9話《仲直りと影》
「はぁ……はぁ……」
翌日、歌恋は春宮家の玄関先に来ていた。いつもならすぐにインターホンを押すのだが、家の前に着いた瞬間に昨日のことを思い出してしまい、その場で立ち尽くしていた。
「よ、よしっ!」
深呼吸を数回し、意を決してインターホンに手を伸ばした。
ガチャッ!
「「あっ……」」
その時タイミング悪く、春宮家の玄関の扉が開いた。そこで、これから大学に行こうとしていた、夕月と鉢合わせした。
「ぁ…っと……お、おはようございます」
「……おう」
歌恋は顔をあわせることができず、俯きながら挨拶をし、夕月はその挨拶に対して、短く返事をした。
「ルミ、迎え」
夕月は、家の中に向かってそう声をかけた。バタバタと足音が聞こえたが、夕月が家のドアを閉めたことで、全く聞こえなくなった。
「こないと思ってた」
夕月はぽつりとそう呟いた。歌恋は顔を上げることなく、手にしていた鞄の持ち手を強く握った。
「最初は、確かに先輩のお願いだからでした。けど今は……」
ゆっくりと顔をあげた歌恋は、まっすぐとした瞳で夕月を見た。
「今はルミのためです」
「……そうか」
「兄さん!」
不意に、家の扉が勢いよく開き、そこから頬を膨らませたルミが出て来た。
「先輩に、何かいうことあるでしょ」
「あー……えっとぉ……」
「兄さんっ!」
歌恋は怒ったルミの姿を見るのは始めてだったため、すごく驚いた。そんな彼女に後押しされ、頭を掻きながら言葉を探し、夕月は歌恋の姿を見て頭を下げた。
「わるかった」
「……あ、謝らないでください!むしろ私こそごめんないさい。そいう邪な気持ちで大事な妹さんを守るなんて言って……」
夕月は確かに歌恋の気持ちを利用して依頼をしたが、歌恋自身も夕月に対する気持ちで受けた。お互いに非があり、なんともすっきりしない雰囲気だった。
「まぁ歌恋先輩の恋心を弄んだ兄さんも悪いし、手を出しちゃった歌恋先輩も悪いってことで、仲直りしましょう。二人が喧嘩してるのは、嫌だから」
自分を思って歌恋に護衛を頼んだ優しい兄。最初はタジタジだったけど、今では姉のように慕っている歌恋。ルミにとっては、大切な兄と姉。そんな二人が仲良しじゃないことが嫌だった。
「だから、今日の晩御飯は、兄さんと歌恋先輩の二人で、私の大好きなビーフシチューを作ってください」
「は?」
「え?」
ルミの突然すぎる提案に、歌恋も夕月は勢いよく彼女の方が見た。だけど、ルミはどこか楽しそうに、クスクスと笑っている。
「仲直りするために、二人で協力して晩御飯を作る。そして、私に色々と迷惑をかけたので、そのお詫びに私の好物を作る」
「お前なぁ……」
「買い出しは、私と先輩でしておくから」
ルミは歌恋の方を向くと、ニッと笑みを浮かべる。
その表情を見て、歌恋は苦笑いを浮かべながら「いいよ」と口にした。夕月はまだ駄々をこねる子供のように嫌だと言い、ルミと言い合いをしている。その様子を少しだけ羨ましく思いながら、歌恋は見つめた。
カシャッ
「ん?」
不意にどこからかシャッター音が聞こえて、歌恋はあたりを見渡した。だけど、特に人もおらず、シャッター音が鳴るような機械もなかった。
「気のせい、かな……」
「あぁもぉ、わかった。作ればいいんだろ」
兄妹の言い合いは、結局夕月が折れたことで決着がついた。
「歌恋先輩?」
「えっ?」
「どうしたんですか?」
道をじっと見つめていた歌恋のそばにルミは駆け寄り、じっと顔を覗き込んだ。
「ううん、なんでもないよ。話は終わった?」
「はい。やるそうですよ」
「じゃあ、帰りはスーパーよらないとだね」
「楽しみです!」
本当に楽しみにしているようで、ルミはニコニコと笑みを浮かべていた。そんな彼女が可愛くて、歌恋は優しく頭を撫でてあげた。
「じゃあ俺は大学行くな」
「早く帰ってくるんだよ」
「わかってるって」
その時、夕月は歌恋の方を見た。どうしたんだろうと、軽く首をかしげると、夕月はゆっくりと手を伸ばして、歌恋の頭を撫でた。
「頼んだぞ」
「っ!」
「兄さん!」
「いってきまーす」
夕月は軽く手を振りながら、その場を後にした。
そんな夕月の後ろ姿に、ムッとした表情を浮かべながら見つめるルミ。
「すみません歌恋先輩」
「いいんだよ。結局、私は恋愛対象じゃ無かったってこと」