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笑顔は私のトレードマーク

作者: 秋月



 私は秋が大好きだ。

 澄んだ秋の空が、冷たい秋の空気が大好きだ。


 ここ最近、朝夕ぐっと寒くなってきた。

 寒くなると暖かいものが恋しくなってくる。

 ホカホカの肉まんや、熱々のお鍋、トロトロのクリームシチュー、どれも大好物だ。


 今日の夕飯はおでんかキムチ鍋にしようかな、なんて事を考えながら散歩がてらやってきたのは古い神社だ。今日は夫も仕事が休みだから、夫婦二人のんびりと歩いて来た。


 鳥居の前で立ち止まり、夫婦二人並んでゆっくりと一礼する。そして参道の左側を二人で歩いて行く。

 まだ朝の早い時間だからだろうか、どこからか鳥の甲高い鳴き声が聞こえてくる。

 木々の間からは日の光が柔らかく射し込み、非常に神秘的だ。それに空気は冷たく清らかに澄んでいて気持ちが良い。

 

 間違いない。今日は絶好のお参り日和だ。

 私は思わず笑顔を浮かべた。


 いつの頃からか毎月必ず一度か二度、夫婦二人で近所にあるこの神社にお参りするのが恒例になっている。

 長い歴史を持つ由緒正しい神社だけど、残念な事に知名度は低い。それでも昔から地域の人達が愛称をつけて呼ぶほどに親しまれ愛されている、この地域の誇る大切な神社なのだ。


 神社のお参り以外にも、毎月欠かさずお墓やお地蔵様の祠の掃除、霊園の草刈りもしている。

 田んぼの真ん中にある古い霊園で、水場も無く毎回家から持参しないといけない。駐車場もないので、少し離れた空き地に車を停めて運ばねばならない。なかなか重労働なのだ。

 

 でも私は特別信心深い訳ではない。


 むしろ二十代前半の頃までは神や仏を信じるなんて無駄な事だと思っていた。

 だって神様は、虐待に苦しむ私の『今日は殴られませんように』という普通の子供にとって当たり前の、簡単な願い事すら叶えてくれなかったのだから。


 ――神頼みなんてしたって意味がない、頼れるのは自分自身だけ自分で何とかするしかないんだ!


 でも歳を重ねると考え方は変わってくるもので、年々神様や仏様、ご先祖様を『敬う』気持ちが強くなってきた。

 きっとそれだけ歳を重ねたという事なのだろう。


 それに神頼みをする事で、精神的に楽になったり救われたりするものだ。それは病を患った私も同じだった。



 ◆◆◆



 手水舎に着き手と口を清める。


 右手で柄杓を取り水を汲み左手にかけ、柄杓を左手に持ち替え右手にかける。再び柄杓を右手に持ちかえ、左の手のひらをお椀代わりにして受けた水を口に含み、左の手で口を隠しながら水を吐き出す。左手に再度水をかけ、柄杓に残った水を柄杓を立てる事で柄の部分にかかるようにこぼし、元の場所へと戻した。


 参拝の仕方は今ではすっかり顔馴染みになった宮司さんから教わったから多分間違ってはいないと思う。

 何十回と参拝してきたお陰か、最近やっとぎこちなさが取れてきた様に思う。


 周りを見渡し、私達の他に参拝客はいない様子に少しホッとする。せっかくだからゆっくりお参りしたい。

 境内は今日も綺麗に掃き清められていて、何だか嬉しくなる。


 お賽銭箱の前に夫婦二人で並ぶと、準備していたお賽銭を入れ一緒に鈴を鳴らす。カラン、カランと境内に鈴の音が響いた。

 それからゆっくりと深く二拝し、左手より右手を少し下にずらし二拍手する。


 お参りを初めたばかりの頃は、柏手を打つ時これでもかと力を込めて、バチン、バチンと打ち鳴らしていた。それをたまたま見ていたらしい宮司さんが、手のひらの中心を指差しこんな話を聞かせてくれた。


「手のひらの真ん中は心。

 そこを激しく叩いたら心を痛めてしまうよ。

 何事にもちょうど良い加減がある。

 入れすぎていた力の分、今度は心を込めてみなさい。きっと神様にも伝わる筈だよ」


 ニコニコ優しい笑顔でそんな話をして下さった。

 その時に恥を忍んで正しい参拝の仕方を聞いてみたら、丁寧に詳しく教えて下さって、私達はすっかりこの神社と宮司さんが大好きになった。


 自分達の住む土地の神様をお祀りする神社でもある。特別に感じたのかも知れない。

 たまたまこの地に引っ越して来たからこそ得る事のできた、かけがえのないご縁だ。


 そんな事を思い出しながら手を合わせ目を閉じ、ご挨拶と今月も夫婦揃って参拝させて頂く事が出来た感謝の気持ちを神様へ伝える。そして最後にいつもと同じ願い事をする。


 私はそっと目を開けた。

 隣を見ると夫が優しい笑顔で私を見つめていた。


 ――あぁ、私は本当に幸せものだなぁ……。


 目を潤ませながらそう思った。




 毎度恒例のおみくじは、先月に引き続き末吉だった私と違い、夫は今月も大吉だった様だ。ニヤニヤしながらドヤ顔でおみくじを見せつけてきたので非常にイラッとした。


 せっかくだからと広い境内を散策していたら宮司さんを見つけた。挨拶だけするつもりが宮司さんが相手だと、毎回ついつい長話になってしまう。この日も案の定、長くなってしまった。

 だって宮司さんは話上手、聞き上手なのだ。


 秋の爽やかな風が揺らす木々のざわめきと、柔らかな日の光に包まれながら聞く宮司さんの話は、胸にストンと落ちてくる。今日も贅沢な一時を過ごさせて貰った。


 用事があるらしい宮司さんに手を振り別れると、行きと同じように参道の左側を歩いて帰る。

 途中で参道のど真ん中に、行きには無かった筈の脱皮したてらしき蛇の脱け殻があった。それを二人で生きている蛇と勘違いしてパニックになるハプニングもありつつ、鳥居をくぐると二人並んでゆっくりと一礼した。


 ――また来月、二人一緒にご挨拶に来ますね。


 そう神様に約束した。


 


「腹減った~。カレーを食べに行こう!」


 家へと向かう道で夫が言い出した。


「一昨日カレーだったでしょ? それにまだお昼じゃないよ」

「じゃあカレーうどん!」

「……却下」


 アラフォーの癖に子供みたいな奴だ。一昨日、やっと作り過ぎたカレーを食べきったばかりだというのに、何を言っているのだろうか。夫は毎日カレーでもいいと豪語する、無類のカレー好きなのだ。


 しかも朝食でご飯を三杯もおかわりしていたのにもうお腹が空いているらしい。恐ろしい胃袋の持ち主である。

 どんなに食べても太る事なく細マッチョ、本当に羨ましい体質の持ち主なのだ。


 そんな夫はタバコもお酒も賭け事もしない。仕事も真面目だし、性格は子供っぽくて少し難しい所もあるけれど誠実で優しい人だ。

 バイクという夫婦共通の趣味もあって、夫婦仲はとてもいいと思う。


 夫の両親も今でもとても夫婦仲の良い、優しくて素敵な人達だ。

 義父は寡黙だけれど穏やかで少し天然な人、義母はいつもおっとり優しい笑顔の明るくてチャーミングな人だ。

 特に義母とは、女二人でランチやショッピングに行く位に仲が良い。


 実は義母も私と似たような生い立ちを持った人だ。義母は色んな苦労をしてきた筈なのに、それを一切感じさせる事無くいつも朗らかに笑っている。誰に対しても優しく明るく、まるで春のお日さまの様だ。

 私の事も大切にしてくれていつも気づかってくれる義母。苦しむ私を抱きしめ一緒に泣いてくれた義母。私の憧れ、私の目標だ。


 私にとってお義母さんじゃなく、お母さんだと思っている。


 夫は私にとって理想の家族、理想の両親のもと愛されて育った。だからだろうか、夫はアラフォーになり体重も増量してしまった今の私も、昔と変わらず大切にしてくれる。


 愛してるなんて言葉は一度だって言ってくれた事は無いけれど、照れ屋で素直じゃない人だから仕方がない。


 夫と同じ位に素直じゃない私も言葉で伝えたりはしない。


「いいよ、カレーで」

「えっ、いいの!?」

「今日だけだからね」

「分かった!」


 でも、いつもこうやって折れてしまう位には。

 夫に心底惚れているのだ。


 夫はカレーが食べられるのがよほど嬉しいのか、ニコニコと笑顔を浮かべている。本当に子供みたいな人だ。


 今日も私の食べる量の倍はあるカレーをペロリと平らげてしまうであろう夫の健康を考えて、夕飯は野菜たっぷりのキムチ鍋にする事に決めたのだった。



 ◆◆◆



 私の人生はなかなかの不幸続きで、昔は自分を悲劇のヒロインの様に哀れんでいた時もある。


 地獄の様な子供時代。

 大人になり大切な人と出会い結婚したものの、すぐに病を患ってしまった。闘病は辛く苦しく、夫には金銭的にも精神的にも大きな負担をかけてしまった。

 今もそうだ。私が妻でいる限り、子供好きの夫に自身の子供を抱かせてあげる事が出来ないのだから。


 ちゃんと検査をしていればと後悔がつのる。

 悔やんでも悔やんでも悔やみきれない。

 子供を産む事は不可能になってしまった。

 夫に、両親に、義両親に申し訳ない……。


 それだけではない、何よりも怖いのは常に死の影がちらついている事だった。


 そんな苦しむ私を、夫は見捨てる事なく常に寄り添ってくれた。励ましてくれた。勇気づけてくれた。

 私でなければ駄目なのだ、そう言ってくれた。

 

 そんな夫に、夫の家族に、両親に友人に、職場の仲間達に何が返せるのだろうか。

 私は考えて考えて、いつも笑顔でいよう、そう思った。

 感謝の気持ちと、心配をかけたけれどもう大丈夫だと安心して欲しくてそう思った。


 最初は作り笑顔だった。でも、作り笑顔だって笑顔だ。

 作り笑顔もちゃんと心が込もっていれば本物になる。

 なによりも、笑顔は笑顔を呼ぶものだ。

 そう『笑う門には福来る』だ。


 気づけば「秋ちゃんの笑顔を見ると元気になる」そんな言葉を貰える様になっていた。でも実際は言葉を貰う度に、私の方が何倍も元気を貰っていた。

 

 今では笑顔は私のトレードマークだ。


 私は思うのだ。

 眉間に皺を刻み続ける人生なんてもったいない。

 どうせ刻まれる皺ならば、笑い皺をたくさん刻んで生きて行くほうが、きっとずっといい。


 時に喧嘩する日も、うまくいかない日も、悲しさに押し潰されてしまう日だってある。苦しくて辛くて逃げ出してしまう事だってある。 


 それでも、私を大切に思ってくれる人達の為に。

 私が大切に思っている人達の為に。


 私は私らしく笑顔を忘れずに生きていきたい、そう思うのだ。


 そしてこれから先も夫婦二人、笑い皺をたくさん刻みながら人生を送りたい。長い人生を終えるその日まで。


 それが私の心からの願いだ。



読んで頂いて本当にありがとうございましたm(__)m


話はかわりますが、前回と今回の台風で被害に合われた方々へ、一日でも早く復旧し元の穏やかな生活に戻れます様にと願ってやみません。


亡くなられた方々のご冥福を心から祈っております。

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― 新着の感想 ―
[一言] 爽やかな秋の良い部分が、素敵に感じられます。 それと旦那様とのちょっとしたやり取りに、楽しさが読み取れてとてもほっこりします。 実は私もカレーが好きです、特にカレーうどんが大好きです。 カレ…
[良い点] 活動報告のコメントから飛んできました。 前作と今作を連続して読ませていただいたのですが、辛い経験をなさった中、笑顔で毎日を生きていらっしゃることに素直に尊敬の念を抱きます。 私も虐待の…
[良い点] とても暖かい気持ちになりながら読ませていただきました(*´▽`*) 地獄を乗り越えた先に見えた、優しい世界。旦那さんや宮司さんなど、その世界を取り巻く暖かい光と共に歩む姿に、じぃんと来てし…
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