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20 彼女の秘密

「ゲルタ」


 なるべく、静かな声を出したかった。落ち着きのある、静かで、深みがあって、信頼に足る声。

 自分がそういう人間であるとは思わなかったけれども、せめて今だけは、このへたくそな演技に欠片でも説得力が宿ることを祈った。


「え?」


 顔を上げたゲルタに、手を差し伸べる。首を落とすためではなく、彼女を立ち上がらせるために。

 もう一度、歩き出させるために。


「どうして? だって、あたし、裏切り者で」

「うん」

「裏切り者は、だって」

「そうだな。生かしておくと、禍根になる」


 ババアはそう言った。言ったけれども、ババアは生かしていたじゃないか。

 自分を裏切ったといったその人間を、客として迎え、ともに語り合っていたじゃないか。


 だからきっと、殺すだけが結末じゃない。

 結局、俺はババアの真似をするしかないんだ。だって、ババアのことしか知らないんだから。

 あの人でなしの、大賢者のことしか。


「だけど、ゲルタにはきっと事情があるんだろ。リリイに相談してみよう。きっと、何とかなる」

「でも」

「そうね。ぜひ、聞きたいわ、わたしも」


 後ろから、夜をつらぬいて、声が走った。高く、優しく、美しい響きだった。

 ゲルタが、弾かれたように視線を振る。


 まあ、気づいてはいた。

 足音は殺せてなかったし、呼吸だって荒かった。雑踏の中でだって聞き間違えないけど、夜の静かな街並みで、俺を尾行するリリイの存在に気づかないでいるのは、かえって難しい。


 総身に月明りを浴びて、リリイ・アメルハウザーは、この夜すべてを統べるように、そこに立っていた。


「夕食後に妙なことを聞かれたのが気になって、レオンをつけてきたの。尾行なんてはじめてでドキドキしたし、自分なりにはうまくやったつもりだったけど……レオンはお見通しだったかしら?」


 肩をすくめて答えない。俺とリリイの会話は、この際あまり必要ない。


「リリイ、リリイ様、あたし、あたし……!」


 ひざまずいたゲルタの肩に右手を置いて、リリイは左手で頭をなでる。


「よしよし。気にしなくていいわ」

「でも、でも……!」

「言ったでしょ。この人を信じて陥れられるのならそれでもいいと思えたら、もうあとは盲目的に信じればいい。わたしは、最悪、あなたになら裏切られてもいいと思ってたわ。ゲルタがわたしを裏切るのなら、それだけの理由があなたにあるはずだから」

「あれ、じゃあ俺、余計なことをしました?」


 すごいかっこ悪くないか、それ。めちゃくちゃ余計にでしゃばった感じがある。


「まさか。助かったわ。レオンもごくろうさま、ありがとう」

「いえいえ。でも、俺が出なくても、何か手は打ったんでしょ?」

「それは買いかぶりすぎね」


 なんとなく、リリイも気づいているんだろうとは思ってた。ゲルタの様子が少し妙なことに。

 リリイはひざを折り、ゲルタと視線を合わせた。こぼれる涙をぬぐって、声をかける。


「人質を、取られているのね?」

「どうして……そこまで」

「ただの勘よ。あなたがこんなことをするくらいだから、理由はいくつかしか思いつかなかっただけ。とらわれたのは誰? ザビーネかな、とも思ったけど、捕まるような人じゃないから、メイド仲間のエッダとか?」

「そう、そうです、エッダが、エッダが捕まってて……! だからあたしはどうなってもいいから、エッダだけはって……」


 泣きじゃくりながらゲルタは語る。要約すれば、だいたいこんな感じだ。


 ゲルタとともに城を抜けたのは、ザビーネだけではなかった。エッダというメイドと、そのほかにもメイドひとりと、騎士団員ふたり。合計六人の脱出行だった。すべて女性だ。

 街道の見張りが厳しくなかったというのは嘘で、コルネリウスの放った手下たちがあちこちに出没した。騎士団員のうち、ひとりは追手と斬りあった末に命を落とした。もう一人の騎士団員と、メイドは、捕らわれて城へ送られたという。


 一行の意思決定をするザビーネは、彼らの奪還を優先しなかった。とにかく、リリイとの合流を優先しなければならない、と判断した。正しいだろう。

 そのような苦心の末、ザビーネとエッダとともにゲルタがようようたどり着いたのが、アスムスの隣町、イエーナだった。


 そして、そこで捕らえられた。コルネリウスの追手に、ではなく、イエーナを牛耳る大商人、ファビアンの手下に。

 騙されて宿を取ったところ、そこを襲われたという。ザビーネはひとり斬り結んで脱出したが、到底ひとりでは太刀打ちできないと判断したか、そこで分かれることになった。


 アスムスにゲルタを託し、ザビーネが道を引き返した、というのはゲルタの嘘だったということだ。

 イエーナの襲撃の夜以降のザビーネの消息は、ゲルタも知らないという。


 イエーナの商人、ファビアンとしてはコルネリウスに恩を売りたい。しかし、たかだか三人の逃亡者を送り届けたところで大した値打ちもない。そこは商人、このメイドたちの価値を引き上げる錬金術を思いついた。

 リリイの身柄をおさえるのだ。


 エッダとゲルタのうち、ゲルタが選ばれたのはエッダの希望だったという。エッダは、自分を見捨ててリリイとともにいろ、とゲルタに耳打ちしたのだという。自分はどうなってもいいから、リリイを助けて、ゲルタだけは生き延びて、と。

 その言葉こそが、ゲルタを縛める、なによりも鎖になった。そうまでしてくれた親友のことを、ゲルタは決して見捨てられなかった。


 エッダの命と引き換えに、リリイの居場所と弱点を探ってこい、というのが、ファビアンがゲルタに下した指令だった。

 もとより、リリイはアスムスを訪れる可能性が高い。もともとの目的通り、ゲルタはアスムスへ向かった。


 果たしてリリイはアスムスにやってきてしまった。そこから先は想像通りだ。ゲルタは、アスムスに潜むファビアンの手下に脅され、頻繁に情報を流していた。

 俺という規格外の戦闘力を持った従者の存在がファビアンの予想外だった。さらに言えば、アスムスでの暴力沙汰、犯罪沙汰は、商人であるファビアンにとって自殺行為に等しい。


 ファビアンは、みずからの手を汚すことをあきらめた。決定的な情報を掴み、それをコルネリウスに献上することで、恩を売ることにした。

 結界の仕組みが明らかになり、ファビアンの立てた計画によって、結界に穴をあける作戦が実行された。ファビアンはその情報をコルネリウスに売るつもりだ。


 せめてものゲルタの知恵で、小さい結界への侵入権限はゲルタにしか付与されていない。今夜、アスムスを抜け出してイエーナへ行き、その権限の譲渡を条件に、エッダを解放してもらうつもりだった。

 そこを、俺とリリイに見つかった。


 以上がゲルタが俺たちに語った顛末だ。シンプルではないが、複雑すぎる、ということもない。

 なにより、解決方法がシンプルなのがいい。


 さて、俺の出番だ。

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