17 女子たちの望み
地面に倒れ伏しているゲルタは、口から泡でも吐き出しそうな様子だ。
結界の侵入者への攻撃は、俺ですらちょっと痛みを覚えたくらいだから、なんの加護も持たない少女にしてみれば、体感したことのないくらいの激痛だったろう。
あと一歩深く踏み込んでいたら、命にかかわるところだった。
「その、ゲルタ、立てないよな。宿まで俺が背負っていったほうがいいかな」
「ああ、いや、ゲルタにはわしが肩を貸す。ついでに、レオンの怪力についても説明しておこう。レオンは、なにか作業をしていたのだろう? 戻ってくれていいぞ」
ヴァルターがゲルタの肩を引く。
言葉で説明して俺の妙な強さが信用されるか怪しいところだが、ここはヴァルターを信じるしかない。
リリイが近づいてきて、首をかしげる。俺の背後で山になっている廃材を見つめている。
「レオン、これ、今日ひとりでやったの?」
「そう。建材がどこに売っているかわかんなかったから、先にできることだけやっておこうと思って。腐ってる部分とか強度が心もとないところは全部引っぺがしてあるから、あとは新しく作るだけ」
「いまさら驚かないつもりだったけど、実際に目の当たりにすると、やっぱり信じがたいわね……」
ユリアナも呆れとも感嘆ともつかない息をつく。
これだけで、ふつうの小屋の一軒くらい、建ちそうな量の廃材だ。
「結構、いい汗かいた」
「なによ、なんだか楽しそうじゃない」
「好きなんだよ、土木作業」
「そういえば、森の中でもそんなこと言ってたわね」
言ったかな、ああ、風呂を作った時か。
数日前のことなのに、なんだかあの時に比べると、ずいぶん気安くなった。俺も、みんなも。
仲間になれたようで、なんだか嬉しい。
「それにしても、通りかかってくれて助かった」
「どうして?」
「ちょっとさ、困ってたところだったんだよ」
眉を寄せる俺の顔に、リリイとユリアナの視線が注がれる。
いや、そんなに驚かなくてもいいじゃないか。俺だって、困ることくらいある。よくある。
「けど、ヴァルターのおかげで解決した」
ひきちぎった縄を使って、廃材を手早くまとめていく。肌を傷つけそうなところや、とがった部分にはあらかじめ手を入れてある。
くるくるとまとめてしまってから、庭の隅に移動させる。
「ひとまず、これでいいかな。この街での廃材の廃棄ルール、あとで宿屋の主人にでも聞いて、処理しよう」
「呆れた働き者ね。じゃ、一緒に宿まで戻りましょう。働き者のレオンには、とっておきのプレゼントを用意してあるから、期待してね」
リリイがウインクする。めちゃくちゃかわいいが、なぜかちょっと、不吉な予感を覚える俺なのだった。
***
「やっぱり、これも似合うわ!」
「素材がいいから、何を着せても絵になるわね」
「むかつくけど、似合う。でもむかつく。あたし、嫌いだわー、レオン君、嫌いー」
宿に着くなり風呂に入れられて、出てきたら女性陣の部屋へ連行され、さまざまな衣装を着るよう強制された。
はいこれ、と手渡された服を持って脱衣所へ向かい、それを身に着けて出てくると妙なポーズなどを取らされる。ひとしきり言いなりになると満足するようで、はいこれ、と別の服を手渡されて脱衣所へ向かう。
もう一時間以上になる。疲れやしないが、意味不明で怖くなる。
「あのー、これはいったい?」
「え? レオンのために買ってきた服のお披露目会だけど?」
「はい?」
お披露目会ってなんだ? ていうかそもそも、二十着以上あるぞ?
「これ、全部、俺のために買ってきたってこと?」
「いやいや、さすがにそこまで贅沢はできないから、半分は返しに行かないといけないの。そういうサービスがあってね、試着まで宿でしていいんだって」
「半分? 服なんて二着あればよいのでは?」
洗って、乾かしてのローテーションが組めればなんでもいい。
動きやすさと頑丈さが加われば、言うことなしだ。
「そういうわけにはいかないのよ。レオンはアメルハウザーの従者になるんだから。最低限の身だしなみは必要なの」
「でもリリイ、なんか妙に楽しそうじゃないか?」
「楽しいよ? 美男子を着せ替え人形にするっていうのは、女の子の一生の夢だから。ねえ、ユリアナ」
「否定できないわね。まったくその通りだから」
ユリアナまでなに言ってんだ?
ていうか、美男子。何回言われても慣れない。てへ、っと頬が赤くなってしまう。
「なによ、だらしない顔。さあ、諦めてもうしばらく付き合いなさい。次はあたしのコーディネート。はい、これ」
今度はゲルタから上下一式、手渡される。
「ああ、似合わないとむかつくけど、すごく似合ったらそれはそれでむかつく。複雑な心境だわー!」
なんか好き勝手言ってやがる。助けを求めて部屋の隅にいるヴァルターに視線を向けると、悲し気に首を振られた。
『わしにはどうすることもできん。あきらめろ』
『了解。なんだか腑に落ちないけど、もう少し頑張る』
男同士のアイコンタクトを済ませて、脱衣所に消える。
その後もたっぷり二時間ほど、服だけではなく髪型まで女性陣にいじくられる苦行が続いたのだった。
ようやく満足した三人が、まじまじと俺の顔を見て、
「いやあ、しかし、顔がいいわね」
とつぶやいたときには、なんだか全身の力が抜けてしまった。
これ、喜んでいいことなのだろうか。