりせねばならなくなるのに、そういう欠陥もない。

 「船体はこれで完成でいいか。」

 「じゃあ塗る?」

 「それは今日最後でよくないか?どうせ乾くのに一日かかるし…というか松良さん、この部屋、日中乾燥に使っていいのか?」

 「うん。ここ、生徒会室の真上なの知ってる?」

 …え。部室棟が1階と2階の接続が増設工事のせいとかでややこしいことになってるのは知ってたけど、そんなことになってたの?

 「ここ、奥でしょ?わかりにくいところにあるから放置されてて、近いから今は生徒会が管理してるの。だから大丈夫。」

 …つくづく本校生徒会長は、結構職権乱用とかを気にしない性格だったらしい。

 「さてと、じゃあ次、どうするの?」

 「次は艦橋とかだな。」

 測量艦「筑紫」は、帝国海軍の水路測量用の軍艦であるらしい。測量専用のボートを4台に偵察機まで備わっている。松良さんは2番艦の「三保」にこだわっているが、構造は変わるまい。

 「前から順に、艦橋、煙突の台、煙突、偵察機の台、そしてクレーンの台…まあこんなところか?」

 「大砲と機関銃は?」

 「武装は他のキットの部品余らせてるから探せば見つかるはず。」

 あくまで「はず」ではあるが。

 「えーっと、それで、何をすればいいの?」

 「基本は同じく、上から見た平面形どおり切り出して、重ねて、ぴったりに削る。ただ煙突だけはそうもいかないから…」

 模型道具箱から取り出すのは、大きな板ガムのようにして透明な袋に入っている、静岡某社の模型用速乾エポキシパテ。

 「この2色の粘土を同じだけ練り合わせると、1日で固まる。そうしたら削れるから、今日煙突よりこころもち太めの筒型にしておく。」

 「へー…初めて見た。いい?」

 聞くや否や、俺の手から取り上げて、袋をハサミで切ろうとしている。…おいちょっと待て。

 「粘土みたいなものだから、布手袋じゃくっついちゃうと思う。これ使って。」

 「あ、そっか。」

 気が付かなかった、と松良さんは呟き、白手袋を外して俺が貸した青のビニール手袋を着け、袋からパテを取り出して練り合わせ始めた。

 粘土を指先でこねる、黒髪ロングの美少女生徒会長。…つくづく不思議な光景だ。

 「太さはこの、模型サイズの図面見て、ノギス使って。」

 直線を引くのでなければむしろ定規より使われている気がする愛用のノギス。図面に合わせて前後の長さを取り、松良さんが机の上で転がしてできたパテの筒に当てる。うん、いい長さ。

 松良さんがノギスをカッシャンカッシャンと動かして興味深そうにしている。どうにも、大人っぽい容姿の割に子供っぽい無邪気なことをやるので落ち着かない。というかほとんど化けの皮ってレベルだ。

 そのまま、各部を図面通りに切り出し重ね接着、削り始める。…見てるだけじゃ落ち着かん。

 「なあ松良さん、俺もやっていいか?」

 「うん、お願い。」

 やすりをもう一個取り出し、右手に構え、下に紙を置いて、部品となるプラスチックを削っていく。

 数か月フルスクラッチビルドーキットなしにプラモデルを作ることーをしていなかっただけに、紙に白い削りクズが降り積もり始めていくのを見るのはなかなか楽しい。

 「木戸君、速いね。」

 「まあコツはある。というか手袋を外せばいいんじゃないか?」

 「…そういうわけには、いかないの。」

 松良さんは、なぜか悲しそうに、手元を見つめていた。


                   ―*―

2045年4月20日(木)

 昨日帰る直前灰色に塗装した船体の側面に、マスキングテープを貼っていく。

 「…どうして松良さんは、このフネにしたんだ?」

 測量艦「筑紫」。1000トンちょっとでこれと言って戦ったわけでもない、100年以上前のフネ。プラモデルには他にもジャンルがいっぱいあり、その中でこのフネを選ぶだけでも不思議だが、その、計画で終わった同型艦ともなると知っているだけでかなり業の深いミリオタと断定できる。 しかし松良さんがそういう人間とは思えないから、何か個人的な思い入れが、「三保」にあったのだろう。

 甲板色として塗るリノリウム赤の塗料ビンの蓋を開けながら、松良さんは口を開きかけ、また閉じた。

 「…松良さんが言いたくないなら、言わなくていいしそれに…」

 込み入ったことなら、踏み込むべきじゃないだろうし…

 「ううん、いいの。だけど木戸君、私はあくまで、プラモデルを見ててふとチャンスだって思っただけで、気負う必要はないからね?

 …『三保』はね、私のお母さんの名前なんだ。」

 「松良さんの、お母さん…?」

 それだけで思い入れがあるならたいしたマザコンだけど、俺の頭には瞬時に、もっとシリアスな理由が浮かんだ。

 「…死んじゃったんだ、お母さん。私が生まれる前に。」

 …予想通りの理由に、俺はどんな甘い言葉すらも呟くことができず…ちょっと待て!?

 「生まれる、前?」

 「うん。試験管ベビーって、言うのかな?事情はもっとややこしいけど…いつか、もしその気になったら教えるね?

 だから、私は、守ってくれるお母さんが、欲しかったの。」


                    ―*―

 「ほら、軍艦って女性詞でしょ?」とはかなげにほほ笑む松良さんの表情を、俺は帰宅してなお忘れられずにいた。

 「お兄ちゃん、何しているんですか?」

 「あ、優歌。ちょっとプラモデルを。」

 部屋の中に入ってきた愛妹は、捜すのを手伝うつもりはないらしく正座で抹茶をすすっていた。

 「お兄ちゃん、まさかとは思いますけど…その探し物、本当にあるんですか?」

 「…さあ。あったような気がする。」

 「では、なぜそんなに捜しているんですか?」

 「…見つからないからな。」

 「…見つかってるのに迷ってる、とかじゃなく?」

 …そうとも言う。

 「お兄ちゃん、見つけたものを使うか迷うのは、捜しているうちには入らないですよ?」

 「優歌は、そういう時どうする?」

 「それこそお兄ちゃんが決めるべきことですよ?」

 -「自分で決めろ」か。ホント、よくできたもったいない妹だ。

 「優歌、ありがとうな。」

 頭をわしゃわしゃなでてやると、妹は恥ずかしそうにツインテールを輪っかにした。


                    ―*―

2045年4月21日(金)

 松良さんが最近放課後を空けるために昼休み生徒会の仕事をしているのは知っている。だから昼休みは部室は無人のはず。

 そう思って、準備を前もって済ませようとやってきただけに、鈴木先生が顔を机面に近づけて作業しているのにはびっくりした。

 「やあ、遅かったな。」

 「…なんで来ることを知ってたかのような…」

 「君が3限終了後弁当を食べていたことから鑑みれば、合理的な理由は一つだろうに。」

 「…そうですか。

 …先生こそ、なんで?」

 鈴木先生は顔を上げすらせず、護衛艦の模型を組み立てている。

 「復讐のためだな。」

 「…はい?」

 なんかやったら物騒な言葉を聞いた気がする。

 「プラモデルで復讐、ですか?」

 「むかしひどい嫌がらせをされてね。その仕返しに送り付けてやることにした。」

 そりゃなんの、どんな復讐だ。しかも鈴木先生、今までプラモデルに触れたことがない様子なのに…謎だ。

 「君こそ、どうしたんだ?」

 「いえ、もうすこし、松良さんにまじめに付き合おうかな、と。」

 「…絶対、途中で投げ出すなよ?

 それはそうと今、何をしてるんだ?」

 「部品を作ってます。」

 昨日探し出してきた、ジャンクパーツの収納ボックスから砲の部品をいくつか取り出す。

 松良さんに提案されて調べた時点で、最大の懸念は大砲だった。

 「筑紫」の主砲は12センチ連装高角砲2。しかし2つあるうち、前部の波よけ付き主砲に当たるジャンクパーツはなく、形も複雑な曲面、フネのプラモデルではオーソドックスな700分の1縮尺なら数ミリで自作もほぼ不可能。このパーツは無理だとあきらめ、昨日までは、どうせ「三保」は計画で終わったフネと考えて別の大砲にすげ変えるつもりだった。

 しかしまあ、話を聞いた後だと、いい加減な気持ちでもいられない。

 手袋を外しては作業できない様子なので、細かい器用な工作は松良さんにはまず無理だ。だったら、それは俺の役目だろう。

 波よけ付き12センチ単装砲の部品は、砲身と波よけカバーの2つ。このうち、波よけカバーをいじればいい。

 波よけカバー2つを横に並べ、写真と見比べた上で、残すべき部分と削り取るべき部分の境を見極めてカッターで印をつけ、メガネ型ルーペをかける。

 片方を、右側面からやすりでゆっくり丁寧に削っていく。削り面が斜めではなく垂直になるように、無駄な傷をつけないように気を付けて。

 きっと今までプラモ作ってきた中で最も没頭してた気がする。

 もう一つのカバーを、左側面から削り、2つくっつけて様子を見る。

 ちょっと太い気がしたので、また、双方削り合わせ、並べる。

 …俺ながら、ぴったりかつそっくりのいい仕事じゃないか。

 瞬間接着剤をほんの一滴垂らし、接合面をすり合わせる。

 右側のみカットしたものと、左側のみカットしたもの。単装砲用のカバーをニコイチででっち上げた連装砲用のカバー。灰色の塗料で塗り、ぴったり刺さるようになっている砲身のパーツの根元をほんのちょっと削って、差し込んだときに上下に動かせることを確認する。

 「よし。」

 キーコーンカーンコーン…

 「予鈴!?」

 -鈴木先生の姿は、いつの間にかどこにもなかった。


                    ―*―

 船体の色ムラを手直しし、昨日塗っておいた艦橋や様々な構造物をその上に接着し、かわいらしい印象の煙突を載せてそのトップを黒く塗る。

 艦橋根本から煙突トップへ曲がりながらついている烹炊所煙突、前部マスト、後部マストを、ジャンクパーツの中から見つけたマスト部品を組み合わせてでっち上げ、塗装し、乾き次第順次乗っけていく。

 「うわ、かわいい飛行機。」

 松良さんは(マイナーなのになぜか10機以上700分の一で保管していた)零式小型水上偵察機のパーツを指でつまんで塗っている。パーツが2センチない代物なだけに、どこかありんこをつまむ小さい頃の優歌をほうふつとさせた。

 後部マスト根元の小型クレーンを表現するため、プラ棒を取り付け、艦橋回りや後部マスト台に対空機銃を取り付け、煙突から後部マストにかけてのあたりの両側に、俺が塗って渡すボートを取り付けていく。

 探照灯を台ごと煙突の後ろに設置、錨と錨鎖を左右に1つずつピンセットで、瞬間接着剤を爪楊枝で付けたところに付けて…精密機械のごとくぴったりだなおい。  

 「これで、完成?」

 「筑紫」のネット画像や図面と見比べながら、松良さんが俺の手を叩いた。

 「…これでも、文句は出ないと思う。だけど、アレンジすることもできる。どうする?」

 「アレンジ?」

 「計画中止だけど、もし完成していたなら1945年とか終戦間近だろ?だったら、対空装備、対潜装備がもっとあったんじゃないかってこと。」

 「そんなことまで考えるんだ…」

 「まあプラモデルって言うのはミリタリーでもキャラクターでも、ただ器用かつきれいに作るだけじゃなく、考証した上でどの説を取るのか決め、それを再現していくっていうのが基本的精神だから。」

 まあいろいろ異論はあるけど。

 「じゃあそうする。どうすればいい?」

 「まず増設機銃、それから爆雷だけど…」

 引き続きジャンクパーツを引っ張り出して、単装機銃や爆雷を松良さんが塗っては取り付けていくのを眺めること数十分。

 「ふう。これで完成か?」

 なぜか見ている方まで緊張して、ため息などついてしまった。

 松良さんが、真剣なまなざしで、昼休みに俺が作った前部主砲をピンセットでつまむ。

 「これ、作ってくれたの?」

 「…要らん御世話だったか?」

 「ううん、こんな細かいこと、私じゃできないから。

 …ありがと。」

 そっと、カバー付きの連装砲が載せられる。

 「完成、だね。」

 音符がつきそうな声で、松良さんは額をぬぐった。  

 「筑紫」「三保」ともども実際にフルスクラッチビルド(つまりプラ板から組み上げ)しましたが、資料が少ないのには難儀しました。製作要領を寸法まで細かく記す義理もないので致しませんが、もしどなたかお望みでなおかつこちらに時間があれば、このあとがきに追記することになるやもしれません。特に12センチ連装高角砲は、正規キットでは「宇治」の砲塔を(余らないのに)頂いてくるしかないので、事実上つぎはぎで造り上げるしかない一品になりました。あまりに手間をかけた分の愛着がわいたので、次のシリーズでは実品で登場させます。

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