6話《チケット》
「ごちそうさまでした」
店の前、深々と頭を下げる慎也。
夕食とケーキを食べ終え、会計をするときにマスターからの許可が出たということで、三割引をしてもらった。
四人とも満足して、食事の余韻にしばし浸っていた。
「いえいえ。やっぱり大人数で食事はいいね」
「美味しかった!」
「それはそれはよかったよ」
隣で仲良くしている歌恋と真昼。その様子を微笑ましそうに慎也は見ていたが、不意にルミが彼に声をかけた。
「あ、あの……」
「ん?」
一歩踏み出したルミは、慎也の耳元まで来て、歌恋たちに聞こえないように彼に伝えた。
「実は今、歌恋先輩とお付き合いしてます」
「え……」
伝えた後、ルミはすぐに慎也から離れて、顔を真っ赤にする。驚きで一瞬頭の中で考えたが、慎也はすぐに「あぁ」と小さく呟いた。
「おめでとう」
深くは聞かなかった。思い当たることがいくつかあり、ただそれを自分は自然なこと、女の子同士なら普通だと慎也は思い込んでいた。
「あの、せ、先輩には、ちゃ、ちゃんと伝えて、おかないとって……」
「……気、使わせちゃったかな」
「いえ。そんなことないです」
「……そっか、恋敵は春宮先輩じゃなくて、春宮さんの方だったか」
少しだけからかうように言えば、ルミはあわあわとし始める。それを見て小さく笑い、慎也は「冗談だよ」と笑みを浮かべた。
「神薙先輩のこと、よろしくね」
「高崎にそんなこと言われる筋合いはない」
急に会話に入ってきた歌恋の言葉に、慎也とルミは振り返る。
すっかり歌恋と真昼は仲良くなっており、真昼は歌恋に抱きかかえられていた。
「随分仲良くなりましたね」
「真昼君もらっていい?」
「ダメですよ」
「冗談だよ。はい、どうぞ」
そのまま真昼を猫のように抱き上げて、歌恋は慎也に渡した。
慎也のもとにいくと、真昼は甘えるように大好きなお兄ちゃんにすり寄った。
「それじゃあ俺たちはそろそろ」
「うん、またね高崎」
「はい」
「お姉ちゃんたち、バイバイ」
「バイバイ」
歌恋とルミは去って行く二人に手を振り、少し離れたところで真昼が手を振り、慎也は軽く会釈する。変わらず歌恋は手を振り、ルミはぺこりと一礼する。
「あぁよかった、まだいた」
ちょうど高崎兄弟の姿が見えなくなった時、お店の扉が開いて夕月が少し慌てた様子で出てきた。
「兄さん」
「どうしたんですか先輩」
「これ、渡そうと思って」
お店のエプロンのポケットから取り出したのは、二枚のチケットだった。
「これ、プールのチケット?」
「そう。大学の同輩にもらったんだわ」
「これ、この前できたばかりだよね」
「夏休みだけど、一日に数人限定だから、人混みが苦手なルミでも行きやすいと思ってな」
ニッと笑みを浮かべる夕月。チケットを見つめるルミは、小さな声で「ありがとう」と答える。
夕月は用事を済ませれば、そのまま店の中に戻っていく。
隣で嬉しそうな笑みを浮かべるルミの頭を歌恋は優しく撫でてあげる。
「先輩って、たまにあぁやってお兄さんらしいことするからずるいよね」
「……はい」
「んじゃあ、行きますかプール」
「あっ、私水着持ってないです」
「じゃあ買いに行こうか。明後日でいい?明日はお母さんに留守番頼まれてて」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ、明後日水着買いに行って、プールに行こうか」
歌恋は手を差し出し、ルミは少しだけ恥ずかしながらその手を握り、二人は夜の街を歩きながら帰宅した。




