9話《君に名前を呼ばれたくて》
「はぁ……んまぁ……」
「美味しいです」
人が行き交うショッピングモール内。フードコーナーから少し離れたベンチで、歌恋とルミは三十分並んでようやく買えたソフトクリームを食べていた。
「限定って聞くと、やっぱり食べたくなるよね」
「先輩、一口ください」
「……ねぇルミ」
「はい」
「その先輩ってやめない?」
ムッとした表情を浮かべる歌恋。だけど、ルミは首を傾げてどういうことだろうと考える。
「付き合ってるんだから、その……なに?先輩っていうのやめない?」
「でも、先輩は先輩ですし……」
「んー……学校ではいいよ、先輩で。でもさ、私はルミのこと呼び捨てだけど……」
小さく唸り、ほんのり頬を染めながら、じっとルミの顔を覗き込む。
「私だって、ルミにたくさん名前で呼ばれたい」
「ぁ……」
やっとわかったルミは、ほんのり顔を赤くして俯いてしまう。
先輩である歌恋は年下であるルミを当然呼び捨てで呼んでおり、付き合ってもそれは変わらない。ルミも付き合ってからも歌恋のことを《先輩》と呼んでいた。何がいけないというわけではない。でも、ルミが歌恋を呼ぶときは、名前ではなくいつも《先輩》だった。
「先輩じゃ、名前で呼ばれる数が減っちゃう」
「か、数なんてか、関係ないです」
「私はいっぱい呼んで欲しいの。ダメ?」
「だ、ダメじゃ……ない、です……」
「じゃあ呼んで。そしたら、一口あげる」
「えっ、ずるい!」
「ずるくなーい」
ニコッと笑みを浮かべると、歌恋は再度「呼んで」とルミにせがむ。
あたふたとするルミは、必死に名前を呼ぼうとするが、恥ずかしさがこみ上がってきて、うまく名前を呼ぶことができなかった。
「ぁ……か、れ……」
歌恋はじっとルミを見つめる。顔を真っ赤にしながら必死に名前を呼ぼうとする姿は、とても愛らしかった。
「歌恋……さん」
「うん、ありがとうルミ」
「えっ」
不意に歌恋はルミの手首を掴み、グッと距離を縮める。そのまま歌恋の顔は、ルミが持っていたソフトクリームの方に行き、溶けて流れかけていたものを舐めとった。
「んっ、夏みかんも美味しいね」
「ぁ……あわっ」
口をまるで金魚のようにパクパクさせながら、ルミは顔を真っ赤にさせる。
「じゃあはい、ルミも一口どうぞ」
「あ、あ、あにゃ、う」
「ん?ルミ」
「……バカ」
小さな声で罵倒して、ルミは差し出されたソフトクリームをひと舐めする。




