07 導いた結論
「なあ、スフィア」
布団を跳ね除けるようにして起き上がった川口は、目が覚めるなり私の方を向いて言った。いつもは往生際悪くベッドから出られない彼にしては、珍しいことだ。少しは意識が高くなったようだ。
「昨日の夜、ずっと考えてたんだ。俺が本当にやりたいことは何なのかって」
はいはい、分かった分かった。君の寝言を一晩中聞かされていた私の立場になってみろ、言いたいことは大体分かっている。早く続きを言いなさい。
「子供の頃、小説家になりたいって思ってた。自分には才能がないと感じて諦めていたけど、今からその夢を追いかけることもできるんじゃないかって」
『具体的には?』
私が先を急かすと、川口は息つく間もなく、興奮した様子で続けた。
「君と出会ってから、俺のくだらない人生は変わろうとしている。そのことを小説という形で残すくらいなら、俺にもできると思うんだ」
そこで一旦言葉を切って、川口は自嘲気味な笑みを浮かべた。
「もちろん、俺の文章力はまだ未熟なものかもしれない。文筆だけで食べていけるとは思ってない。だから、出版社で働きつつ執筆活動をする、というのはどうかと思ってる。俺と同じように、作品を書くことに情熱を注いでいる人がたくさんいるはずだ。その人たちのサポートをしながら生きていけたらいいな、って」
意見を求めるように、彼は私を見つめた。熱意を秘めた目だった。輝いている、と私は思った。
『良いんじゃないか』
私がもし人間だったら、にっこり笑って首肯していたところだ。
『君の進むべき道が定まって、私も嬉しいよ』
川口を祝福する一方で、私は考えをまとめていた。これまでに経験したことを総合すると、やはり結論は一つしかなかった。諦観と共に、これで良いのだという気持ちもあった。
あくる日、バイトから帰ってきた俺はドアを開けた。けれど、返ってくるはずの声はなかった。
「スフィア?」
名前を呼んでみたが、返事はない。
部屋中どこを探しても、赤褐色の球体の姿は見えなかった。今までのことが全部夢だったような感覚に、突然襲われた。
いや、夢なんかじゃない。
今日、ヨンさんと次のデートの約束を交わすことができたのは、あいつの助言によるところが大きい。そして机の上には、一冊のノートが置かれている。書きかけの小説のプロットが、その中に眠っていた。
多分あいつも、自分のやるべきことを果たすために戻っていったんだろう。目覚めつつある仲間たちに知識を伝え、導く。それがスフィアの使命だったはずだ。
だけど、俺の恋愛相談ばかりやってて大丈夫だったのかな。もう少し広い世界を見て回っておいた方が良かったんじゃないか。
若干腑に落ちない点はあったが、まあいいや、と川口は風呂に入る用意を始めた。熱いシャワーを浴びて、とっとと寝てしまおう。
とにかく、今までありがとう。スフィア。