14話《熱》
「風邪、ですか?」
それはプールに出かけた数日後のことだった。二学期が明後日から始まる時期、家で椎葉にオススメされた小説を読んでいた歌恋の元に、夕月から連絡がきた。
『そう、夏風邪みたいでさ』
「そうですか。もしかして、もう少しで夏休みが終わるからそれで……」
『お前じゃないんだから』
「失礼ですね」
ルミが熱を出して寝込んでいるという連絡を受けた歌恋。声では平然を装っているが、心の中で心配で堪らなかった。
『でだ、お前ちょっと夕方までルミの看病してくれないか?』
「バイトですか?」
『そうそう』
「風邪で寝込む妹よりバイトを選ぶなんて、鬼畜ですね」
『俺もできれば面倒見たかったけど、こういう日に限ってバイトが人手不足なんだよ』
見計らったような神様のフラグ立て。それを理解した歌恋は了承する。
『すみません、歌恋さん……』
わずかに聞こえるルミの弱々しい声。夕月が寝てるように宥めているようで、歌恋は夕月に「わかりました」と返事をして通話を切る。
軽い身支度を済ませると、リビングで昼ドラを見ている母に声をかける。
「お母さん、出かけてくるね」
「んー、夕飯の時間には戻ってきなさいよ」
「はーい」
特にどこに行くかは尋ねず、母は了承の意味を込めて軽く手を振った。
サンダルを履き、玄関を開けた瞬間に、夏の日差しに目を細めて空を見上げる。
「桃缶とアイス……行く前にスーパー寄るかな」
誰に言うでもなく、歌恋は太陽照りつけるアスファルトの道を歩いて行く。
*
スーパーで買い物を済ませ、春宮家のインターホンを鳴らすと、中から人が出てくるのを待った。
「おぉー、悪りぃ」
「あれ、先輩まだいたんですか?」
「流石に病人を一人にできないからな。んじゃあ俺バイト行くな」
軽く歌恋の肩を叩くと、夕月は走ってバイトへと向かった。そんな彼の背中をしばし見つめた後、歌恋は家の中に入った。
「お邪魔しまーす」
小声で挨拶をして家に上がると、ルミの部屋にはいかずに一度リビングへと足を運ぶ。
「失礼しまーす」
冷蔵庫の中に買ってきたアイスや缶詰、それから熱冷ましシートを入れると、ルミの部屋へと足を運ぶ。
軽く数度、扉をノックすれば、中から弱々しい声が聞こえ、歌恋は中に入る。
「ルミ、大丈夫?」
「ぁ……歌恋しゃん……いらっしゃいです……」
熱のせいか、あまり呂律が回ってないルミは、横になったまま歌恋を出迎える。普段のルミならきっと体を起こしただろうが、流石に起き上がる気力もないみたいだった。
「体調はどう?」
「あまり……れも、二学期前に、でて、よかったです……」
ヘラっと笑みを浮かべるルミ。歌恋は苦笑いを浮かべながら目線をルミに合わせると、優しく頭を撫でてあげた。
「歌恋さんの手、冷たい……」
「さっき冷蔵庫開けたからね。お昼まだなら作るけど?」
「あ……食べてないれふ……」
「じゃあ何か作ってくるよ」
立ち上がり、歌恋はそのまま部屋を出ようとした。だが、不意にルミが服を掴み、歌恋は彼女の方を振り返った。
「どうした?」
「……ごめん、なさい……ちょっと寂しく、なって」
「……すぐ戻ってくるから」
先ほどと同じように、ルミと目線を合わせ、歌恋は優しく頭を撫でてあげた。
それが心地いいのか、ゆっくりとルミの瞼が閉じていき、やがて小さな寝息をたて始めた。
「よしっ、頑張って作りますか」
改めて立ち上がり、歌恋は部屋を出て、食事の準備を行った。




