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12 予想外の酒宴

「みな、聞いた通りだ。いま、この場で目にしたこと、耳にしたこと、すべて忘れよ」


 クラウディアの指示に、はい、というまばらな声が響く。

「言われなくとも信じられない」とか「言ってもどうせ誰にも信じてもらえない」とかいったささやきが聞こえる。


 鬼かなにかを見たように、おびえた視線を送ってくるものもいる。

 傷つくなあ。俺、意外と繊細な人間なのに。


「では、リリイ、レオン、それから……」

「ヴァルターにユリアナです」

「うん、では四人とも、こちらへ来てもらえるか。あらためて、茶の一杯でも振る舞おう」


 衣を翻して、胸を張ってクラウディアは歩き出した。堂々たる威容、といいだろう。

 実はちょっとだけ震えている膝頭を除けば。


 リリイの耳に唇を寄せる。


「やりすぎたか?」


 リリイは顎をすんと上げ、澄ました目を細めた。


「上出来よ。ちょっとだけ、胸がすっとしたわ」

「え?」

「だって、なんだかレオンのこと、侮られていたみたいだったでしょ? だから、鼻を明かしてやりたかったの」

「え、え? それが本音? ここで俺の強さを示しておくことが後々のためになるという計算とか計略とか、そういう深謀遠慮があったわけではなく?」


 リリイは不思議そうに目を丸くしている。


「考えもしなかったわ……。なるほど、そういう意味でのデモンストレーションとしても、なかなか効果的だったかもしれないわね。わたし、ただ、レオンの強さが疑われているのに、むかっ腹が立っただけだったから」

「嘘だろ…」

「なによ。いいじゃない。誰だって、自分の大切な従者を甘く見られれば頭にくるものなの! さ、行くわよ」


 むっと頬を膨らませ、ずんずん歩いて行ってしまう。

 いや、もう。


 このお嬢様、いつも俺の想像を超えてくる。よくも悪くも。



***



「いやあ、驚いた、腰を抜かしたかと思った。なんだあれ、すごいな、レオン、すごいな、君!」


 先ほどとは別の、もう少し砕けた感じの応接に通されるなり、クラウディアは膝を叩いて笑った。

 なんか、キャラ違くないか?


「リリイやレオンから見れば立派に中年だろうがね、海千山千の商人に交じれば、私だって小娘の類に違いない。普段のあれは、なめられないためのキャラづくりだよ」


 こっちが素だ、とか言って、喉の奥が見えるくらい口を開けて笑っている。

 従者もそれは心得ているのか、次々に酒と食事を運び込んでくる。がぶりと噛みつくように盃に口をつけ、口の端から一滴垂らしながら喉を鳴らして飲む。

 仮面でも素でも、ただモノじゃないってことに変わりはない。


「宿は、ここから十分ほど歩いたところに部屋を用意した。いっそ貸し切りにしようかと思ったが、それだと悪目立ちするから、普通に二部屋押さえてある。足りるか?」

「十分です、ありがとうございます」

「うん、部屋割りはそっちでやってくれ。ここで飲み食いしたら、移るといい」


 酒の入った瓶をこちらに向けてくる。酒には酔えない体質だから、逆に何が楽しいのかわからず、自分でたしなむことはない。

 が、促されたら受けるのが礼儀だろう。

 水と見まがう透明な液体が注がれる。見たことのない種類の酒だ。ババアはもっぱら葡萄酒ばかりで、酒の種類に頓着しなかった。


「あ、うまい」


 思わず、素直な感想が漏れる。クラウディアは、にまーっと嬉しそうに笑った。

 もう酔ってるのか?


「そりゃそうだ。海の向こうから運んできた特上品だ。米から作る酒らしい。ほら、みんな飲んでくれ。長旅の後には染みる味だぞ」

「ほほう」


 舌なめずりしたのはヴァルターだ。実はユリアナも嫌いじゃないようで、目を爛々とさせている。

 リリイだけは遠慮して、葡萄ジュースを飲んでいる。下戸なのか、酒の味が嫌いなのか。


「飲みながら、すこし、森の話を聞かせてくれ。どんな魔獣がどれくらいいたのか、それをどうやって、このレオンが撃退したのか。森には不明なことが多い、当家にとっても有益な情報になる。なにより、酒のつまみにこれ以上の話題はないだろう?」

「あんまり楽しい話じゃないですよ。泥だらけになったり、返り血まみれになったり」

「そう? わたし、十分楽しかったわよ? あんな経験、したことなかったもの。冒険って、ああいうのを言うのね」


 あの死にかけの経験を、冒険の一言で済ませるのは奮っている。ヴァルターとユリアナは森の話が出たとたんに、苦いものを噛んだような顔をしているのに。


 リリイはにこにこと、両手で抱えるようにグラスを持っている。

 葡萄ジュースも上等なものに違いなかったが、感動している様子はない。それはそうだ、そもそもリリイは貴族のお嬢様だったのだ。美食には慣れているということだろう。


 それから、しばし酒宴が続いた。森で出会った魔獣は羅羅だけじゃない。たしかに街の防衛にも必要な情報なのかもしれないと、それぞれの獣の特性と対策を述べていると、だんだんとクラウディアの視線が熱っぽくなった。


「私はもうファンになっちまったよ、レオンの。アメルハウザーへの恩義ももちろんだが、レオンのために力を貸したって惜しくはないぞ」

「はあ、それはそれは」


 クラウディアが酔漢の目でこちらを見ている。舌なめずりもしている。心なし、椅子がこっちに寄ってきている気がする。

 いつの間に上着を脱いだのか、健康的な、褐色に焼けた肌が腕まであらわだった。胸元がざっくり開いている服を着ているものだから、その豊かなふくらみが気になってしまう。

 自制心を総動員して目線が行くのをこらえるが、それに気づいてかどうか、クラウディアがぐいぐい迫ってくる。


「うん、こうやってみると、顔もなかなかの美男子だ。まったく、リリイがうらやましい」


 酔っている女というのは、独特の蠱惑的な香りをまとっている。クラウディアが腕を絡めようとしたときに、だん、と大きな音がした。

 ユリアナが、盃をテーブルに叩きつけたのだ。

 びくっとして視線をやると、じと目でこっちを見ている。頬に朱が差しているところを見ると、こっちもすでに酔っている。


「ど、どうした、ユリアナ?」


 声をかけると、不機嫌そうににらまれる。目までちょっと充血している。その横で、ヴァルターは鼻提灯だ。

 どいつもこいつも、弱いならそんなに飲むなよ、と頭を抱えたくなる。

 振る舞われた酒がよほど強いのか、旅の疲れもあったのか。どちらにせよ、不用心にもほどがある。


「レオン君はですね!」


 とユリアナは叫ぶ。誰だ、レオン君って。そんな呼び方されたこと、今まで一度もなかったじゃないか。


「アメルハウザーの従者なんです、私の同僚なんです! あまりなれなれしくしすぎないでください!」


 ユリアナに腕を取られる。気づいてないだろうけど、胸が当たっている。

 クラウディアほどじゃないが、ユリアナだって十分に素敵なスタイルの持ち主だ。俺の頭にかっと血が上る。

 一方のクラウディアはクラウディアで、好戦的に笑って、もう一方の腕を絡めてくる。


「とはいえ、当家の客人だ。私がもてなして不自然なことはあるまいよ」

「ものには限度があると言っているんです!」

「限度と言うと、こういうこととか?」

「あ、こら、やめなさい!」


 玩具になった気分だった。助けを求める意味でリリイに視線をやる。

 葡萄ジュースを飲み続けているせいで、場にそぐわず、まったく酔いの回っていないリリイは、思いがけないことに、めちゃくちゃ楽しそうにこの騒動を見学しているのだった。


「大人気ね、レオン」

「助けてくださいよー」

「えー、どうしようかなー。楽しそうだから、いいんじゃない?」


 楽しくないと言えば嘘になる。しかし、このままというのはいかにも体裁が悪い。もちろん無理に振りほどこうとすればできるのだが、酔っているふたりに怪我をさせてしまうかもしれない。

 これはまいったなあと思案していると、


「あああああ、何してるんですかあ!」


 とけたたましい声が響いた。

 入口の扉に目を向けると、ひとりの少女が立っている。使用人なのか、メイド服を身に着けている。身長は女性にしても小柄で、リリイと同じくらいか。

 その視線は俺をにらんでいるようだ。


 誰だこいつは。

 もう何がなんだかわからない。

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