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夏の向日葵  作者: 暁紅桜
第6章_夏空の下
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2話《恋敵→××》

渡り廊下を通り、食堂の横を通り抜けたところにある自販機。三台並べられた自販機には、同じものもあれば違うものも置かれていた。


「えっと、ルミはリンゴ……。私はどうしよっかなぁ」


 真ん中の自販機の一番上にあるリンゴジュースのボタンを押し、落ちてきた商品を手に取ると、歌恋かれんは左右と真ん中。三台の自販機を見比べる。


「甘いの飲みたけど炭酸系はな……いちごみるくかな」


 右側の真ん中列にあるいちごみるくのボタンを押し、歌恋は商品を取り出す。


「これで良しっと」

神薙かんなぎさん」


 不意に名前を呼ばれ、踏み出しそうになった足を止めた。聞き覚えのある声。歌恋の顔から笑顔は消え、スッと表情が切り替わって、彼女は振り返る。


「久しぶり、椎葉しいば


 あの日を最後に、美術室で彼の姿を見なかった。普通なら心配するが、あの時のできたことを考えると、今こうやって対面するのはかなり警戒心を刺激される。


「そんなに警戒しないで。何もする気はないよ」

「……美術室に、行かなかったの?」

「絵を描くためにここにきたわけじゃよ。けどよかった、春宮はるみやさんじゃなくて、神薙さんに会えて」

「……どうして?」


 椎葉はそのまま、自販機の側にあるベンチに腰掛け、向かい側にある花壇を見つめる。

 園芸部が植えた夏の花。その中には、ルミが描いている向日葵も咲いている。


「だって、春宮さんに会っちゃうと、泣かれるでしょ。それが嫌だった」

「そういうのも、愛おしくてたまらないんじゃないの?」

「確かにね。でも、拒絶して泣かれるのは嫌だ。傷ついてるのに、苦しんでるのに、泣いてる姿を可愛いなんて思えない。あの日、二人がいなくなって、頭の熱が冷めていく感じがした。冷水を、顔に勢いよくかけられたような」


 深いため息を零し、椎葉は夏空を見上げる。雲ひとつない真っ青の空。


「自分の行いが異常だってことに気づいた。自分の行動が、春宮さんをどれだけ傷つけたのか……神薙さんのいう通り、僕は道を間違えた。おぞましく、歪んだ道に」

「……でもそれも、道であることには変わりないよ」


 ポツリとそう呟き、少しだけ椎葉と距離をとって、歌恋もベンチに腰掛ける。


「ただそれは、一般的にはあまり受け入れられないものだから。人間の、欲望そのものだから。椎葉の気持ちは確かなものなんだとおもう。だけど、押しつけや無理やりはダメなんだよ。それは、ただの我儘」


 苦笑いを浮かべながら、歌恋は自販機で買ったいちごみるくの蓋を開けて、ぐびぐびと飲み干し、はぁっと一息ついて、椎葉と同じように真っ青な夏空を見上げた。


「でもわかるな。私もね、ルミといると我儘になる。もっと一緒にいたいとか、もっと触れたいとか。男女の恋愛だから、周りにも言えない。でも、私はそれでも良いの」


 優しく、にっこりと笑みを浮かべながら、歌恋は椎葉を見つめる。


「好きの感情は、周りに教えるんじゃなくて、好きな人に教えないと意味ないから」

「……やっぱり、神薙さんも、根本は僕と一緒なんだ」

「だから言ったでしょ、道を間違えたんだって」

「確かにそうだね。純粋に好きになってたら、春宮さんと付き合えていたかも」


 そう言いながら立ち上がった椎葉は、手にしていたビニール袋を歌恋に渡した。


「僕なりのお祝いと謝罪の気持ち。二人とも甘いの好きでしょ」


 袋の中には、コンビニスイーツと菓子パンが入っていた。

 どれも、歌恋とルミの好みのものだった。


「さすが。ここで、ストーカーの時に得た情報が役立つとは」

「複雑な気持ちだけどね……ねぇ神薙さん」

「ん?」

「僕と友達になってくれないかな」


 一瞬、時間が止まったような感覚がした。だけど、すぐに歌恋は首を傾げて、不思議そうな表情をする。


「私はずっと、そう思ってたけど?」

「え、そうなの?」

「うん。あれ、椎葉は違ったの?」

「あー、えっと……そんなことはないよ。僕もそう思ってたけど、あの事があの事だし」

「まぁそのことに関しての警戒はあるよ。でも、同級生としては、良い友人だと思ってるし、尊敬や憧れがあるし」


 小さな声でつぶやきながら、歌恋は手を差し出す。


「高校三年で、すごい今更って感じだけど、よろしくね、《まこと》」

「……」


 急に名前で呼ばれて、椎葉は大きく目を見開いた。


「こういう特別な儀式してるし、せっかくならって思ったけど、ダメだった?」

「いや、そんなことないよ。こちらこそよろしく、《歌恋》さん」

「えー、さん付け?」

「女の人を呼び捨てっていうのは、少しハードルが高い」

「むー、仕方ないなぁ」


 そんなやりとりをしながら、恋敵だった二人は、友達になったのだった。


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