2話《恋敵→××》
渡り廊下を通り、食堂の横を通り抜けたところにある自販機。三台並べられた自販機には、同じものもあれば違うものも置かれていた。
「えっと、ルミはリンゴ……。私はどうしよっかなぁ」
真ん中の自販機の一番上にあるリンゴジュースのボタンを押し、落ちてきた商品を手に取ると、歌恋は左右と真ん中。三台の自販機を見比べる。
「甘いの飲みたけど炭酸系はな……いちごみるくかな」
右側の真ん中列にあるいちごみるくのボタンを押し、歌恋は商品を取り出す。
「これで良しっと」
「神薙さん」
不意に名前を呼ばれ、踏み出しそうになった足を止めた。聞き覚えのある声。歌恋の顔から笑顔は消え、スッと表情が切り替わって、彼女は振り返る。
「久しぶり、椎葉」
あの日を最後に、美術室で彼の姿を見なかった。普通なら心配するが、あの時のできたことを考えると、今こうやって対面するのはかなり警戒心を刺激される。
「そんなに警戒しないで。何もする気はないよ」
「……美術室に、行かなかったの?」
「絵を描くためにここにきたわけじゃよ。けどよかった、春宮さんじゃなくて、神薙さんに会えて」
「……どうして?」
椎葉はそのまま、自販機の側にあるベンチに腰掛け、向かい側にある花壇を見つめる。
園芸部が植えた夏の花。その中には、ルミが描いている向日葵も咲いている。
「だって、春宮さんに会っちゃうと、泣かれるでしょ。それが嫌だった」
「そういうのも、愛おしくてたまらないんじゃないの?」
「確かにね。でも、拒絶して泣かれるのは嫌だ。傷ついてるのに、苦しんでるのに、泣いてる姿を可愛いなんて思えない。あの日、二人がいなくなって、頭の熱が冷めていく感じがした。冷水を、顔に勢いよくかけられたような」
深いため息を零し、椎葉は夏空を見上げる。雲ひとつない真っ青の空。
「自分の行いが異常だってことに気づいた。自分の行動が、春宮さんをどれだけ傷つけたのか……神薙さんのいう通り、僕は道を間違えた。おぞましく、歪んだ道に」
「……でもそれも、道であることには変わりないよ」
ポツリとそう呟き、少しだけ椎葉と距離をとって、歌恋もベンチに腰掛ける。
「ただそれは、一般的にはあまり受け入れられないものだから。人間の、欲望そのものだから。椎葉の気持ちは確かなものなんだとおもう。だけど、押しつけや無理やりはダメなんだよ。それは、ただの我儘」
苦笑いを浮かべながら、歌恋は自販機で買ったいちごみるくの蓋を開けて、ぐびぐびと飲み干し、はぁっと一息ついて、椎葉と同じように真っ青な夏空を見上げた。
「でもわかるな。私もね、ルミといると我儘になる。もっと一緒にいたいとか、もっと触れたいとか。男女の恋愛だから、周りにも言えない。でも、私はそれでも良いの」
優しく、にっこりと笑みを浮かべながら、歌恋は椎葉を見つめる。
「好きの感情は、周りに教えるんじゃなくて、好きな人に教えないと意味ないから」
「……やっぱり、神薙さんも、根本は僕と一緒なんだ」
「だから言ったでしょ、道を間違えたんだって」
「確かにそうだね。純粋に好きになってたら、春宮さんと付き合えていたかも」
そう言いながら立ち上がった椎葉は、手にしていたビニール袋を歌恋に渡した。
「僕なりのお祝いと謝罪の気持ち。二人とも甘いの好きでしょ」
袋の中には、コンビニスイーツと菓子パンが入っていた。
どれも、歌恋とルミの好みのものだった。
「さすが。ここで、ストーカーの時に得た情報が役立つとは」
「複雑な気持ちだけどね……ねぇ神薙さん」
「ん?」
「僕と友達になってくれないかな」
一瞬、時間が止まったような感覚がした。だけど、すぐに歌恋は首を傾げて、不思議そうな表情をする。
「私はずっと、そう思ってたけど?」
「え、そうなの?」
「うん。あれ、椎葉は違ったの?」
「あー、えっと……そんなことはないよ。僕もそう思ってたけど、あの事があの事だし」
「まぁそのことに関しての警戒はあるよ。でも、同級生としては、良い友人だと思ってるし、尊敬や憧れがあるし」
小さな声でつぶやきながら、歌恋は手を差し出す。
「高校三年で、すごい今更って感じだけど、よろしくね、《誠》」
「……」
急に名前で呼ばれて、椎葉は大きく目を見開いた。
「こういう特別な儀式してるし、せっかくならって思ったけど、ダメだった?」
「いや、そんなことないよ。こちらこそよろしく、《歌恋》さん」
「えー、さん付け?」
「女の人を呼び捨てっていうのは、少しハードルが高い」
「むー、仕方ないなぁ」
そんなやりとりをしながら、恋敵だった二人は、友達になったのだった。




