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第4話 定野と上田のイメージ

 定野と俺で、勉強の成績の差は少ない。一応俺のが上だが、ちょっと気を抜くと抜かれるだろう。一方で女子たちの人気って言う点で言えば、大差がある。って言うか、あいつがクラスで一番人気だろう。でもこれだけは言いたい。あいつに顔がないから顔で判断する事はできないが、うちのクラスで一番顔がいいのは上田だ。勉強はあまりできねえが、それでもまるっきりダメって事もない。まあ平均より少しだけ下ってレベルのようだ。そしてあいつは陸上部で、一年生にしてエースをやっている。まあ短距離って言うより長距離ランナーだけど、それでも体育の授業はほぼあいつか定野の天下と考えて間違いない。いずれは高校以降活躍してこの中学校のOBとして名を轟かすのかもしれねえ、そんな奴と今俺は仲良しこよしだ。

 まあ、俺は勉強ばっかりしてて運動はイマイチそんで顔がカッコよくねえ、上田は勉強はあまりできねえが運動は一流そんでイケメンと、全く反対同士の人間らしく気が合うんだろうな。これがもし、上田が俺並の成績だったり俺が上田並の運動神経だったりしたらケンカばかりしてたんだろうな。だからこそ俺は定野って言う勉強においてライバルになりそうな奴の事が好きになれねえのかもしれねえ。まあ上田の方は定野を嫌っている様子はないけれどな。

 そんであいつと俺が何を話してるかって言うと、まあどうでもいい話だよ。たまに授業とかお互いの部活とかの話もするけど、大半がいわゆる雑談。その雑談の大半が、あいつの趣味の話だ。


「今度の日曜日、TRUTHのCD買いたいんだけど小遣いがなくてな。それからSGってダンスユニットのムービーも落としときたいんだよね、清水さんの華麗なステップと権藤ちゃんのあのスマイル、あれは多分伸びるよ。ああ無料コンテンツだけで我慢するしかないんだろうけどさあ、ってかお前小遣いって何に使ってるんだよ」

「小説と漫画とノート」

「真面目なこったねえ、でどんなの読んでるんだよ具体的に?まあお前の事だから有名な文学者の作品集とか?それで漫画とか言っても三国志とか戦国時代とかに関わる歴史物とかあるいはサスペンス物とかだろ。それはそれでいいと思うけどさ、もうちょい他の方向も向いた方がいいんじゃねえ?」


 俺と上田の会話はだいたいこうなる。出会ってから三ヶ月ほどで、あいつから十組以上のアイドルユニットの名前を聞かされている。ソロ活動してるのも含めれば四十人以上、そして聞いてもないのに特徴をまあ事細かにペラペラとしゃべるの何の。なんでも上田の兄貴、今年高校卒業してファッションの店に務めてる兄貴から受け継いだ趣味らしいんだけどよ、まったく仲のいい兄弟だね。

 ってかペラッペラと話す中に、実在のアイドルは一人もいやしねえ。どこの事務所にいるんだよ、テレビで音楽番組とかバラエティ番組とか見てるけどお前の言ってるアイドルなんて一人も見ないぞって言ったら平然となんとかってゲームに出て来るアイドルだけどって言いやがった。まあ、いっそすがすがしくて尊敬に値するね。

「でもほらさ、イメージってもんがあるだろ」

「どういう意味だよ」

 こんなにカッコいい陸上部のエース様、って言うか王子様って感じなのに口を開けばアイドル、しかもゲームの中のアイドルの事ばっかし。それじゃ飽きるか避けるかするよな、普通。もったいねえよな実際。

「お前さ、他にやる事ないのかよ」

「ないね。ああそう言えばさ、今度のTRUTHの新曲、NINEって言うタイトルなんだぜ。何でも千里ちゃんが三歳の時に」

「俺が悪かったよ」

 一応、仲良しこよしとして注意はしているつもりだ。でもこの調子だぜ、つける薬がねえってのはこういう事を言うんだろうな。文房具を見てもまあ派手に飾り付けられてて面影がねえ。しかもよく見ると校則に違反しねえように飾られてる、細かいこったね。でもそんな努力が伝わるのは俺ぐらいだぜ。

 そして定野はと言うと、あいつは本物だね。本当に一言もしゃべらねえ。まあ口がねえからしゃべらないのは当たり前だけど、その気配すらありゃしねえ。どんな声で何をしゃべるのか、想像も付かねえ。


 中学生らしいまっとうな質問なら答えてくれるかもしれねえ、そう思った事もあった。口が使えなくったって、手を使って○×の札を出して答える事ぐらいはできる。

「定野って塾とか行ってるのか?」

「……………」

 上田の奴が何か口で言いながら同じ内容のメモ用紙を定野の元に滑らせて来た。成績が良いとあれば普通の勉強だけじゃなく何かやってると考えるのは自然だろう。俺だって似たような質問を何べんもされて来た。その度に正直に答えてそんだけかよと言われたりその通信教育ってよほど効果的なんだなとか言われたりしたしな。

 ――定野の手はまったく動かない。ペンを握るまでは行ったもののそれから線の一本さえも引こうとしないまま、じーっと無言で座ってた。上田がいくら呼びかけても定野は何にも言わねえ。

「じゃあ好きなサッカー選手って誰だよ」

「……………………」

 そんなにデリケートな話題でもねえはずなんだけど、なぜ何も答えようとしねえんだろうか。そう思って上田は神を裏返してあいつにとって身近そうなサッカーの話題を振ったみたいなんだけど、やはり何にもしようとしねえ。まあなあ、誰にだって好き嫌いってあるもんだしなあ。俺はこの年になっても未だにしいたけって奴が苦手でな、何度克服しようとしてもうまく行かねえ。小学校時代その事をさんざんバカにされたけど、そいつらだってトマトやだピーマンやだって騒いでたからどっちもどっちって奴だろ。サッカー選手だって同じ事が言えるのかもしれねえ、誰かが好きな選手だってその活躍により別の誰かが好きなチームをむちゃくちゃに負かしていたら、そいつからは嫌いな選手と呼ばれるようになるだろう。

 結局定野は、上田の質問に答える事はなかった。無口って言うよりコミュ障って奴なんじゃねえかとも思えて来るが、そう決めつけるには人気がありすぎる。

 何せ、あいつの行動にはほとんど無駄がない。何か行事があったとしても、あいつは不言実行とはこういう事だよと言わんばかりに淡々と進める。五月後半に授業で俺と上田と定野とあと女子三人でグループを作ったら、ほとんど定野の一人舞台になってた。俺と上田は一応口を出して筋道を立てたつもりではあるけれど、筋道が出来上がってからはもう完全に定野のための舞台になってた。

「定野君って絶対いいナンバーツーになりそうだよね」

「そうそう、どんな情報もうまく汲み取って処理してくれそうな」

 これが女子たちのその時の評判だが、俺もおおむね同意だ。俺にはあそこまでてきぱきと物事を進める力はない。まあまるでやってやれない事はないんだろうけど、どうせ時間も手間もずっとかかるだろう。上田?あああいつはマイペースでガンガン進めて行くタイプだから、うまく行きゃいいんだけどなかなか行くもんじゃねえんだよなあ。その上にあいつは横道でしかない雑談が多いから、そういう細かい事をやらすと多分満足に進まねえだろう。

 そうやって細かい所を詰めて行くあいつに顔があったら、どんな表情を俺たちに見せつけてくれるだろう。おそらくは真顔その物か、あるいはその場をぶち壊さない程度の軽い笑顔か。それとも案外突拍子もない表情をしてるのかもしれねえ。俺と父さんの顔が似ているように、あいつも誰かと似てるんだろう。

 そんで俺らは笑ったり泣いたり、怒ったり悲しんだりする。その時にいろんな声を出し、いろんな顔もする。あいつはそれができない。はっきり言ってずいぶんとどでかいハンデを背負っちまったもんだ、もし俺が同じハンデを背負ったとしたら挽回できるかどうかわかりゃしない。でも定野って奴は、それをまったく気にしている風がない。その強さってやつが女の子たちを引き付けるのだろうか。


 うちのクラスに学級委員長と言う肩書きを持つ奴はいない。まだ日直が持ち回りで細かい事をやっている。でももし学級委員長を今すぐ決めろと言うのならば、間違いなく定野になるだろう。定野はそれぐらい周りからある意味での信頼を得ている。あいつにやらせれば間違いはないだろう、その段階にまであいつは達していた。

 何をやらせてもいい意味で適当にこなす、しっかりと抜け目がない。それでいて私利私欲を出す所がなく、余計な事は一切しない。なんともまあ頼りになる男だ。もちろん、そんな定野について下世話な話をする連中はいるが、そういう連中はどんどん肩身が狭くなっていくように思えてならねえ。何せうちのクラスに、定野ほど勉強ができる奴はそうそういねえし、運動神経がいい奴もそうそういねえ。って言うか一年生全体でもあいつはトップクラスのはずだ。そういう奴にそういう感情が向けられるのは当然の事じゃねえのかなあ。

「定野ってつまんねえ奴だよなあ」

「そうか?」

「だってさ、何にも言わねえし何の表情もねえし」

「そうよね、噂で聞いたんだけど好きなサッカー選手はって聞いた時でさえ無回答だったんでしょ?まったくさあ」

「いいじゃねえかよ、俺はあれはあれで立派な個性って奴だと思うぜ?俺みたいにベラベラしゃべる奴ばっかりだとうるさくてしゃあねえだろ、別にいいんじゃね?」

 一応勉強では俺、運動神経では上田の方が定野より上ではある。ただ片方が100点でもう一方が60点の俺らと、両方とも95点の定野のどっちが総合的に考えて上かって言ったらやっぱり定野だろ。とにかく、定野の事が気に入らねえ連中が数少ないアドバンテージの持ち主である俺らに最近よく絡んで来る。そんで俺らが思ったまんまの事を言うとふてくされてどっかに行っちまう。それっきり終わりならそれで良かったが、何べんもやって来るから性質が悪い。

 信頼ってことで言えば、先生たちからも定野は信頼が厚い。もしクラス全員が定野みたいな勉強できる頭や運動神経の程度を持ってないとしても、これまで無遅刻無欠席の上に宿題を一度も忘れて来ないような生徒だと言う前提ならば、俺みたいなのでも先生は務まると思う。学級崩壊とかいじめとかも、全く知らない国の言葉になるだろう。


 父さんも母さんも、まあ世間的に言ってごく普通のアラフォーだと思う。まあどういう風に普通なのかって言うと説明しづらいけど、まあ身長とか体重とかそこらへんは平均レベルの大人って感じだ。平均である事が普通なのかどうかわからねえし俺の物差しが正しいのかどうかわからねえけど、とくにはみ出してる所もないはずだ。でもだからと言って、俺がまったく問題のない生徒って訳でもない。表向きはともかく心の中では授業中にいろいろ関係ない事も考えていたりする、最近じゃ文学部の活動で渡された作品が面白くてつい気が散りそうになり、なるべく空っぽにして授業に臨もうとすると今度は部活でトンチンカンな物言いをする事になったりする。

 その事がもしバレたら、ってか部活の顧問の先生にはもうバレてるっぽいんだけど担任の先生は怒るだろうか。一応勉強では一番って事になってるのにそれがこんなザマじゃ追い越されるぞって発破をかけられるだろうか。俺にも、これぐらい責めを受ける理由は用意されている。しかし、定野には見た所それが何一つない。漫画やドラマで、人間には表裏ってのがある事はわかってるつもりだ。俺にもさっき言ったような意味での裏表は確かにあるが、上田にはあまりありそうに見えない。いつでもどこでもああやってお気楽に過ごしているのだろうと想像できる、けれど定野はどうなんだろうか。もしあれが素だとしたら、正直つまらねえだろう。家の中ぐらいでは気を抜いてもいいと思うけどな。

 もちろん定野に負ける筋合いはない。一学期の期末テストだ。やや気がたるんでる所に活を入れるように俺は試験前々日まで睡眠時間を二時間削って机に向かい合った。まあ、その内一時間はテストと全然関係ない本を読む事だけに費やされたけどな。これが俺なりの気の抜き方って奴だ、プライベートだ。

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