1話《少女の夢と少女の感性》
「んー……ん?」
「完成?」
あれから数日。以前と同じように、歌恋がルミの家に迎えに行き、一緒に学校へとやってきた。
ストーカーの問題が解決し、二人の関係は終わりではなく、別の形に変わって続いていた。
あの日、美術室に戻るとすでに椎葉の姿はなく、黒板の隅に一言、「戸締りはお願いね」とだけ書かれていた。
その後、少しだけ絵を描いて、二人は正門へとやってきた。そこにはルミの迎えに来ていた夕月の姿があった。
「……よかったな」
その言葉の意味が、仲直りできたことに対してなのか、それとも別のことに対してなのかは分からなかった。だけど、二人は顔を見合わせた後、笑みを浮かべて返事を返した。
「ちょっと悩み中です」
「何か物足りない感じ?」
「はい」
ずっと描き続けていたルミの絵。夏空の下に広がる向日葵。十分に見応えのあるものではあるが、描きて本人はなにやら納得していないようだった。
「これじゃ、ただの向日葵畑の絵です」
「それじゃダメ、なんだよね」
「はい」
返事を返した後、唸りながら首をかしげるルミ。
そんな彼女を後ろから抱きしめ、頭の上に顎をおきながら、キャンバスの絵を、歌恋はじっと見つめる。
不意に、前に見た夢のことを思い出した。夏空の下に広がる向日葵畑の中、顔もわからない少女が立って、笑みを浮かべてこちらに振り返る姿を。
「……ここにさ、太陽描いて、その太陽を見上げる、真っ白いワンピースと、大きな麦わら帽子をかぶった女の子の横顔とか描いたらどうかな?」
「え?」
「前に夢で見たんだ。こういう景色の中にいる、女の子姿。それに、前に聞いたでしょう。なんで向日葵を描いてるのかって」
過去の自分の言葉を思い出し、ルミは思わず笑みを浮かべた。
「そうですね……なんだかイメージ湧きました」
「それはよかった」
「でも、そんな夢見たんですね……なんか複雑な気持ちです」
「え、なんで」
「だって、女の子が出てきたって……」
ムッとした表情を浮かべるルミ。ヤキモチを焼いてくれてるんだと思うと、それが嬉しくて、歌恋はルミを後ろから強く抱きしめた。
「大丈夫だよ。顔わかんなかったし、もしかしたらルミだったのかもしれない」
あの時は、ルミのことをたくさん考えて悩んだ。だから、顔はわからなかったけど、もしかしたらあれは、ルミだったのかもしれないと、今更ながら歌恋は思った。
「んじゃ、がんんばるルミのために、私はジュースでも買ってきますか。何がいい?」
「あ、私も行きます」
「いいからいいから。外暑いし、お姫様はここにいてください」
「もう、先輩すぐそういうこという……りんごジュース」
「はいよ。任せときなさいな」
軽く頬にキスをし、ひらひらと手を振りながら歌恋は教室を出て行く。
顔真っ赤にしながら、ルミは俯き、キスされた頬に触れ、小さく呟いた。
「ばか……」




