02 不思議な同居人
衣服を適当に積み重ねて入れた段ボール箱が、やけに目に付く。彼はあまり部屋の整理をしないタイプらしい。
どうやら、青年は私の説明を一応信じてくれたらしく、調査に協力することに乗り気になっていた。古代に造られた機械たちを手助けすれば、自分たち現代人のもつ科学技術の向上に繋がるかもしれない―という趣旨の発言もしていた。おめでたい奴だ。
何はともあれ、私たちは敵対することなくお互いを受け入れ合った。調査の一環として、私は青年自身のことについても尋ねることにした。プログラムにそうせよと書かれていたわけではないが、何故だか聞きたくなってしまったのだ。
彼の話はあっちに行ったりこっちに行ったりの繰り返しで要領が悪く、非常に伝わりづらい。したがって、以下に記すのは、私が彼の話した内容を明快に要約したものである。
彼の名前は川口真吾という。二十一歳。大学を中退して、今はフリーターをしながら一人暮らしをしている。昼はドラッグストア、夜はカフェで働いているらしい。
『何故大学をやめたんだい』
私が聞くと、川口は怪訝な顔をした。
「ねえ、それって調査に関係あるの」
『今を生きる人々のことを理解するのは、大切なことだ』
自分でも無茶苦茶な理由だと思ったが、彼は戸惑いつつもそれを受け入れたらしい。馬鹿だな、と私は内心呆れていた。
「俺、やりたいことが見つからなくて。大学で勉強することの意味とか、そういうことが全然分からなくなったんだ。だから、今はバイトしながらその答えを探してる」
やっぱり馬鹿だった。私は彼に対して、言いたいことがいくつもあった。
自分が何を本当にやりたいかだと。何のために勉強するのかだと。阿呆め、そんなことを分かっている人間なんて数えるほどしかいない。
人は皆、学びながら、あるいは社会に出て働きながらも、正解を求めてもがいていく。そういうものなのだ。川口のように答えが分からないから歩みを止めてしまうのは、不器用というか、ナイーブすぎるというか。
『なるほど』
幸か不幸か、私は機械だ。顔の表情を読まれる心配はないし、声は常に無機質な電子音声が発せられる。心の中でいくら川口を馬鹿にしていようが、悟られる心配はないのだ。文脈に沿った答えを返していれば、相手は決して怪しんだり疑いを持ったりしない。
手狭なワンルームをカメラで見渡して、私は重ねて質問した。
『それにしても、随分散らかっているな。この様子では、交際している女性はいなさそうだ』
「初対面のくせに、失礼なことを聞くんだな」
まあ図星だけどさ、と川口は肩をすくめた。
しかし、彼はさほど悪い顔立ちをしているわけではない。むしろ、ルックスには恵まれている方だといえるかもしれない。寝間着だと思われるシャツの袖からは、筋肉質な腕が覗く。スポーツもできそうな感じだ。それもあって、私は本来予定していなかった問いを放ってしまった。
『好意を寄せている女性もいないのか?』
途端に、川口は相好を崩した。嬉しいのか恥ずかしいのか、とにかくにやにやとして気持ちが悪い。けれども、余計な指摘をして関係を悪化させることは避けなければなるまい。
「いるよ。片思いだけど」
『ほう。気になるな』
まあ、少し詮索してみるくらいは許されるだろう。軽い気持ちで私は言った。
川口真吾から、例の女性についての情報を得ることはできた。だが、百聞は一見に如かずと言うではないか。
どんな人物なのか見てみようと、私は次の日、バイトへ向かう彼の後をこっそりとつけた。品物を陳列した棚に身を隠すようにして静かに飛行し、ドラッグストアの店内へと侵入する。
「おはようございます」
やがて店の奥から、赤いエプロンのような制服を着た川口が姿を見せた。思ったよりも似合っていて、少し驚く。優しそうな雰囲気のある彼に、実によくマッチしていた。
「おはよう、川口くん」
レジに立っていた若い女性が彼の方を振り向いて、軽く微笑む。その美しい笑顔に、彼は心奪われているようだった。昨日からの付き合いでしかない、私にも分かる。
彼女はヨンさんというらしい。川口よりは二、三歳上。韓国から日本へ留学してきていて、専門学校で服飾について学んでいるそうだ。だが日本語の発音はとても滑らかで、ネイティブスピーカーとさほど変わりない。顔立ちからも異国風な印象は受けず、幼く可愛らしい感じだ。
小柄な彼女の身長は、川口の肩くらいまでしかない。こうして遠目に見る分には、どちらが年上なのか分からないくらいだ。同年代にしか見えない。
もう少し彼らのやり取りを観察していたいところだが、客に私の姿が見られてもまずい。名残を惜しみながら、私は誰にも見とがめられることなくその場を去った。
あとで彼から話を聞くことにしよう。