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04 相棒の助言

「よし、そろそろ寝よう」

 シャワーを浴びてしばらくしてから、川口は独り言ちた。明日も朝早くからシフトが入っているらしい。忙しい奴だ。

 電気を消そうとして、彼はふと私の方を見た。


「君、燃料の補給とかはしなくていいの?」

『問題ない』

 初めて未知の物体と出会ったショックが去り、色々な疑問が湧いてくる時期なのだろうか。私は努めてクールに答えた。


『内部エンジンは水素を燃料としているが、それは空気中の水蒸気を分解、吸収することによって自動的に補填される。動力源が尽きることはない』

「そうか。すごいな」


 あまり理解していなさそうな顔で、川口はうんうんと頷いた。推測だが、この男は文系だろう。それも、あまり頭の良くない部類の。

 電気を消し、川口はベッドに横になった。無論、私は眠る必要はない。机の側に静かに浮かんでいるだけだ。


「そういえば、君って名前はないの」

 何度か寝返りを打ってから、川口は小声で聞いてきた。不意打ちだったため多少驚いたものの、私は平静を装った。


『私は探索機。ただそれだけだ』

「でも、ちょっと味気ないよね」

 少し考えてから、彼は算数の問題が解けた小学生のような笑顔をこちらに向けてきた。私が内蔵するカメラは暗視機能もそなえているので、暗がりの中でも人の表情を読み取ることができる。


「まん丸だから、スフィアっていうのはどう?」


 スフィア。確か、英語という言語で「球体」を意味する言葉だったか。私の記憶領域には既にこの星の主要な言語がインプットされていて、川口のでたらめな発音でも一応は認識することができた。

 ネーミングセンスは微妙だし、単純な名づけ方だ。けれども、不思議と悪い気はしなかった。私自身、探索機としての単調な生活に飽きていたのかもしれない。


『まあ、悪くはないな』

 こうして、私にはスフィアという名が与えられた。



 あれから俺はスフィアのアドバイスに従い、様々なアプローチを試してみた。いつかの別れを前提とした恋かもしれない。でも、あいつの言葉を聞いて吹っ切れることのできた自分がいた。


 身だしなみに普段以上に気を遣ったりだとか、ちょっとした髪形や服装の変化に気づいてあげて、褒めるとか。色々あったけれど、一番いいと思ったのは、やはり話す機会を増やすことだ。


 うちの店は大通りから少し離れているせいか、そんなにお客さんで賑わうという感じではない。どちらかといえば暇な方だ。そんなことも手伝って、仕事に余裕のあるときはヨンさんと積極的に話すようにした。

 話題は多方面に及んだけれど、メインは学校のこととか、身近なものだった。


「今ね、洋服のデザインの勉強をしてるんだけど、難しくて」

 二人でレジに入っているとき、ヨンさんは微笑を浮かべて言った。彼女がデザインした服、俺も着てみたいな……なんて、つい思ってしまう。


 ヨンさんはとても頑張り屋さんだ。東京都内の家賃は軒並み高く、彼女が専門学校の近くに借りているアパートも例外ではない。おまけに学費も馬鹿にならない。生活費を稼ぐため、彼女は一生懸命にバイトをしている。


 俺も地方から出てきているから金欠な方だが、ヨンさんほどではない。それに大学を中退しているから、特にこれといって勉強しなければならないこともない。俺なんかよりもずっと、彼女は頑張っている。応援したい気持ちと、助けてあげたい気持ちが俺の中に同居していた。


 本当に尊敬できる人だ。俺がヨンさんを好きになった理由の一つは、これだった。国籍の違いなんて、問題にもならなかった。



 夜の十二時前にようやく家に帰り着いた俺は、疲れ切っていた。ドラッグストアのバイトとは打って変わって、カフェの方はいつも繁盛していて仕事に忙殺される。急いでレジを打ち、ドリンクをつくっていたら一日が終わってしまう。そんな感じだ。


『お帰り、とでも言っておこうか』

 ドアを開けると、宙に浮かんだスフィアが待ち構えていた。今日も俺の土産話を聞きたくてうずうずしているらしい。


 彼から恋愛に関してアドバイスを貰えることには、感謝している。事実、スフィアの助言があってこそ俺はヨンさんとの距離を順調に縮められている。以前よりもよく話すようになったし、もしかすると彼女の方も好感を持ってくれているのでは、と思うことも時々ある。

 だけど最近、俺はこいつのことを少し胡散臭く感じ始めていた。


 俺が留守にしている間に方々へ出かけているのかもしれないが、俺が知る限りではあまり外へ出ておらず、さほど熱心に現代社会を調べているようには思えない。あるいは、俺にとことん密着するつもりなのか。もっと調べる対象を広げても良い気もする。


 それに、スフィアの後に覚醒するとかいう仲間たちはどうなったんだ。こいつと出会ってからもう一週間以上が経つけれど、いまだにそんな話を聞かない。


 何かがおかしいようにも感じるのだが、違和感の正体は分からない。まあ、家に帰ったときに話し相手がいること自体は悪いことではないし、スフィアは無害な存在だ。この奇妙な同居生活をもうしばらく続けても、別に構わないだろう。


 お帰りと言ってくれる相手が、不愛想なメカじゃなかったらもっと良かったのにとは思う。それこそ、ヨンさんとかなら最高だ。


 ともかく俺は、いつものようにカフェから持ち帰ったパンを齧りつつ、今日の出来事をスフィアに話して聞かせた。興味津々といった風で耳を傾けていた彼は、やがて口を開いた。


『それで、デートにはいつ誘うんだ?』

「まだ分からない」

 俺は言葉を濁した。


「彼女、卒業制作に取り組まなくちゃいけないらしくて、今は結構忙しいんだ。生活費がかかってるから、バイトを減らすわけにもいかないみたい」

『馬鹿、だからって遠慮してどうする。多忙な日々を送って疲れている彼女を、楽しい場所に連れ出してリフレッシュさせてあげればいいじゃないか。それが男として為すべきことだ、違うか?』


 これまで、スフィアの助言に従って大体はうまくいってきた。でも、今回は比べ物にならないくらいハードルが高い。何しろ、彼女へ初めてデートのお誘いをするというのだから。


「それは、そうだけど」

 まだ決心がつきかねていた俺の背中を、スフィアは強く押してきた。全く、イケメンな台詞を次から次へと吐きやがる。顔はないけど。


『まさか、卒業制作が終わるまで待っているつもりじゃないだろうな。そんな猶予は残されていない。君自身が一番よく分かっているはずだ』

 よし、と俺は腹をくくることにした。やらずに後悔するより、やって後悔した方がずっといい。覚悟は決まった。


「……分かった。誘ってみるよ」

 もしスフィアが人間だったら、口笛でも吹いていたかもしれない。

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