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08 胸に秘めた真相

 今頃、私がいなくて寂しがってはいまいか。

 そんな心配をしてしまうくらいには、私はあの人間に愛着を持っていたらしい。まあ、川口は馬鹿だから、私のことなど一か月もすれば忘れるだろうけれども。


 今、私は飛行速度を限界まで上げ、川口の住んでいた街の上空を飛んでいた。景色がぐんぐん遠ざかり、やがて海が近づいてくる。

 そう、ここが私の旅の終着点だ。



 川口にずっと嘘をついてきたことについては、申し訳なく思う。しかし、やむを得なかった。本当のことを話すわけにもいかなかった。


 私は超古代文明の遺跡から発掘されたわけではない。覚醒のときを待つ、似たような境遇の仲間がいるわけでもない。そんなのは嘘っぱちだ。むしろ、よく信じてもらえたものだと思う。真実は以下に述べる通りである。



 地球よりもずっと進んだ技術を有する、遥か遠くの惑星。私の正体は、その星の生命体によって地球に送られてきた惑星探査機である。地球が侵攻するに値する星かどうか判断するため、異星人たちによって調査目的で送り込まれたのだ。


 あの星の住民らは、これまでにもいくつもの惑星を併合してきた。居住可能な条件が整っており、資源の採掘が見込める星ならば、彼らはどこへだって強欲に手を伸ばす。他の星々の犠牲のもとに、彼らの高度な文明は成り立っていた。


 水資源が豊富であるというのが主な理由で、地球もそのターゲットとなった。まずは原住民の様子を探れとの命令で、私が使わされたのである。



 ちなみに、あの星でも私には一応名前があった。だがそれは、「機械生命体NO.二五」という味気ないものだった。スフィアという名をくれた川口には、表にこそ出さなかったが私はとても感謝している。


 当初、命令された通りに調査を進めようとしていた私は、手始めに適当な標本に―つまり川口真吾に接近した。彼を原住民の一つのモデルとして分析し、おおよその行動パターンを把握した後、他の標本を調べたり、この世界の成り立ちについて知るつもりだった。


 ところが、私には二つの誤算があった。一つは、川口の電子機器を拝借してインターネットなるものを使ったり、テレビを眺めたりするうちに、予想よりも簡単にこの星の基本情報を調査し終えたこと。簡単な構造の機械であれば、私は遠隔操作で操ることができる。もう一つは、標本に対して妙に愛着を持ってしまったことだ。


 川口の恋を応援したいという気持ちは自然と湧いてきたし、自分の進む方向性を見定められずにいる彼の背中を押してやりたいとも思った。事実、私はその通りにした。どうしてサンプルごときに肩入れする気になったのかは、自分でも分からなかった。


 けれども、だんだんと私にも答えが見え始めた。私は探査を続けるうちに、この星のことが好きになっていたのだ。



 故郷の星の空は、科学技術の発展を優先するあまり環境への配慮がなおざりになり、重く淀んでいた。大気汚染の度合いは地球よりかなり酷く、病に伏せる者も少なくなかった。あの星の住民たちが他の惑星の侵略に乗り出したのは、新天地を開拓する意味合いも強かったのだろう。


 それに比べて、地球の空は青く澄んで美しい。住民たちもなかなか愛すべき存在だ。何気ない日常を、皆健気に生きている。川口や、彼が思いを寄せるヨンという女性もそれを教えてくれた。

 各々が自分の目標に向かって努力し、日々を送っている。ほとんどの仕事が自動化された私の故郷ではありえない、ささやかな達成感に溢れた生活だ。


 美しく幸せに満ちたこの星を、あの者たちの手に渡すわけにはいかない。地球を、私の故郷の植民地とさせてなるものか。



 かくして私は、徐々に高度を下げていった。夜の海は暗く、どこまでも沈んでいってしまいそうな深みを感じさせた。


 私自身が収集したデータを消去し、故郷の者たちへ決して届くことのないようにせねばならない。それが、地球を彼の者たちの魔の手から守る、唯一の方法だった。


 ゆえに私は飛行スピードを落とさぬまま、海へ勢いよくダイブした。派手に水飛沫が上がったが、人間たちは何かゴミが落ちたくらいにしか考えないだろう。それで構わない。


 大気中の水蒸気を取り込み、動力源の水素に変えるための弁を、思い切り開ける。危険感知センサーが警告を発したが、意に介さない。これが私の意志だ。私の望んだ結末だ。


 開かれた弁から、金属でできた体の内部へと海水が流れ込んでくる。重さを増した体が沈んでいく。少しずつ意識が薄れつつあるのを、私はぼんやりと感じていた。


 短い間ではあったが、君と過ごすことができて私も楽しかった。君と出会ったことで、私は故郷の者たちの犯そうとしている過ちに気づくことができた。これからの君の人生に、幸多からんことを。


 ありがとう、川口真吾。そして、さようなら。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。よろしければ、感想等お寄せください。


タイトルの「僕とスフィア」についてなのですが、「川口の一人称は『俺』なのに、どうしてこの題名にしたのか」と思った方もいるのではないでしょうか。

当初は一人称を「僕」にして書く予定だったのですが、割と単細胞な主人公(川口くん、ごめんなさい)を描くにあたって、「俺」の方が自然な表現になると判断して変更しました。

それでもタイトルまでは変えなかったのは何故かと言いますと、「実際と一人称が異なる」という点で川口の文筆者としての未熟さを表現できるのではないか、と考えたからです。

川口はその後自身の体験を書き記すわけで、この作品も彼がところどころを想像で補いつつ書いたものである可能性があります。しかし、まだまだ彼は駆け出し作家でミスも多い。その象徴が、タイトルと作品の中身の相違であるわけです。悪く言えばそこが彼の欠点、良く言えば伸びしろということになります。


もちろん、やや力技な解釈ですので異論は認めます(笑)

ただ、タイトルを「俺とスフィア」に変えることに形容しがたい違和感があったのは本当です。


長々と失礼しました。また別の作品でお会いしましょう!



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