シアワセな片思い - ボブカットの女神に恋したオレ、年下モテ男のアドバイスでかつてないピンチに立ち向かう!!
突然だが、オレは今、絶賛片思い中だ。
相手は同じ高校、同学年の高崎唯花。世にも愛らしい女子。
決して派手じゃないし、ミスコンに出るような典型的美人でもない。丸顔に丸眼鏡。なんつーの? いわゆる等身大ってやつ?
黒髪にスカート膝丈と、外見はバッチリ清楚。なんだけど、清楚すぎないとこがいいんだよな。性格は明るそうで、友達多くて、笑顔がさわやかで、天真爛漫って感じで、愛されて育った感があふれてて。
髪型は例のあれだ。ボブってやつだ。実にタイプだ。「ボブ」って響きがごついからもうちょい別のネーミングがあってほしいけど、とにかくボブな女の子にはヒットが多い。けど、高崎唯花は、彼女だけは、オレの単なるタイプの次元を超越しておられる。
そんなマドンナとの出会いは、放課後の体育館で訪れた。
オレは一応入ってみた卓球部で、練習とも呼べない素振りのフリしながら先輩達とダベってて。ゆるーい感じでこう、隅っこの方にいて。コートはこっち側が女子バレー部、あっち側が男子バレー部の日で。あ、バレーってバレエじゃなくてバレーボールね。
「いいよいいよ!」
「ナイッサー!」
「はいっ!」
なーんて黄色い声飛び交っちゃって。ピーッて笛なんか響いちゃって。青春、よきよき、なんて噛み締めてたわけよ。
そんなハーフパンツの尻の群れの中に、一人だけいつもジャージ姿の子がいるのは知ってた。あーマネージャーなんだなってすぐわかった。冬休み前にはいなかったから、多分三学期から入ったんだな。
コートの外に立ってハーフパンツ女子たちを見つめ、ときどきノートに何か書き込んでる。腕時計を見ながら、
「交代!」
とか、
「ナイスファイト!」
とか、声かけてる。その声がなんか黄色すぎなくて、落ち着いた感じで、心地よい。
彼女がボブな後ろ髪をギリギリ結んでることに気付いたときは、思わずニヤけたね。くるんと丸まったその感じが、ウサギの尻尾みたいでさ。
うん。その辺りから、かわいいかもなって思ってはいた。何となく、ハーフパンツの連中よりも深緑のジャージを目で追うようになった。
決定的に火が点いたのは、二月上旬のある日。
なんかいつもとは違うざわつきを感じた。ふと見ると、コートの端にハーフパンツが集まって、中腰姿勢で頭を寄せ合っている。どうやら、一人が足首をひねったらしい。
仲間に囲まれ、痛そうに引きずりながらコートの外に出て行く。たどり着いた先には、天の恵みが……。あのジャージ姫が、救急箱を抱えて佇んでいた。
ハーフパンツ集団は練習へと戻っていき、ケガ人はパイプ椅子に座った。深緑のマドンナはその足元にひざまずく。患部にシューッとコールドスプレーを噴射し、アイスパックを当て始めた。そのまま、ちんまりと正座状態でケガ人を見上げ、何やら話している様子。
おっ、ケガ人、涙ぐんでるぞ。もしかしたら試合が近いとかで、なんでこんな大事なときにぃぃ、って運命呪う系のやつかな? わかるわかる。オレも学生証の写真撮る日に限ってでっかいニキビできて超へコんだもんな。
と、ケガ人、手元のタオルで目元を拭う。
マドンナ、立ち上がる。
マドンナ、ケガ人の肩に手を置き、首をかしげてのぞき込む。
マドンナ、ケガ人をハグ。
ケガ人、ハグ返し。そして……。
マドンナ、おでこをケガ人の耳元にスリスリ。それに合わせてふるふる揺れるウサギの尻尾。スリスリ。ふるふる。スリスリ。ふるふる。
うぉぉぉ~なんだそりゃあ! オレも! オレもしてほしいぞぉぉぉぉぉ~!
こうなったらもう素振りのフリどころじゃねぇ。オレはちょっと調子わりぃなぁ風を装ってしんどそうにストレッチなどしながら、女子バレー部方面をガン見。「どうした?」なんて声かけてくる先輩を「や、だいじょぶっすよ」とテキトーにあしらいながら、あくまでマドンナをガン見。
しばらくして、さっきのケガ人にテーピングを施すことにしたらしい。粘着テープをベリベリっと引き出すマドンナ。その右手の力強さ。それをケガ人の足首に巻き付ける優しい指先。思いがけないほど真剣な目。額の汗。要所要所でポワンと揺れるボブテール。
女神だ。女神がそこにいた。
そんな恋の季節まっさかりなオレに、間もなく一大イベントがやってくる。そ・れ・は……。
なんと、女神の誕生日!
この超絶重要激レア耳寄り情報を手に入れるのにどんだけ苦労したことか!!
そもそも、週一で遠くから眺めるだけの仲。しゃべるどころか目が合ったことすらない。お近付きになるというミッションインポッシブルは、まず名前を知るところからスタートした。
幸い、うちのクラスにしゃべり担当キャラなバレー部女子がいる。そやつにマネージャーの話題を振って、それとなく名前を聞き出した。
高崎唯花! フルネーム! やったぜ、オレ!!
ついでに、彼女は部員たちから「ゆいか」もしくは「母さん」と呼ばれてることも発覚。うんうん。落ち着いてて優しくて、母さんっぽさあるよね。同意同意。
高崎唯花の敏腕マネージャーっぷりは先輩たちからも大好評らしい。やるじゃん。さすがオレのマドンナ。デヘヘ。
クラスはすぐにわかった。卓球部ネットワークを駆使してちょちょいのちょい。まあ要するにクラス写真を見せ合っただけなんだけど。
高崎唯花がいる一年五組には、卓球部員もいるし、オレの中学の同期もいる。そんなこんなで、彼女が放送委員会に所属していることもわかった。
ああ、持つべきものは情報網。幸いすぎるオレの人生!
女子バレー部にはさすがに入部できないオレだが、しめしめ、さっそく放送委員会に入r……なにぃ~学期の変わり目でしか入れないだとぉぉぉ~!? 四月までなんて待てるかぁぁあああ!!
青春は今まさに現場で起きているのだっっっ!!!
すっかりやさぐれたオレ。しかし、同時に高崎唯花の誕生日を知ってしまった。ムフフ。
女神が生まれた日。それは、三月十二日。学校の年間行事表で見ると、期末試験後の試験休み中だ。
休み中か~! しかもその後すぐ春休み。これ、今から当日までの動きがめっちゃモノ言うやつじゃん!
もはやオレ一人の手には負えない。こうなったら応援を頼もう。困ったときの親友頼み。中学で一緒だった太一だ。オレたちは童貞をカミングアウトしあい、互いの恋路を助け合った仲。ただし、オレは未だ女子と付き合ったことがないが、太一には一応交際経験がある(童貞は継続中)。
それより何より、太一の弟が実に的確なアドバイザーなのだ。オレも何回か会ったことがあるが、太一とは似ても似つかぬイケメン。中二にして、付き合った女子はすでに数え切れないほどだとか。
まさに切り捨て御免。いや、その姿勢をまねるつもりはないよ。オレは一途よ。ただ、高崎唯花を射止めるヒントが欲しいのよ。そりゃもう切に。
「お前さ、弟モテんじゃん?」
「ああ」
「ちょっとさ、アプローチ案、聞いてみてくんね?」
「直接聞きゃいーじゃん」
てなわけで、太一は弟の個人情報であるLINE IDをあっさり開示してくれた。
てゆーか、友達の弟のLINE聞いてる場合じゃねーだろ、オレ! 高崎唯花のを聞けよぉぉぉ!!
いや、さすがにいきなりは聞けない。きっかけだ。きっかけを作るのだ。そのためにいるのだ、太一弟が。
ちなみに、太一の弟だから太一弟と呼んでいるが、実の名を広治という。イケメン、名前は意外と普通。
その晩、実はかくかくしかじかで~、というメッセージを送ってみると、数分後にはピロン、と通知音。開いてみると、男から見ればいけ好かないあのクールな眼差しと整った風貌を思わせる文面が目に入った。
〈先方に彼氏はいないんですね?〉
何を今さら。もちろんいないさ。いるって噂がないし、いそうな感じもしない。いなさそうって太一も言ってる。てゆーか、いてたまるかよ!!!
〈いるって話は聞かないから、いないんじゃないかな〉
と返す。すぐに既読が付き、十秒と経たないうちにピロン。
〈話題にならないからいないという判断はちょっとどうなんでしょう?〉
うむ。鋭い。さすが太一弟。
〈うん、まあ断定はできないけど、いつも女子で群れてるし〉
〈校内にいるとは限りませんよ〉
うぐっ……うるせぇ! 縁起でもねぇこと冷静にしかも食い気味で言うなよ。わかってるよ、そんなことは! 考えたくねぇんだよ、彼女の隣に男がいる図なんて。いないんだろ? いないと言ってくれぇぇぇ!
そこへ追伸が入った。
〈とりあえず男女混合グループで遊びつつ探ったらよいのではと〉
むぅぅ……やっぱそうなるかぁ。イケメン案、極めて常識的。問題はそういう前段階をじっくり踏むだけの忍耐がオレにあるかどうかだ。いや、ない。あるわけない。前段階、早送り希望。
〈グループで遊ぶときに誕生日プレゼント渡すとかはあり?〉
〈渡すところを他のメンツに見られちゃうのは避けたいですね告白現場見られたみたいになっちゃうんで〉
なるほどー! 全然考えてなかった。ナイス忠告。てか句点ぐらい打てや。
〈なるほど。渡すなら二人きりになる必要がある、と。難しいな〉
〈どうしてもその日にあげたければ遊ぶ場所とメンツを調整して帰り一番長く一緒なのが自分って形にするといいです〉
うぉー! 名案、妙案、ブリリアン! それでこそ太一弟ぉぉぉ!
〈天才???〉
〈いや強いて言うなら経験です〉
おい中二、言外マウントやめろ。地味に傷付くぞ。
〈何をあげるんですか?〉
うん、いい質問だねぇ君。実は私もそれを考えていたんだ。
〈何がいいかな?〉
〈丸投げすかw〉
こら弟、鼻で笑うんじゃねーよ。こちとら何もかもがアツアツでドキドキなんだよ。
〈そうだなーちょっと考えてみます〉
って、なぜオレが敬語!?
しかしほんと、何あげよう? オレ史上最大の難題だ。
とりあえず検索してみると、おしゃれな文具とか、ハンカチ、ポーチ、パスケース、コスメ、アクセサリーなどなど、選ぶ側のスキルが問われまくるアイデアばかり。
ケーキとかお菓子とかの消えモノがいいって説もあるけど、オレが何か作れるわけでもねーし、かといって買った食いもんってのも何か違うし。
女子から男子ならプレゼントも選択肢いろいろありそうでいいよなー。とりあえず手作り作戦、とか微笑ましいしさ。ムフッ。
あ、でも姉貴みたいな例もあるか……。彼氏に手編みのレッグウォーマーをあげるって張り切ってたけど、でき上がったら恐ろしく湾曲しまくってて便座カバーにしか見えなかったんだよな。
あわや酸欠かってとこまで爆笑してたら、ケツに思いっ切り回し蹴り食らったっけ。結局あのブサイクなU字型の物体が彼氏の脚を温めることはあったんだろうか。
いや、そんなことより高崎唯花だ。プレゼント、プレゼントぉぉぉ!
オレは、あーでもないこーでもないとベッドの上を転げ回った末に、再びスマホを手に取る。
〈花とかはやりすぎ?〉
数十秒を経てピロン。
〈初心者は花はやめときましょう僕の部活の先輩は花言葉を深読みされて見事に振られました〉
あー、そりゃヤベーな。危険危険。
〈やっぱ、実用品で適度に安くて特別感あるもの、とかかな?〉
〈僕結構くだらないものとかあげてますけどね〉
出た、この大物感。結構って何だよ。いったい何戦錬磨なんだよ。
〈たとえば?〉
〈ゲーセンで釣れたキーホルダーとかギャグっぽい付箋とか〉
えーと……それは不特定多数にばらまいてキャーキャー言わせてるイケメンならではのアイテムでは?
〈オレでもそれでいけるとお思いで?〉
〈脈の有無を探る段階では少なくとも構えすぎた重いプレゼントよりはキモさが軽減されるかと〉
おい、だからなんでキモい前提なんだよ。失礼か!
結局、太一弟はオレに夢を見させてくれる気すらないらしく、現実に最も近い見解ばかりであまり役に立たなかった。
まあいい。何を隠そう、スーパーポジティブがオレの最大の取り柄。とりあえず花はダメで、気合い入れすぎずに軽いテイストで行けってことだろ。
UFOキャッチャーは確かにいいかもなぁ。オレ得意なんだよな。君のためにキャッチしたんだ。ついでに君のハートもキャッチしちゃうぜデヘヘ……。
ピロン。
んっ? 太一弟から追加アドバイスかーなかなかかわいい奴じゃどれどれ、とスマホを開くと、太一弟ではなく太一からのメッセージだった。
〈ニュース見た? 三月二日から臨時休校!〉
臨時……臨時休校? ママママママジかよ!?
慌てて検索すると、マジだった。新型コロナ対策として全国の小中高に臨時休校要請、だって。
にっくきコロナよ! オレから学校を奪いやがってぇぇぇ!! 学校はオレが高崎唯花の姿を見れる唯一の場所なんだぞぉぉぉぉぉ!! どうしたらいいんだ、神様、仏様、女神様ぁぁぁぁぁぁ!!!
未知の巨大生物に踏み荒らされたオレの心は、闇の中で寒風に吹きさらされた。……五分ほど。
ピロン。
んっ? 太一かと思いきや、太一弟だ。
〈オンライン授業とかになるんだったら近しくない同学年の連絡先も却って入手しやすくなるかもですねうまくやれば〉
…………神はいた。
高崎唯花のれれれ連絡先だとぉぉぉ!? 希望がぁぁ! 希望がメラメラ燃えてきたぁぁぁぁぁ!!
やっぱ持つべきものはあれだな。親友のモテる弟だな。師匠だ。師匠と呼ばせてください。
〈ちなみにうまくやるって、たとえばどんな感じ?〉
こうして、幸いすぎるオレの人生は、休校という新たなチャンスを獲得したのであった。
めでたしめでたし。
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